男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
5th Data “黒薔薇”の交渉力 ◇雅 side◇
周りのヒソヒソ話してる声も止まない。
もう嫌よ、こんなの…会議の前なのに。
常務と顔を合わせられなくて、俯いたまま“彼”の革靴を見つめていると――。
"トン、トン、トン"
“彼”の右足のつま先が、上下に小さく3回動いた。
「大丈夫。」と「深呼吸。」どちらも言われている気がした。
そして今〔営業〕の机の島に居る人の中で、この【シグナル】を知っている男性は…本条課長だけ。
「鳴海常務、失礼しました。会議開始の直前に姫野秘書をお借りして。……私と姫野さんが何を話していたか、ですか?…【プラチナ案件】ですから、こんなに大勢の社員が居る前では話せませんね。今回の2件の【プラチナ案件】は両方とも…常務、あなたに関係するものです。1つはこの後の会議の"最初"に上がります、お待ち下さい。もう1つは調査段階につき、まだ公表できません。」
まさに。"説得力のある話し方"とは、こういうものなのかもしれない。
これが〔営業第1課〕課長の実力――。
彼が冷静沈着に堂々と話すのを聞き、後押しされるかのように私の顔は上を向いた。
いつの間にか、周りのヒソヒソ声もピタリと止んでいる。
「他に、ご質問はございますか?」
「……無い。」
「では、この件はこれで終わりです。さぁ。もう会議ですし、着席しませんか。」
すごい……。
あの“口達者な常務”を言い負かしちゃうなんて…。
自分の部署の席に着こうと、各自が歩き始めた時…私はとっさに「本条課長!」と、彼を呼び止めた。
「はい?どうしました?姫野さん。……あぁ。そうだ、"先ほど"は大丈夫でしたか?…ああいう時は"深呼吸"ですよ。」
私の声に、ゆっくり振り返る彼の姿は…まるで【ドラマのワンシーン】のように絵になっていた。
そして「先ほどは大丈夫でしたか?」と言って何かを確認してくる本条課長。
彼の瞳が意味あり気に揺れているのを見て、何を確認したかったのかは…すぐ察したけれど。
やっぱり、気づいた上でフォローに来てくれたんですね…。
常務に本条課長と2人で話をしていたことを追求された時…私が下を向いて話さなくなったのには、【何らかの理由】があるんじゃないかって――。
“男の顔”が苦手だということまでは分からないかもしれないけど…。
でも…それでも。何か様子がおかしいって気づいてもらえたことが嬉しい。
私が声を発する前に異変に気づいて、助けに来てもらえるなんてこと…滅多にないから。
「…あのっ!ありがとうございました。いろいろと…。でも思ったよりお時間を頂戴してしまって、申し訳ありませんでした。」
周りに悟られないように…小さく微笑んだ。
お願い。この"笑み"と、"言葉"で伝わって!
「いえ、滅相もないことです。私の方こそ、この後の会議に必要になるであろう情報をご提供いただいた上に、いろいろとお気遣いありがとうございます。資料の確認は5分もあれば済みますから大丈夫です。では、この場はこれで失礼します。」
見つめ返した私に、彼もまた小さく頷いてくれて…言いたいことは伝わったのだと確信が持てた。
こうして、みんなそれぞれの席へ向かっていった。
資料の確認をしていると、5分なんてあっという間に過ぎていくもので…。
気つけば、年度内最後の[上層部会議]が始まる時刻になっていた。
「それでは、[上層部会議]を始めます。なお、本日の会議にて来年度の人事異動の辞令が出ますので、本日より各部署で通達をお願いします。人事についてはお時間を頂戴するので最後の議題とします。……それでは最初の議題に移ります。秘書課長の花森さん、お願いします。」
今日の進行役は、鳴海部長だ。
「はい。〔経営部 秘書課〕の花森です。すでに皆様にはお伝えしておりますが、改めて。美島 玲華、美國 誉子、西園寺 美珠 の3名には…3月15日からの10日間、自宅謹慎処分を言い渡しております。理由と致しましては――。」
まずは、美島さんたちと私のトラブルの件についての報告から始まった。
その後も進行が滞ることなく議題は進んでいき、本日の会議も最終議題を残すのみとなった。
「さて。それでは人事の発表に移ります。〔経営部 人事課〕課長の風間さん…そして鳴海専務取締役、お願いします。」
「はい。〔人事課〕の風間です。それでは、まず新卒の所属部署からお伝えしていきます。〔開発営業部 開発第1課〕――。」
人事の発表も順調に進んでいく。
「続きまして〔開発営業部 営業第1課〕、津田 護。現在すでに同部署でお世話になっておりますが、引き続きよろしくお願いしますね。鳴海部長、本条課長。」
「はい。」
本条課長が椅子から立ち上がり、鳴海部長とタイミングを合わせて一礼していた。
私と茉莉子先輩は、最後に発表するのね。
まぁ。事情が複雑だから…そうなるか。
「最後に…。現在〔秘書課〕所属で常務秘書の姫野 雅さんが…4月1日付で〔開発営業部 営業第1課〕へ異動となります。」
私は立ち上がり一礼して、再び着席する。
私の辞令を予め知っていた人たち以外は、風間課長のこの一言でザワつき…隣に座っていた常務は私に"どういうこと?"とでも言うように視線を投げてくる。
そして、"ガタン!"と大きな音を立てるようにして椅子から立ち上がっだ彼は…鳴海専務を睨みつけ、少し声を荒げてこう言った。
「鳴海専務!彼女の"上司"である僕に…通達が無かった理由をお聞かせ願いたい!」
「姫野さんには、複数の理由から今回〔営業第1課〕に異動していただくことになりました。会社として、異動していただきたい理由もあれば…"姫野さん自身の事情"もあります。もちろん、プライバシーの問題が絡んでくるのでこの場では公表しません。ただ、この会議が終わった後に鳴海常務、あなたにはきちんと説明します。」
感情的に話す常務とは対照的に、専務は至って冷静に対応していた。
会議後の話し合い…確定ね。
本条課長に"アレ"を預けておいて、正解だったわ。
もう嫌よ、こんなの…会議の前なのに。
常務と顔を合わせられなくて、俯いたまま“彼”の革靴を見つめていると――。
"トン、トン、トン"
“彼”の右足のつま先が、上下に小さく3回動いた。
「大丈夫。」と「深呼吸。」どちらも言われている気がした。
そして今〔営業〕の机の島に居る人の中で、この【シグナル】を知っている男性は…本条課長だけ。
「鳴海常務、失礼しました。会議開始の直前に姫野秘書をお借りして。……私と姫野さんが何を話していたか、ですか?…【プラチナ案件】ですから、こんなに大勢の社員が居る前では話せませんね。今回の2件の【プラチナ案件】は両方とも…常務、あなたに関係するものです。1つはこの後の会議の"最初"に上がります、お待ち下さい。もう1つは調査段階につき、まだ公表できません。」
まさに。"説得力のある話し方"とは、こういうものなのかもしれない。
これが〔営業第1課〕課長の実力――。
彼が冷静沈着に堂々と話すのを聞き、後押しされるかのように私の顔は上を向いた。
いつの間にか、周りのヒソヒソ声もピタリと止んでいる。
「他に、ご質問はございますか?」
「……無い。」
「では、この件はこれで終わりです。さぁ。もう会議ですし、着席しませんか。」
すごい……。
あの“口達者な常務”を言い負かしちゃうなんて…。
自分の部署の席に着こうと、各自が歩き始めた時…私はとっさに「本条課長!」と、彼を呼び止めた。
「はい?どうしました?姫野さん。……あぁ。そうだ、"先ほど"は大丈夫でしたか?…ああいう時は"深呼吸"ですよ。」
私の声に、ゆっくり振り返る彼の姿は…まるで【ドラマのワンシーン】のように絵になっていた。
そして「先ほどは大丈夫でしたか?」と言って何かを確認してくる本条課長。
彼の瞳が意味あり気に揺れているのを見て、何を確認したかったのかは…すぐ察したけれど。
やっぱり、気づいた上でフォローに来てくれたんですね…。
常務に本条課長と2人で話をしていたことを追求された時…私が下を向いて話さなくなったのには、【何らかの理由】があるんじゃないかって――。
“男の顔”が苦手だということまでは分からないかもしれないけど…。
でも…それでも。何か様子がおかしいって気づいてもらえたことが嬉しい。
私が声を発する前に異変に気づいて、助けに来てもらえるなんてこと…滅多にないから。
「…あのっ!ありがとうございました。いろいろと…。でも思ったよりお時間を頂戴してしまって、申し訳ありませんでした。」
周りに悟られないように…小さく微笑んだ。
お願い。この"笑み"と、"言葉"で伝わって!
「いえ、滅相もないことです。私の方こそ、この後の会議に必要になるであろう情報をご提供いただいた上に、いろいろとお気遣いありがとうございます。資料の確認は5分もあれば済みますから大丈夫です。では、この場はこれで失礼します。」
見つめ返した私に、彼もまた小さく頷いてくれて…言いたいことは伝わったのだと確信が持てた。
こうして、みんなそれぞれの席へ向かっていった。
資料の確認をしていると、5分なんてあっという間に過ぎていくもので…。
気つけば、年度内最後の[上層部会議]が始まる時刻になっていた。
「それでは、[上層部会議]を始めます。なお、本日の会議にて来年度の人事異動の辞令が出ますので、本日より各部署で通達をお願いします。人事についてはお時間を頂戴するので最後の議題とします。……それでは最初の議題に移ります。秘書課長の花森さん、お願いします。」
今日の進行役は、鳴海部長だ。
「はい。〔経営部 秘書課〕の花森です。すでに皆様にはお伝えしておりますが、改めて。美島 玲華、美國 誉子、西園寺 美珠 の3名には…3月15日からの10日間、自宅謹慎処分を言い渡しております。理由と致しましては――。」
まずは、美島さんたちと私のトラブルの件についての報告から始まった。
その後も進行が滞ることなく議題は進んでいき、本日の会議も最終議題を残すのみとなった。
「さて。それでは人事の発表に移ります。〔経営部 人事課〕課長の風間さん…そして鳴海専務取締役、お願いします。」
「はい。〔人事課〕の風間です。それでは、まず新卒の所属部署からお伝えしていきます。〔開発営業部 開発第1課〕――。」
人事の発表も順調に進んでいく。
「続きまして〔開発営業部 営業第1課〕、津田 護。現在すでに同部署でお世話になっておりますが、引き続きよろしくお願いしますね。鳴海部長、本条課長。」
「はい。」
本条課長が椅子から立ち上がり、鳴海部長とタイミングを合わせて一礼していた。
私と茉莉子先輩は、最後に発表するのね。
まぁ。事情が複雑だから…そうなるか。
「最後に…。現在〔秘書課〕所属で常務秘書の姫野 雅さんが…4月1日付で〔開発営業部 営業第1課〕へ異動となります。」
私は立ち上がり一礼して、再び着席する。
私の辞令を予め知っていた人たち以外は、風間課長のこの一言でザワつき…隣に座っていた常務は私に"どういうこと?"とでも言うように視線を投げてくる。
そして、"ガタン!"と大きな音を立てるようにして椅子から立ち上がっだ彼は…鳴海専務を睨みつけ、少し声を荒げてこう言った。
「鳴海専務!彼女の"上司"である僕に…通達が無かった理由をお聞かせ願いたい!」
「姫野さんには、複数の理由から今回〔営業第1課〕に異動していただくことになりました。会社として、異動していただきたい理由もあれば…"姫野さん自身の事情"もあります。もちろん、プライバシーの問題が絡んでくるのでこの場では公表しません。ただ、この会議が終わった後に鳴海常務、あなたにはきちんと説明します。」
感情的に話す常務とは対照的に、専務は至って冷静に対応していた。
会議後の話し合い…確定ね。
本条課長に"アレ"を預けておいて、正解だったわ。