男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「はい。」
重役会議に出てる暇があったら、決算書を片付けたいところだが…今日はそうも言ってられない。
[上層部会議]は、基本的に一般社員の出入りは許されていない。だが、人事の発表がある年度末の[上層部会議]だけは《課長クラス》までが出席となる。
「【2週間前からの計画】、今日で決着させるよ。剛兄さんが素直に引いてくれるかは微妙だけど。でも。もう、本当に…彼女自身が“あの人”の傍を嫌がってるからね。」
鳴海部長が俺の耳元で、声を潜めてそう告げる。
昼休み中に部長と鈴原が慌ただしく〔部長室〕から出てきたかと思えば、〔開発営業部〕のフロアからもそのまま飛び出していく…なんてことがあったのは先週の金曜日だ。
2人が出ていく際に、「姫野さんを病院に送り届けることになるかも!」と突然言われて「は?」と呆気にとられた。その後、花森専務秘書から連絡をもらい、【事の全貌】を把握した。
「そんな感じでしたね。部長が病院から電話してきた時…。」
「なんか俺が見た感じだと…お前と姫野さんが通話してる時、俺と話してる時より本音が出てた気がしたよ…彼女。」
「いやいや、そんなことはないでしょう。」
「いえ、そんなことありますよ。だって、『本条課長の下で働きたい気持ちでいっぱいです。』なんて、“今の姫ちゃん”からはなかなか聞けない言葉ですよ。」
俺は何もしていないが?
「鈴原まで…。まぁ、鈴原が言うならそうなのかもしれないが…。」
「まぁ、そんな感じだから今回はお前メインで交渉しよう。頼んだよ、“黒薔薇の策士”さん。」
あなたまでその呼び名で呼ばないで下さいよ、気持ち悪い。
「何コソコソ話してるんですか?」
「…ん?まぁ…"作戦会議"ってところかな…。」
観月、桜葉、津田の3人が部長に詰め寄る。
しかし部長はサラッと言葉を濁し、さらに"詮索無用"とでも言うように、【貴公子スマイル】で3人を制した。
"汚れ仕事ほど笑顔でこなす"がモットーのこの男…鳴海新一は、俺たちが所属する〔開発営業部〕の部長。つまり、俺や鈴原の直属の上司である。
この会社の中枢格である"鳴海家"の三男で、俺の高校時代からの先輩でもある。
それもあって、長男である誠さんや次男の剛さんとも入社以前から面識があり、プライベートではフランクに話す仲だ。
ちなみに。誠さんは我が社の"専務"、剛さんは"常務"を務めている。
"鳴海家"には何かと世話になっているが、一番は志望大学を固める時と就職先を決める時だったな…。
そもそもの事の発端は、高2の夏休みの話まで遡る――。
従兄の家へ遊びに行った時の話だ―。
当時、大学生だった従兄がパソコンを分解し組み立て直しているのを見て、「パソコンって、自分で作れんのかよ!」と衝撃を受けた。
それがきっかけで一気に【機械の内部の仕組み】というものに興味が湧き、PCの自作方法を情報処理の教科担任に聞きに行ったのだ。
それからだ。授業時間外にプログラミングやPCの組み立て方なんかを教えてもらうようになったのは。
そんな出来事があって、システムエンジニア(SE)という職を志したのである。
しかし俺の実家が医療関係の仕事を営んでいるため、"姉さんや兄さんと同じように、俺も医者にならなきゃダメなんじゃないか"と迷っていた。
俺のそんな悩みを聞いてくれたのが、鳴海先輩だった。
そして悩んでいた俺に、彼は笑ってこう言ってくれたのだ。
「聞いてみれば良いじゃん。『俺も父さんみたいに医者にならなきゃダメか?』って。渚さんや忍さんだって居るんだし、無理強いはしないでしょ。昴は手先器用だから機械イジリ向いてると思うけど?せっかく好きなことがあるんだ、それやろうぜ。じゃなきゃ…もったいないって。」と――。
彼のこの言葉に後押しされ、両親にすぐに伝えてみると――。
「病院は、俺と母さんが好き勝手に始めて…クリニックから大きくしてしまったんだし、忍が喜んで『跡継ぐ』って言ってくれてるから昴が気にすることはない。"やりたい"と思う仕事に就きなさい」と、両親は快くOKを出してくれた。
その後、先輩と同じ理工学系の大学に入り、4年間のキャンパスライフを送りながらSE関連の資格も取った。
そして就活を始めようと思った4年の夏に、久しぶりに先輩から【飲み】に誘われて行ったら…【あり得ない展開の話】をされた。
「昴、お前の就職先はうちの会社な!もう…父さんや兄さんには頼んどいたから!」と――。
"周りはみんな必死に就活してんのに、俺だけこんなにトントン拍子で就職先が決まって良いのかよ…。"と思いながら、ちゃんと採用試験と面接を受け…希望通りこの会社に就職した。
だから先輩…もとい部長には本当に感謝している。
"この人と一緒に仕事をしたい"と思えるのは俺が彼を慕っているからだが、ここまできたら…ある意味【腐れ縁】のようにも感じる。
そんな鳴海部長は…女性社員たちに“シトラスの貴公子”と呼ばれている。そう、“観月や桜葉以上にモテる貴公子”とは、彼のこと。
彼が愛用する香水がシトラス系の香りだったことから、この呼び名が付いたのだろう。
顔立ちが整っていて、黒髪のナチュラルビジネスショートのヘアスタイルとくれば、清潔感があり…好感度抜群だ。その上、シトラス系の爽やかな香りを纏って歩くものだから、大抵の女の視覚と嗅覚を自然と攫っていく…。
身長も俺と同じぐらいだから、180cm弱はあるだろう。
性格は、基本的には紳士的で大らかな人だ。
プライベートでは、こっちの要素が強くなる。
ただ彼は非常に頭が良く、様々な場面で機転が利く。
【能ある鷹は爪を隠す】という言葉が似合いの“仕事がでデキる上司”である。
ここまで好条件が揃っていたら、女たちが“貴公子”と騒くのも無理はない…。
社内の女たちも、それ以外の女たちも…。
しかし、そんな完璧な“貴公子”でも手に負えないことがあるという。
――それは、"恋愛"。
しかし、「その表現はちょっと違うんじゃないか?」と俺は言いたい。
なぜなら鳴海さんの場合は"手に負えない"んじゃなく、"わざと進展させていない"と言った方が正しいからだ。
「だって、『告白したいけど…そんな勇気まだ無いよぉ!』って感じが顔に出てる“柚”が可愛いんだ。だからもうちょっと見てたい」とか言ってるし…。
つまり、この男は“好きな女”の気持ちに気づいていながら、あえてそこには触れず【自分が想いを伝えなかったら“好きな女”はどうするか】という今の状態を見て、楽しんでいるわけだ。
…ひどいな、鳴海さん。
鈴原、お前も“厄介な人”に惚れたな…。
…まぁ、でも。俺から言わせれば「鳴海さんの方がお前に溺れてるよ」って断言してやれるがな。
2人で飲む時はいつも「“柚”がさぁ、今日も可愛いかったんだよね~。」って惚気てるんだから。
それでも仕事の円滑化のためと32歳という年齢の影響もあるのか、令嬢たちと【形だけの縁談】をやらなければならない時もあるという。
何度か会ったりすることもあるらしいが、最終的に「好きな女が居るから」と断っているのだと本人から聞かされる。
それどころか、よほど重要視される契約でない限り門前払いしてるらしいから、相当なんだろうな。
だから早く“鳴海さんの女”になって、この人の隣で笑っててやってくれ。
この人、自分のことを疎かにして仕事するクチだから。
鈴原の言うことなら、体を張って仕事しなきゃならない時も、逆に無理しすぎるから休まなきゃならない時も聞くだろうし…。
鳴海さんの【癒し】は、鈴原の笑顔らしいぞ。
「おはようございます。…えっ、あれ?鳴海部長、本条課長。早朝出勤ですか?」
[上層部会議]の話を聞いている間に出勤時間になっていたらしく、俺と鳴海部長は会話の合間に〔開発〕と〔営業〕の部下や同僚と挨拶を交わす。
「おはようございます。…えぇ、まぁ。早朝出勤と言っても30分ほど早いだけですけど。」
こうして、俺たちの今日1日と『姫野救出計画』は動き出す――。
重役会議に出てる暇があったら、決算書を片付けたいところだが…今日はそうも言ってられない。
[上層部会議]は、基本的に一般社員の出入りは許されていない。だが、人事の発表がある年度末の[上層部会議]だけは《課長クラス》までが出席となる。
「【2週間前からの計画】、今日で決着させるよ。剛兄さんが素直に引いてくれるかは微妙だけど。でも。もう、本当に…彼女自身が“あの人”の傍を嫌がってるからね。」
鳴海部長が俺の耳元で、声を潜めてそう告げる。
昼休み中に部長と鈴原が慌ただしく〔部長室〕から出てきたかと思えば、〔開発営業部〕のフロアからもそのまま飛び出していく…なんてことがあったのは先週の金曜日だ。
2人が出ていく際に、「姫野さんを病院に送り届けることになるかも!」と突然言われて「は?」と呆気にとられた。その後、花森専務秘書から連絡をもらい、【事の全貌】を把握した。
「そんな感じでしたね。部長が病院から電話してきた時…。」
「なんか俺が見た感じだと…お前と姫野さんが通話してる時、俺と話してる時より本音が出てた気がしたよ…彼女。」
「いやいや、そんなことはないでしょう。」
「いえ、そんなことありますよ。だって、『本条課長の下で働きたい気持ちでいっぱいです。』なんて、“今の姫ちゃん”からはなかなか聞けない言葉ですよ。」
俺は何もしていないが?
「鈴原まで…。まぁ、鈴原が言うならそうなのかもしれないが…。」
「まぁ、そんな感じだから今回はお前メインで交渉しよう。頼んだよ、“黒薔薇の策士”さん。」
あなたまでその呼び名で呼ばないで下さいよ、気持ち悪い。
「何コソコソ話してるんですか?」
「…ん?まぁ…"作戦会議"ってところかな…。」
観月、桜葉、津田の3人が部長に詰め寄る。
しかし部長はサラッと言葉を濁し、さらに"詮索無用"とでも言うように、【貴公子スマイル】で3人を制した。
"汚れ仕事ほど笑顔でこなす"がモットーのこの男…鳴海新一は、俺たちが所属する〔開発営業部〕の部長。つまり、俺や鈴原の直属の上司である。
この会社の中枢格である"鳴海家"の三男で、俺の高校時代からの先輩でもある。
それもあって、長男である誠さんや次男の剛さんとも入社以前から面識があり、プライベートではフランクに話す仲だ。
ちなみに。誠さんは我が社の"専務"、剛さんは"常務"を務めている。
"鳴海家"には何かと世話になっているが、一番は志望大学を固める時と就職先を決める時だったな…。
そもそもの事の発端は、高2の夏休みの話まで遡る――。
従兄の家へ遊びに行った時の話だ―。
当時、大学生だった従兄がパソコンを分解し組み立て直しているのを見て、「パソコンって、自分で作れんのかよ!」と衝撃を受けた。
それがきっかけで一気に【機械の内部の仕組み】というものに興味が湧き、PCの自作方法を情報処理の教科担任に聞きに行ったのだ。
それからだ。授業時間外にプログラミングやPCの組み立て方なんかを教えてもらうようになったのは。
そんな出来事があって、システムエンジニア(SE)という職を志したのである。
しかし俺の実家が医療関係の仕事を営んでいるため、"姉さんや兄さんと同じように、俺も医者にならなきゃダメなんじゃないか"と迷っていた。
俺のそんな悩みを聞いてくれたのが、鳴海先輩だった。
そして悩んでいた俺に、彼は笑ってこう言ってくれたのだ。
「聞いてみれば良いじゃん。『俺も父さんみたいに医者にならなきゃダメか?』って。渚さんや忍さんだって居るんだし、無理強いはしないでしょ。昴は手先器用だから機械イジリ向いてると思うけど?せっかく好きなことがあるんだ、それやろうぜ。じゃなきゃ…もったいないって。」と――。
彼のこの言葉に後押しされ、両親にすぐに伝えてみると――。
「病院は、俺と母さんが好き勝手に始めて…クリニックから大きくしてしまったんだし、忍が喜んで『跡継ぐ』って言ってくれてるから昴が気にすることはない。"やりたい"と思う仕事に就きなさい」と、両親は快くOKを出してくれた。
その後、先輩と同じ理工学系の大学に入り、4年間のキャンパスライフを送りながらSE関連の資格も取った。
そして就活を始めようと思った4年の夏に、久しぶりに先輩から【飲み】に誘われて行ったら…【あり得ない展開の話】をされた。
「昴、お前の就職先はうちの会社な!もう…父さんや兄さんには頼んどいたから!」と――。
"周りはみんな必死に就活してんのに、俺だけこんなにトントン拍子で就職先が決まって良いのかよ…。"と思いながら、ちゃんと採用試験と面接を受け…希望通りこの会社に就職した。
だから先輩…もとい部長には本当に感謝している。
"この人と一緒に仕事をしたい"と思えるのは俺が彼を慕っているからだが、ここまできたら…ある意味【腐れ縁】のようにも感じる。
そんな鳴海部長は…女性社員たちに“シトラスの貴公子”と呼ばれている。そう、“観月や桜葉以上にモテる貴公子”とは、彼のこと。
彼が愛用する香水がシトラス系の香りだったことから、この呼び名が付いたのだろう。
顔立ちが整っていて、黒髪のナチュラルビジネスショートのヘアスタイルとくれば、清潔感があり…好感度抜群だ。その上、シトラス系の爽やかな香りを纏って歩くものだから、大抵の女の視覚と嗅覚を自然と攫っていく…。
身長も俺と同じぐらいだから、180cm弱はあるだろう。
性格は、基本的には紳士的で大らかな人だ。
プライベートでは、こっちの要素が強くなる。
ただ彼は非常に頭が良く、様々な場面で機転が利く。
【能ある鷹は爪を隠す】という言葉が似合いの“仕事がでデキる上司”である。
ここまで好条件が揃っていたら、女たちが“貴公子”と騒くのも無理はない…。
社内の女たちも、それ以外の女たちも…。
しかし、そんな完璧な“貴公子”でも手に負えないことがあるという。
――それは、"恋愛"。
しかし、「その表現はちょっと違うんじゃないか?」と俺は言いたい。
なぜなら鳴海さんの場合は"手に負えない"んじゃなく、"わざと進展させていない"と言った方が正しいからだ。
「だって、『告白したいけど…そんな勇気まだ無いよぉ!』って感じが顔に出てる“柚”が可愛いんだ。だからもうちょっと見てたい」とか言ってるし…。
つまり、この男は“好きな女”の気持ちに気づいていながら、あえてそこには触れず【自分が想いを伝えなかったら“好きな女”はどうするか】という今の状態を見て、楽しんでいるわけだ。
…ひどいな、鳴海さん。
鈴原、お前も“厄介な人”に惚れたな…。
…まぁ、でも。俺から言わせれば「鳴海さんの方がお前に溺れてるよ」って断言してやれるがな。
2人で飲む時はいつも「“柚”がさぁ、今日も可愛いかったんだよね~。」って惚気てるんだから。
それでも仕事の円滑化のためと32歳という年齢の影響もあるのか、令嬢たちと【形だけの縁談】をやらなければならない時もあるという。
何度か会ったりすることもあるらしいが、最終的に「好きな女が居るから」と断っているのだと本人から聞かされる。
それどころか、よほど重要視される契約でない限り門前払いしてるらしいから、相当なんだろうな。
だから早く“鳴海さんの女”になって、この人の隣で笑っててやってくれ。
この人、自分のことを疎かにして仕事するクチだから。
鈴原の言うことなら、体を張って仕事しなきゃならない時も、逆に無理しすぎるから休まなきゃならない時も聞くだろうし…。
鳴海さんの【癒し】は、鈴原の笑顔らしいぞ。
「おはようございます。…えっ、あれ?鳴海部長、本条課長。早朝出勤ですか?」
[上層部会議]の話を聞いている間に出勤時間になっていたらしく、俺と鳴海部長は会話の合間に〔開発〕と〔営業〕の部下や同僚と挨拶を交わす。
「おはようございます。…えぇ、まぁ。早朝出勤と言っても30分ほど早いだけですけど。」
こうして、俺たちの今日1日と『姫野救出計画』は動き出す――。