男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
2nd Program *“淑女”と“策士”の胸の内

7th Data "営業1課"の洗礼 ◇雅 side◇


ヴー、ヴー、ヴー…。

「…ん。」

私は、自身の枕元に置かれているスマホのアラームを止めた。

午前6時――。

普段なら、まだあと40分くらいは寝ていられる。だけど今日は、本条課長に「1時間早く出勤してほしい。」と言われた日だから、行かなければいけない。

4月2日、新年度の始まりだ――。

そう。今日は〔開発営業部 営業第1課〕への初出勤日である。

「[Ciel(シエル)]のホットサンド、食べたいかも…。験担(げんかつ)ぎに…食べに行っちゃお!」

[Ciel]とは、自宅と会社の中間地点にあるカフェである。

柚ちゃんぐらいしか知らないけど、私…実は"カフェ巡り"が好きだったりする。
仕事で気合いを入れなきゃいけない時や頑張った時は、自然に足が向いてしまうぐらいには…。

「快晴ね、良いことあるかな…。」

恵比寿にある1DKの賃貸マンションが、私の城だ。
身支度を整えてからカーテンを開けてみれば、窓の向こうには雲一つ無い青空が広がっている。

まるで。私と新卒の人たちの門出を祝うかのように――。

これから頑張れますように…。

私は心の中でそう思いながら、愛車のキーを手にし…心なしか気持ちを弾ませて家を出た。

愛車、〔カーディナル・レッド(深い赤)のアウディ"S(エス・)4(フォー)"〕に乗り込み、走らせること約10分――。
原宿よりは、どちらかとえば代々木寄りのその場所に…白とダークブラウンを基調とした外観と三角屋根が印象的な建物が見えてくる。

目的地である [Ciel]だ――。

6時25分ね――。
あと30分ぐらいはあるからイートインできるわね。
そう思いながら車を降り、店内へ足を進めていく。

「おはようございます、いらっしゃいませ。……あっ、“時々お見かけするお姉さん”…。」

入口で、バイトの女の子が笑顔で元気に挨拶してくれた。
「“時々お見かけするお姉さん”。」と声を掛けてきてくれるあたり、それなりの頻度で来店している私のことを覚えてくれたんだと嬉しくなって、お返しに私も名乗った。

「おはようございます。確か、“青山さん”だったかしら?店長さんが『よく働いてくれる子が居るんですよ。』って、あなたのことを教えてくれたものだから。……私、姫野 雅と申します。よろしくね。」

「あっ、そうだったんですね。はい、青山(あおやま) 友華(ともか)と申します。こちらこそよろしくお願いします、姫野さん。…あ、あの!できれば下の名前で呼んでいただけると嬉しいです。」

自己紹介の後、彼女はそう言って恥ずかしそう俯いた。

「…じゃあ、“友華ちゃん”って呼ぶわね。私のことも、良かったら下の名前で呼んで。」

「やったー。じゃあ、“雅さん”。ずっと"美人なOLさんが来てくれるなぁ…。"って気になってたんです。」

そんなことを言ってくれるところが…もう可愛い。

「えっ、美人だなんて…。そんなこと言われたら、もっと通っちゃう!友華ちゃんも可愛いよ。…さて、友華ちゃんごめんね。席着く前だけど、オーダー良いかな?」

「あっ、申し訳ございませんでした。お急ぎだったんですね。ご注文承ります。」

「グリーンリーフとハムのホットサンドと、アイスカフェオレ…イートインで。」

「グリーンリーフとハムのホットサンドと、アイスカフェオレ…イートインで。(かしこ)まりました。店長に『早めに。』と伝えます。お好きな席でお待ち下さい。」

「私が早めに会社に行きたいだけだから、そんなに急がなくて大丈夫。」

私の言葉に「承知しました。」と言いつつ、友華ちゃんはキッチンにオーダーを伝えに行ってくれた。

そして私は、店内に置かれているラックから3社ほどの新聞を手に取り、窓際の席へ移動してホットサンドが来るのを…新聞を斜め読みしながら待つことにした。

カウンター10席と、テーブル席5席の店内。
外観と同じ色合いで統一感のある内装で、大きな窓からは日の光がたくさん入っている。
そして、天井の真ん中には木目調の大きなファンがあって優雅に回っている。加えて。もしかすると造花もあるかもしれないけど、備え付けの棚の所々に…小さなサイズの花や植物が飾られいる。

なんでも、店長さんの奥様が私と同じく植物好きなんだとか…。

生花であろうと、造花であろうと…"緑を感じられる場所"が好きな私は、"こういう場所"に来るととても癒されるのだ。

「はい。お待たせ、姫野さん。グリーンリーフとハムのホットサンドと、アイスカフェオレね。…青山さんから聞いたけど。今日、急いでるのに来てくれたんだって?」

5分ほど経った頃、店長の前園 彬(まえぞの あきら)さんが注文したものを運んできてくれてテーブルに置きながら言う。

170cm前半の身長に、程よく引き締まった体つき。目鼻立ちの整った少し日焼けした面長の顔に、頭にはトレードマークの"青系のバンダナ"。白いカッターシャツにデニム生地のエプロンを合わせた姿は、まさしく“イケオジ”。
でも、「40になってないのに、40過ぎに見られるの…嫌なんだけど。」と気にしてる本人には絶対に言えないけど。

“[Ciel]のバンダナ店長”は、今日もなんとなくダンディなオーラを出しつつ…お仕事中だ。

「異動で、今日から会社の部署が変わるんです。それで就業前にも準備がいろいろあって…。1時間ほど早く出社するように言われているので、7時15分には会社に着きたいなって思って。でもその前に、ここのホットサンドが食べたくなっちゃって…。」

「なるほど、験担ぎに来てくれたわけだ。嬉しいな。…それにしても、15分前行動とかすごいよね。俺できないもん。だから千花子(ちかこ)によく怒られるんだけどね。」

そんなことを言いつつ、彬さんは苦笑いしている。
“千花子さん”というのは、もちろん彬さんの奥様であり、この店の副店長だ。

「秘書の時の癖が抜けないんでしょうね、きっと。」

「なるほどね。まぁ、うちのホットサンドで元気が出るならしっかり食べてってね。さぁ。そろそろ千花子も来るし…朝食時だし、ちょっと気合い入れないとね!」

そう言って、彬さんはキッチンに戻って行き…それを見届けてから私はホットサンドを美味しくいただいた。



そして会計の際、千花子さんには「今度また時間がある時は、"本命"のハムと玉子のホットサンド食べにいらっしゃい。」と言われた。

こうして。今日1日のエネルギーをチャージした私は[Ciel]を後にし、会社へ向かった。




[Ciel]から会社まで約5分の道のりで、地下駐車場に着いたタイミングで左腕の時計を見れば7時10分である。

3階まで行くのにちょうど5分だから、間に合ったってことね。

左側のドアを開けて〔アウディ〕から降りる時、目に入ってきた車に…私は心が踊ってしまった。

〔メタリックネイビーのBMW "5(ファイブ)シリーズ"〕が左隣に止まっている。
〔BM〕だ――。 いいなぁ…運転してみたい。


ちなみに。私の父が〔コレ〕の"上位モデル"に乗っていて、そんな父の影響を受けて…いつの間にか私も車好きになっていた。

"私と同じく左ハンドルだし、〔コレ〕のオーナーは結構な車好きかもしれない…。"

手入れが行き届いている車体を見ると、嬉しくなるのと同時に"オーナーが気になるなぁ。"なんて考え始めていた。

駐車場内をぐるりと見れば、見覚えのある【鮮やかな赤】と【メタリックベージュ】の〔メルセデス "Sクラス"〕が目に入る。

常務と専務は、すでにご出勤のようだ。

そして私の愛車の前には、鳴海部長の〔メタリックベージュのアウディ"S(エス・)6(シックス)"〕があり、その右隣には〔メタリックグレーのアウディ"A(エー・)4(フォー)アバント"〕が止まっている。

さらに私の愛車の両隣には、右に〔メタリックブラウンのボルボ"S(エス・)60(ろくじゅう)"〕が、左に先ほどの〔メタリックネイビーのBMW〕が並んでいて…その豪華さに、ただただ感激してしまった。

「あっ、行かなきゃ…。」

"私は車を眺めに来たんじゃない、仕事しに来たんだった。"と思い、〔開発営業部〕へ向かった。


相変わらず、"それぞれの車のオーナーは誰だろうなぁ…。"なんて想像しながら――。
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