男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「分かってるって!…あ、そういえば…。〔ネイビーのBM〕 って毎年バーベキューの時、見てるけど誰のなんだろう。鳴海部長のかと思いましたけど違うみたいですし…。あとは本条課長か朝日奈課長か、堤課長か…速水主任か、なんだよなー。…あー。〔BM〕乗りてぇー!!憧れる。」
「へぇ、観月くんは〔BM〕好きなのかぁ…。……はは、"持ち主が誰か"って話は外回り中に教えてあげるよ。そのオーナー、本当に大事に乗ってる人だからあんまり『乗せてー。』って騒がれたくないみたいなんだ。“車のことが分からない女性”には、特に…。」
サラッと女性社員への牽制ありがとうございます、部長。
「あー。分かる気がします。“本当に車のことが好きな人”の意見ですね、それ。」
「そうねー。鳴海部長が言ってる通り、"その"オーナー…相当大切にされてると思う。地下駐で見たけど…よく磨かれてる感じがしたから。…分かるっ!憧れるのよねー。〔BM〕。私も乗りたいし、もっと言えば…運転したいのよねー。」
ほう、そうきたか…。
まさか、姫野さんが"運転したい側"の人間だったとは…。
それなら、あの反応も頷ける。
「えぇっ!?“雅姉さん”、車乗るんですか!?」
「えっ、そんなに意外だった?乗るよ。左ハンドルの〔アウディ"S4"〕が私の愛車よ。…あっ、そうそう。地下駐に行ったら、鳴海部長の〔アウディ〕の隣に、もう1台〔ソレ〕が止まってるけど…間違えないようにね。私の車の前に止まっているのが、鳴海部長の〔アウディ"S6"〕よ。」
「〔ゴールドっぽいアウディ"S6"〕が、鳴海部長の車っと…。ありがとう、“雅姉さん”。」
「いいえ、どういたしまして。桜葉くん。」
さすが桜葉。聞き漏らし無くメモ取ったな。
そんなやり取りが終わると、部長と鈴原は部屋に戻っていった。
それはそうと。姫野さん、左ハンドルか…。やるな…。
「分かりました。…てか、左ハンドル!?マジっすか!?かっけー!!…けど、運転しにくくないですか?」
「かっこいい、か…。ふふっ、ありがとう。観月くん。まぁ。日本だからね、道路事情的に走りやすくはないけど、慣れかなー。でも、それを言ったら鳴海部長も同じこと言うよ、きっと。部長のも左ハンドルだったから。……さて。仕分け終わり!入力していきますかー。」
「えっ。仕分け、もう終わったんですか?姫野さん、速い。俺、まだ終わってない…。」
あの量を15分は…速いな。さすが。入力に入るか。
いや、津田。
終わってないと言っても、お前もあと残り1/5じゃねぇか…十分速いよ。
「護。あくまで“雅姉さん”は、“雅姉さん”だよ。…“姉さん”はうちの部署では新人ってだけで、社会人としては護や俺たちの“大先輩”なんだから…速いのは当たり前。…それに、お前だって十分速いよ。新人の時の俺たちみたいに、上から1枚1枚やってないんだから。“姉さん”のやり方に目がいくだけすごいよ。課長も褒めてただろ?自信持ちな。」
…おっ。津田の良いところをちゃんと見て評価できてる。桜葉は教育係向いてるかもしれないな…。
「そうよ、津田くん。本条課長って…"口に出しては褒めない"って噂で有名なのよ。そんな人に『良いところに気がついたな。』って言わせたんだから、すごいのよ?…でも誤解してほしくないのは、課長は褒めないわけじゃないってこと。“口数が少なくて寡黙な人”かなって印象もあるけど、“人の長所をちゃんと見て評価してくれる人”よ。以前お世話なった時、そう思ったわ。」
…ん? それは[GESTプログラム]の時のことを言ってくれてるか?
“人の長所をちゃんと見て評価してくれる人”――。
"無愛想"とか"冷たい"じゃなく、“寡黙な人” ――。
俺自身が隠してるってこともあるが、そう受け止めてくれる人は…それほど多くない。ありがとう、姫野さん。
「姫野さん。入力に入るなら少し待っててもらえないか。観月とちょっと打ち合わせするから。」
「はい。」
顔をこちらに向けて、快く返事をしてくれる。
そして観月は、俺が呼ぶ前にこちらに向かってきてくれた。
「はい。課長、何でしょうか?」
そんなにビビりながら来んなよ。
喋ってはいたが、お前の手が動いてたのも見えてるし…怒らねーよ。
「姫野さん。入力に入るようだが、1人で全体の作業時間と入力時間…計れるか?必要なら、入力時間は俺が計るが…。」
「えっ?…あっ。じゃあ、お願いします。たぶん大丈夫ですけど、混乱しそうなので。」
「分かった。…あぁ、それから――。」
「はい?」
―噂の、〔ネイビーのBMW〕は…俺のだ。
(俺が乗ってる事実は声に出すなよ。)
理由はさっき鳴海部長が言ったとおりだ。
今からの話題は、"〔BM〕の持ち主が俺だった"
…って話で盛り上がるか?
まぁ、ほどほどにな。―
俺がそう書いたメモを観月に見せると、軽く目を見開いて驚き…その後"感激の眼差し"を向けられた。
そして観月が席に戻ったのを見計らって、姫野さんにも声を掛けた。
「じゃあ。観月、引き続き…全体の作業時間は頼むな。…姫野さん、今からタイピングの時間も計るから。」
「分かりました、課長。」
「はい、課長。…課長のタイミングで合図していただいて構いません。いつでもどうぞ。」
「じゃあ…始めて。ちなみに。作業のおおよその時間知りたいだけだから、"周りと喋るな"ってことじゃない。いつも通りでいい。」
「承知しました。」
カタカタカタカタ……カタカタカタカタ……。
…フッ。相変わらず、気持ち良いぐらいのリズミカルなタイピング音だ。
ザワ、ザワ……。
いちいち、ザワつくな。面倒くさい。
「…入力速いなんて、ムカつく。絶対、課長に気に入られたいだけでしょ。」
何だと?それはお前だろ? 芹沢 花恋。
「花恋、分かんないわよ?"音"だけでミスタッチ多いかもよ…?」
…んなわけねぇだろ、福原 柑奈。
お前ら2人は…まず自分の仕事ができるようになってから、他人にものを言え。
「全員、集中しろ。新年度から言わせるな!……集中し業務を進めてくれていた人には申し訳ない。驚かせて水を差した。どうぞ、作業を再開して下さい。」
俺は前半部分の言葉を、いつもより少し声を張って言った。
「…っ!」
観月と桜葉、工藤と立花さん…そして、速水主任以外は相変わらずビクっと驚いて静かになった。
「はい。」
姫野さんは…大丈夫か?
声を張り上げられるのは苦手だと言っていたはずだ。
そう思って彼女の方に目を向けると、目が合った。
その瞬間、彼女は机の上で右手の人差し指を上下に3回動かした。
"それ"は先日の【異動のための話し合い】の前に、彼女に「安心を与えたい時に取る行動はどんなものが良いか。」と聞いた際に出てきた、「"大丈夫"と言ってほしい。」という言葉。
そう、"どこかを3回叩く"は…"大丈夫"を意味するシグナルだ。
彼女は俺に、「大きめの声だったけど、大丈夫ですよ。」と伝えるためにやったんだと思う。その後さらに一瞬こちらを見つめて、微笑んできたのが…その証だ。
ひとまずは…本当に大丈夫そうだな。
「…あー。課長の"カミナリ"落ちた。…“雅姉さん”?大丈夫ですか?」
「…うん。ちょっとビックリしただけよ、大丈夫。……本条課長。タイピングのタイム計測…続けますよね?すみません。ちょっとボーッとしちゃってたみたいで。いつでも再開どうぞ。」
「ちょっとビックリしただけよ。」……そうだよな。
驚いたよな。全員に喝入れした瞬間のあなたの表情を見逃したが、怯えたりしなかったか?
それから――。
俺の思い過ごしならいいんだが、ちょっと表情が暗くないか?
まぁ…もう少し様子を見るか。
「よし、じゃあ再開させるぞ。…始め。」
姫野さんがタイピングを再開させる。
「へぇ、観月くんは〔BM〕好きなのかぁ…。……はは、"持ち主が誰か"って話は外回り中に教えてあげるよ。そのオーナー、本当に大事に乗ってる人だからあんまり『乗せてー。』って騒がれたくないみたいなんだ。“車のことが分からない女性”には、特に…。」
サラッと女性社員への牽制ありがとうございます、部長。
「あー。分かる気がします。“本当に車のことが好きな人”の意見ですね、それ。」
「そうねー。鳴海部長が言ってる通り、"その"オーナー…相当大切にされてると思う。地下駐で見たけど…よく磨かれてる感じがしたから。…分かるっ!憧れるのよねー。〔BM〕。私も乗りたいし、もっと言えば…運転したいのよねー。」
ほう、そうきたか…。
まさか、姫野さんが"運転したい側"の人間だったとは…。
それなら、あの反応も頷ける。
「えぇっ!?“雅姉さん”、車乗るんですか!?」
「えっ、そんなに意外だった?乗るよ。左ハンドルの〔アウディ"S4"〕が私の愛車よ。…あっ、そうそう。地下駐に行ったら、鳴海部長の〔アウディ〕の隣に、もう1台〔ソレ〕が止まってるけど…間違えないようにね。私の車の前に止まっているのが、鳴海部長の〔アウディ"S6"〕よ。」
「〔ゴールドっぽいアウディ"S6"〕が、鳴海部長の車っと…。ありがとう、“雅姉さん”。」
「いいえ、どういたしまして。桜葉くん。」
さすが桜葉。聞き漏らし無くメモ取ったな。
そんなやり取りが終わると、部長と鈴原は部屋に戻っていった。
それはそうと。姫野さん、左ハンドルか…。やるな…。
「分かりました。…てか、左ハンドル!?マジっすか!?かっけー!!…けど、運転しにくくないですか?」
「かっこいい、か…。ふふっ、ありがとう。観月くん。まぁ。日本だからね、道路事情的に走りやすくはないけど、慣れかなー。でも、それを言ったら鳴海部長も同じこと言うよ、きっと。部長のも左ハンドルだったから。……さて。仕分け終わり!入力していきますかー。」
「えっ。仕分け、もう終わったんですか?姫野さん、速い。俺、まだ終わってない…。」
あの量を15分は…速いな。さすが。入力に入るか。
いや、津田。
終わってないと言っても、お前もあと残り1/5じゃねぇか…十分速いよ。
「護。あくまで“雅姉さん”は、“雅姉さん”だよ。…“姉さん”はうちの部署では新人ってだけで、社会人としては護や俺たちの“大先輩”なんだから…速いのは当たり前。…それに、お前だって十分速いよ。新人の時の俺たちみたいに、上から1枚1枚やってないんだから。“姉さん”のやり方に目がいくだけすごいよ。課長も褒めてただろ?自信持ちな。」
…おっ。津田の良いところをちゃんと見て評価できてる。桜葉は教育係向いてるかもしれないな…。
「そうよ、津田くん。本条課長って…"口に出しては褒めない"って噂で有名なのよ。そんな人に『良いところに気がついたな。』って言わせたんだから、すごいのよ?…でも誤解してほしくないのは、課長は褒めないわけじゃないってこと。“口数が少なくて寡黙な人”かなって印象もあるけど、“人の長所をちゃんと見て評価してくれる人”よ。以前お世話なった時、そう思ったわ。」
…ん? それは[GESTプログラム]の時のことを言ってくれてるか?
“人の長所をちゃんと見て評価してくれる人”――。
"無愛想"とか"冷たい"じゃなく、“寡黙な人” ――。
俺自身が隠してるってこともあるが、そう受け止めてくれる人は…それほど多くない。ありがとう、姫野さん。
「姫野さん。入力に入るなら少し待っててもらえないか。観月とちょっと打ち合わせするから。」
「はい。」
顔をこちらに向けて、快く返事をしてくれる。
そして観月は、俺が呼ぶ前にこちらに向かってきてくれた。
「はい。課長、何でしょうか?」
そんなにビビりながら来んなよ。
喋ってはいたが、お前の手が動いてたのも見えてるし…怒らねーよ。
「姫野さん。入力に入るようだが、1人で全体の作業時間と入力時間…計れるか?必要なら、入力時間は俺が計るが…。」
「えっ?…あっ。じゃあ、お願いします。たぶん大丈夫ですけど、混乱しそうなので。」
「分かった。…あぁ、それから――。」
「はい?」
―噂の、〔ネイビーのBMW〕は…俺のだ。
(俺が乗ってる事実は声に出すなよ。)
理由はさっき鳴海部長が言ったとおりだ。
今からの話題は、"〔BM〕の持ち主が俺だった"
…って話で盛り上がるか?
まぁ、ほどほどにな。―
俺がそう書いたメモを観月に見せると、軽く目を見開いて驚き…その後"感激の眼差し"を向けられた。
そして観月が席に戻ったのを見計らって、姫野さんにも声を掛けた。
「じゃあ。観月、引き続き…全体の作業時間は頼むな。…姫野さん、今からタイピングの時間も計るから。」
「分かりました、課長。」
「はい、課長。…課長のタイミングで合図していただいて構いません。いつでもどうぞ。」
「じゃあ…始めて。ちなみに。作業のおおよその時間知りたいだけだから、"周りと喋るな"ってことじゃない。いつも通りでいい。」
「承知しました。」
カタカタカタカタ……カタカタカタカタ……。
…フッ。相変わらず、気持ち良いぐらいのリズミカルなタイピング音だ。
ザワ、ザワ……。
いちいち、ザワつくな。面倒くさい。
「…入力速いなんて、ムカつく。絶対、課長に気に入られたいだけでしょ。」
何だと?それはお前だろ? 芹沢 花恋。
「花恋、分かんないわよ?"音"だけでミスタッチ多いかもよ…?」
…んなわけねぇだろ、福原 柑奈。
お前ら2人は…まず自分の仕事ができるようになってから、他人にものを言え。
「全員、集中しろ。新年度から言わせるな!……集中し業務を進めてくれていた人には申し訳ない。驚かせて水を差した。どうぞ、作業を再開して下さい。」
俺は前半部分の言葉を、いつもより少し声を張って言った。
「…っ!」
観月と桜葉、工藤と立花さん…そして、速水主任以外は相変わらずビクっと驚いて静かになった。
「はい。」
姫野さんは…大丈夫か?
声を張り上げられるのは苦手だと言っていたはずだ。
そう思って彼女の方に目を向けると、目が合った。
その瞬間、彼女は机の上で右手の人差し指を上下に3回動かした。
"それ"は先日の【異動のための話し合い】の前に、彼女に「安心を与えたい時に取る行動はどんなものが良いか。」と聞いた際に出てきた、「"大丈夫"と言ってほしい。」という言葉。
そう、"どこかを3回叩く"は…"大丈夫"を意味するシグナルだ。
彼女は俺に、「大きめの声だったけど、大丈夫ですよ。」と伝えるためにやったんだと思う。その後さらに一瞬こちらを見つめて、微笑んできたのが…その証だ。
ひとまずは…本当に大丈夫そうだな。
「…あー。課長の"カミナリ"落ちた。…“雅姉さん”?大丈夫ですか?」
「…うん。ちょっとビックリしただけよ、大丈夫。……本条課長。タイピングのタイム計測…続けますよね?すみません。ちょっとボーッとしちゃってたみたいで。いつでも再開どうぞ。」
「ちょっとビックリしただけよ。」……そうだよな。
驚いたよな。全員に喝入れした瞬間のあなたの表情を見逃したが、怯えたりしなかったか?
それから――。
俺の思い過ごしならいいんだが、ちょっと表情が暗くないか?
まぁ…もう少し様子を見るか。
「よし、じゃあ再開させるぞ。…始め。」
姫野さんがタイピングを再開させる。