男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「金曜日、鳴海部長が私のところから戻られた後…すぐに映像の回収と編集して下さったんですか?」

「えぇ、そうですね。」

本条課長の返答に驚きつつ、彼にそう問い掛けると…彼は"何を驚いているんですか。"とでも言うように、「これぐらい、どうってことないですよ。大したことはしていません。15分もあれば作れます。」と何でもないことのように返答してきた。

その後、口角だけを上げてフッと微笑む。

「いや、あれには僕もビックリしました。本当に僕と鈴原さんが〔開発営業〕のフロアに戻ると同時に本条が席を立ったので。」

鳴海部長もこう言っているぐらいだから、間違いないのだろう。

「今日…このように提示できればと考えていたので。」

なんて人なんだろう…。

この人は、いろんな意味で"交渉の仕方"を知ってる…。

自信たっぷりなのに決して嫌味な感じはなく、本人も自分の能力をひけらかしたりしない。
でも過去の経験と、これまでの自負からくる自信と誇りを持っているのが分かる。

それをベースに培われてきた実績を交渉の場で出されれば、説得力は何倍にもなる。

"この人の(もと)でたくさん学びたい。"

彼の、"自信たっぷりの微笑み"は…私をそんな気持ちにさせた。

そして、私がそんな決心をしている前で…まだDVDは終わらずに流れ続けていた。

―「{あなた、本当に何様のつもりかしら?…昨夜は“あの方”とどちらに行かれたのかしら?“剛さま”の『〔鮮やかな赤のメルセデス〕にあなたが乗るのを見た。』と…美國さんが言ってましたけれど?}」―

「…えっ?僕?しかも、この雰囲気…イジメられてる?」

「今まで、常務にお伝えしようと何度か試みたんですが…いろいろな要因が重なり無理でした。相手は――。」

「“僕に好意を持ってると噂の美島さん"ね。」

「はい。」

常務の言葉に私は頷いた。

「僕に言ってくれれば…って無理か。姫ちゃんは僕のこと嫌いだったんだもんね?」

「常務。自虐で言っているのか、不貞腐れて言っているのか分からない口調で言うの…やめてもらえますか?そんなことだから姫野さんがあなたを頼れないし、信用もしてもらえなくなるんですよ。」

「昴、何でそんなに引っかかってくるんだよ?まぁ、いつものことだけど。」

「常務、本条はあなたに言い合いを(けしか)けてなんていませんよ。彼は至って冷静です。あなたがフラフラしすぎなんです。いい加減に気づいて下さい、この場に居る全員が呆れていることに…。」

鳴海部長、"誰もが気づいていながら、今まであえて言わなかったこと"を言っちゃいましたね。

まぁ。兄弟だから…それほど角立たないかしら。

「それから。お言葉ですが…常務。あなたは女性に甘い。注意や勧告をちゃんと威厳を持って伝えられますか?…中途半端な注意や勧告では、彼女たちはおそらくシラを切りますよ。…この映像も姫野さんからの情報提供でようやく手に入った映像証拠なんです。」

「ようやく手に入った?…彼女たちは何回もやってるって噂に聞いたけど…。」

「そう。彼女たちは繰り返しやっている。なのに証拠が残っていない、目撃情報が無い、というのはカメラが設置されていない更衣室でやっているからだと私は踏んでいます。……まぁ、今はイジメ云々(うんぬん)が話の本筋ではないので今日のところは二の次で良いです。おそらく、この程度の証拠ではイジメを認めさせたり何らかの処分を適応させることも難しいでしょう。もう少し調査が必要です。」

本条課長は、報告も兼ねて話を進めてくれる。

「それより。今の問題点は、ご覧いただいて分かる通り…イジメの原因があなた絡みであることと、姫野さんの〈PTSD〉が長期化している原因にこのイジメによるストレスも含まれている…ということです。」

「だから姫ちゃんを営業に譲れって?……営業の方が男多いじゃん、大丈夫なのかよ?」

彼を見つめる常務の瞳は、相変わらず挑発的だった。

「『何もない。』とは、もちろん言い切れません。確かに女性より男性の方が多いですから…うちの部署は。しかし今日この話し合いに同席できたおかげで、彼女の状況と【どんな時に助けが必要なのか】を最低限ではありますが、把握することができた。」

「それに、うちには“姫野さんが誰よりも信頼している鈴原さん”が居る。…そして専務や花森秘書からこの話があった時点で、彼女自身が異動をすると想定をし…男性が多いのも承知して下さったと聞きました。その上で前向きに検討し、決断して下さった結果で今に至っています。」

本条課長の言葉に、私は間髪入れずに頷いた。

「それから。確かに彼女を狙う男性は多いかもしれませんが、美島さんたちほど陰湿なことする人は居ません。嫉妬の程度はあるかもしれませんが。何にせよ、彼女の味方になってくれる人は…男女ともに確実に居ます。」

「少なくとも発作が起きた時、あなたの(そば)に居るよりは本条課長や鈴原さんが(そば)に居る方が確実に良いでしょうね。そもそも、姫野さんに〔開発営業部〕行きを勧めたのは専務と私です。この話を彼女にした時、最後には安心したように笑ってましたよ。その事実が、全てを物語ってると思いませんか?…いずれにしても、今の彼女には"心身の休息"が必要です。そのためには【事の発端】になっているあなたと離れる必要があります。」

花森先輩も後押ししてくれる。

これは……ここで頑張らなきゃ。私の想い、伝えるなら今だ!

私はメモにペンを走らせる。
今まで常務に言えなかったこと、言わなかったこと、両方の思いを乗せて。

「さすがは姫野さん。先が読めていますね。今、彼女が自分の想いを書いていますから少しお待ち下さい、常務。」

本条課長もさすがです、よく周りが見えていらっしゃる。


―常務。この4年間、本当にお世話になりました。
常務と茉莉子先輩には、優しく…そして厳しく指導していただきました。
あなたの秘書としてお仕事していく中で、多くのことを学ばせていただきました。
感謝しかありません。
本当に、『‟良い上司”と‟良い先輩”に出会えた。』と思っております。
ただ、今は…〈PTSD〉を快方に向かわせるために
心身を休めたいと思っております。
それに、あなたは救急対応に向いていません。(笑)
動揺しすぎです。任せられません。(笑)
ですから、どうか…私の異動を受け入れていただきますよう
よろしくお願いします。 姫野―


それからもう一つ、あなたに伝えなきゃいけない。
出発前に茉莉子先輩が私に託していった伝言を…。


―それから、もう一つ。
常務、あなたは全女性社員を口説いてますけど
どれも"遊び"……。私もそうでしたよね。
あなたの"本命"は、今でも加々美 茉莉子さん…
ただ1人…。私の目は誤魔化せないですよ。(笑)
茉莉子先輩がニューヨークに行かれてから
寂しさを紛らわせるためにやっていた行動だと
私は認識しています。
先輩に悲しい顔なんかさせたら…許しませんからね。

茉莉子先輩から、私だけが聞いていた伝言です。

"私が帰ってきても他の女性に振られ続けていたら
入籍しましょ。縛られるのを好まないあなただから
もうしばらくは自由にさせておいてあげるわ。"

あなたがずっと忘れられない
本当に愛する茉莉子先輩と
どうかお幸せに。  姫野―


「常務、これが私の想いです。」

私は常務にメモを渡した。

そのメモを受け取り一読した彼は、目を見開いてハッと息を呑んだかと思えば…数秒間固まっていた。

その後、我に返った常務は…切なそうなとも嬉しそうとも取れる表情を浮かべて、私にこう告げた――。
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