男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「…“姉さん”。さっきの〔BM〕の話していいですか?」
「どうぞ。」
「オーナー、誰か分かりましたよ。」
「ふふっ。分かったのね。感想は?」
「尊敬!!」
「ふふっ。確かに!」
ククッ!そんなにか。
サンキューな。観月、姫野さん。
「…あ、よかった。笑ってくれた。…さっき。“姉さん”、ちょっと固まってたから…心配しました。」
やっぱりちょっと放心状態だったのか……。
あ、笑った。 笑顔が戻ってよかったよ。
あとで理由聞かなきゃな。観月も気遣ってくれてありがとう。
「あっ、ごめん!でも、もう大丈夫。観月くんが車の話題に変えてくれたから。お気遣いありがとう。」
「…っていうか、えっ!“姉さん”。すげぇタイピング速い。…まぁ、でも。これが普通なんだけど…。女性でこのタイピング速度の人、久しぶりに見ましたよ。うちの部の女性陣…立花さんと柏木さん以外、タイピング速度…"もうちょっとゆっくり"が【標準】なんです。ブラインドタッチも立花さんはできるけど、柏木さんは自信ないらしいですし。でも、“姉さん”は難なくやってるし…ミスタッチも無いし。…課長が引っ張ってくるわけだ。」
ミスも少ないか…さらに吉報だな。
しかし…さすがは観月。再度車の話題を振って姫野さんを普段の調子に戻しつつ、俺にも【タイピングが速くてミスタッチも無い】ということや【ブラインドタッチも問題なくできる】と何気に知らせてきた。
さて。そんな【何気ない報告】を受けたところで、一度様子を見ておくとするか。
「…えっ、これで速いの?…確かに。女性は私を含めて7人しか居ないけど…。それじゃ、事務処理は男性が?」
「ほとんど、課長と俺たちと工藤さんがやってますよ。…あと、部長。」
桜葉が苦笑いしながら、そんなことも説明していた。
「じゃあ。本当に私がここに来た意味…あったんだ。」
「そりゃあ、あるだろ。…じゃなきゃ、上層部に直訴なんかしに行かないよ。俺は。……姫野さん。あなたは本当に、もっと自信を持っていい。」
「本条課長……。」
俺以外の人間にはまだ分からないかもしれないが、おそらく彼女は今…俺が褒めたことを喜んでくれている。
彼女の瞳は、感情の変動があった時…揺れる。
「タイピングの様子を少し見せてもらっても良いか?津田もあとで見るから、そのつもりで。」
「はい、もちろんです。」
「は、はい。」
俺が放った一言に津田は身構えたらしく、緊張した声色でそう返事してくる。
「…はは。まぁ、そう緊張するなよ。大丈夫だ、別に取って食ったりしないよ。タイピング速度と正確さを、自分の目で確かめたかっただけだから。……あぁ。観月、ありがとう。」
俺が、姫野さんと観月の間に入る隙間を作るために、彼は少し右側にずれてくれた。
カタカタカタカタ……カタカタカタカタ……。
「見事だな…。速いし、何より正確だ。…あなたはここまでできるんだ。だから、田中や芹沢さん…福原さんの言ってることを気にする必要はないし、もし嫌がらせなんかが起きた場合には直ちに報告するように。」
俺はイジメの芽を摘むつもりで、そんな牽制の一言を投げた。
もっとも、"この一言"が火種になる可能性もあるが…。
「は、はい…。」
姫野さんの瞳が、今度は不安げに揺れる。
だが、それは一瞬で…。一呼吸置いてから彼女が口にした言葉は力強かった。
「でも…。分かりました!」
「あぁ、それでいい。気持ちを楽にして仕事に臨め。……さて、津田はどうだ?」
姫野さんに声を掛けた後、俺は彼女の斜め前に座る津田の元へと移動した。
すでに仕分け作業を終え、桜葉が入力時間を測っていた。
桜葉のデスクを見ると、腕時計が2つ並べて置かれていて、片方が"女物"であることに気づく。
フッ。姫野さん、あなたは…本当にどこまで気が回るんだか――。
それにしても――。
姫野さんに300枚、津田に200枚ほどの書類を渡し事務処理を頼んだわけだが…2人とも15分~20分の間で仕分けを終えて入力作業に入っている。
このペースだと…2人とも、2時間半あればこの作業は終わるか。
今年の“新人”には、本当に恵まれてるな――。
「本条課長。あの、これって…何の資料でしょうか?……見たところ何かのソースコードだと思うのですが…。」
「…ん?」
「課長。これ、俺と樹が今頭に叩き込んでる…デバッグ作業の練習用ソースコードじゃないですか…こんなのが“姉さん“のところにあったら、そりゃあ…ビビりますよ。…護んところには混ざってない?」
ソースコードとは、プログラミング言語で書かれたコンピュータープログラムを表現する文字列のこと。
ドラマや映画で、【PCの黒い画面に英数字を打っている】という形で取り上げられることも度々ある、あの画面である。
素人には「何、この文字列…。頭が痛い…。」と言われがちな"アレ"だ。
それから、デバッグとはコンピューターや機械のシステム上の欠陥やプログラミングの間違いを修正し、正常に動作するかチェックする作業のことてある。
どうやら、観月たちに渡す用のものが紛れ込んでいたらしい。
「あぁ。すまない。それは避けといてくれて構わない。…津田のところにもあったな…悪い。」
「本当だったんですね。『観月くんと桜葉くんが"営業"はもちろんだけど、プログラミングの方でも鍛えられてる。』って…。2人が、『"ポスト本条"って言われ始めてる。』ってことも噂になってますよ。」
相変わらず〔秘書課〕の情報網は…すごいな。
「それから。私もちょっとやってみたいです、デバッグ作業。……前から"やってみたいなぁ。"って思ってたんですけど、機会が無かったので。」
…おぉ?姫野さん、ホントにやる?
「やめて下さいよー。"ポスト本条"なんてー。誰ですか?そんなこと言ってんの。俺たちの前に工藤さんですよ。…えぇっ!?“姉さん”、マジですか!?」
「そうですよ。俺たちが課長と同じ土俵で作業しようなんて、百万年早いです。…えっ、珍しい。女性で『デバッグやってみたい。』なんて言う人、あんまり居ないから。」
「…でしょうね。でも、新しいことって…できるようになると楽しくない?」
「“姉さん”……。」
「いや?今年からシステムメンテの時は、積極的にお前ら連れて行くから。……えっ。姫野さん、ホントにやりたい?…やりたいなら〔1課〕の空気にもう少し慣れてきて余裕ができてきたら、いくらでも教えるけど。」
「えぇ…。」
相変わらず反応の面白い奴らだな。
「はい!ぜひ、やってみたいです!」
「はは。お前らビビりすぎだから。…じゃあ、決まりだな。やる気のある人間は大歓迎だ。嬉しいよ。」
2人は慄いていたが、俺としてはもう少しSEの人数を確保したい…。社の記念行事や営業先でのシステムトラブルに対応する際に、それが可能な技術を持つ人間がそれなりの人数必要だからだ。
そのため。"若手SEの育成は急務だ。"と俺は考えている。
「どうぞ。」
「オーナー、誰か分かりましたよ。」
「ふふっ。分かったのね。感想は?」
「尊敬!!」
「ふふっ。確かに!」
ククッ!そんなにか。
サンキューな。観月、姫野さん。
「…あ、よかった。笑ってくれた。…さっき。“姉さん”、ちょっと固まってたから…心配しました。」
やっぱりちょっと放心状態だったのか……。
あ、笑った。 笑顔が戻ってよかったよ。
あとで理由聞かなきゃな。観月も気遣ってくれてありがとう。
「あっ、ごめん!でも、もう大丈夫。観月くんが車の話題に変えてくれたから。お気遣いありがとう。」
「…っていうか、えっ!“姉さん”。すげぇタイピング速い。…まぁ、でも。これが普通なんだけど…。女性でこのタイピング速度の人、久しぶりに見ましたよ。うちの部の女性陣…立花さんと柏木さん以外、タイピング速度…"もうちょっとゆっくり"が【標準】なんです。ブラインドタッチも立花さんはできるけど、柏木さんは自信ないらしいですし。でも、“姉さん”は難なくやってるし…ミスタッチも無いし。…課長が引っ張ってくるわけだ。」
ミスも少ないか…さらに吉報だな。
しかし…さすがは観月。再度車の話題を振って姫野さんを普段の調子に戻しつつ、俺にも【タイピングが速くてミスタッチも無い】ということや【ブラインドタッチも問題なくできる】と何気に知らせてきた。
さて。そんな【何気ない報告】を受けたところで、一度様子を見ておくとするか。
「…えっ、これで速いの?…確かに。女性は私を含めて7人しか居ないけど…。それじゃ、事務処理は男性が?」
「ほとんど、課長と俺たちと工藤さんがやってますよ。…あと、部長。」
桜葉が苦笑いしながら、そんなことも説明していた。
「じゃあ。本当に私がここに来た意味…あったんだ。」
「そりゃあ、あるだろ。…じゃなきゃ、上層部に直訴なんかしに行かないよ。俺は。……姫野さん。あなたは本当に、もっと自信を持っていい。」
「本条課長……。」
俺以外の人間にはまだ分からないかもしれないが、おそらく彼女は今…俺が褒めたことを喜んでくれている。
彼女の瞳は、感情の変動があった時…揺れる。
「タイピングの様子を少し見せてもらっても良いか?津田もあとで見るから、そのつもりで。」
「はい、もちろんです。」
「は、はい。」
俺が放った一言に津田は身構えたらしく、緊張した声色でそう返事してくる。
「…はは。まぁ、そう緊張するなよ。大丈夫だ、別に取って食ったりしないよ。タイピング速度と正確さを、自分の目で確かめたかっただけだから。……あぁ。観月、ありがとう。」
俺が、姫野さんと観月の間に入る隙間を作るために、彼は少し右側にずれてくれた。
カタカタカタカタ……カタカタカタカタ……。
「見事だな…。速いし、何より正確だ。…あなたはここまでできるんだ。だから、田中や芹沢さん…福原さんの言ってることを気にする必要はないし、もし嫌がらせなんかが起きた場合には直ちに報告するように。」
俺はイジメの芽を摘むつもりで、そんな牽制の一言を投げた。
もっとも、"この一言"が火種になる可能性もあるが…。
「は、はい…。」
姫野さんの瞳が、今度は不安げに揺れる。
だが、それは一瞬で…。一呼吸置いてから彼女が口にした言葉は力強かった。
「でも…。分かりました!」
「あぁ、それでいい。気持ちを楽にして仕事に臨め。……さて、津田はどうだ?」
姫野さんに声を掛けた後、俺は彼女の斜め前に座る津田の元へと移動した。
すでに仕分け作業を終え、桜葉が入力時間を測っていた。
桜葉のデスクを見ると、腕時計が2つ並べて置かれていて、片方が"女物"であることに気づく。
フッ。姫野さん、あなたは…本当にどこまで気が回るんだか――。
それにしても――。
姫野さんに300枚、津田に200枚ほどの書類を渡し事務処理を頼んだわけだが…2人とも15分~20分の間で仕分けを終えて入力作業に入っている。
このペースだと…2人とも、2時間半あればこの作業は終わるか。
今年の“新人”には、本当に恵まれてるな――。
「本条課長。あの、これって…何の資料でしょうか?……見たところ何かのソースコードだと思うのですが…。」
「…ん?」
「課長。これ、俺と樹が今頭に叩き込んでる…デバッグ作業の練習用ソースコードじゃないですか…こんなのが“姉さん“のところにあったら、そりゃあ…ビビりますよ。…護んところには混ざってない?」
ソースコードとは、プログラミング言語で書かれたコンピュータープログラムを表現する文字列のこと。
ドラマや映画で、【PCの黒い画面に英数字を打っている】という形で取り上げられることも度々ある、あの画面である。
素人には「何、この文字列…。頭が痛い…。」と言われがちな"アレ"だ。
それから、デバッグとはコンピューターや機械のシステム上の欠陥やプログラミングの間違いを修正し、正常に動作するかチェックする作業のことてある。
どうやら、観月たちに渡す用のものが紛れ込んでいたらしい。
「あぁ。すまない。それは避けといてくれて構わない。…津田のところにもあったな…悪い。」
「本当だったんですね。『観月くんと桜葉くんが"営業"はもちろんだけど、プログラミングの方でも鍛えられてる。』って…。2人が、『"ポスト本条"って言われ始めてる。』ってことも噂になってますよ。」
相変わらず〔秘書課〕の情報網は…すごいな。
「それから。私もちょっとやってみたいです、デバッグ作業。……前から"やってみたいなぁ。"って思ってたんですけど、機会が無かったので。」
…おぉ?姫野さん、ホントにやる?
「やめて下さいよー。"ポスト本条"なんてー。誰ですか?そんなこと言ってんの。俺たちの前に工藤さんですよ。…えぇっ!?“姉さん”、マジですか!?」
「そうですよ。俺たちが課長と同じ土俵で作業しようなんて、百万年早いです。…えっ、珍しい。女性で『デバッグやってみたい。』なんて言う人、あんまり居ないから。」
「…でしょうね。でも、新しいことって…できるようになると楽しくない?」
「“姉さん”……。」
「いや?今年からシステムメンテの時は、積極的にお前ら連れて行くから。……えっ。姫野さん、ホントにやりたい?…やりたいなら〔1課〕の空気にもう少し慣れてきて余裕ができてきたら、いくらでも教えるけど。」
「えぇ…。」
相変わらず反応の面白い奴らだな。
「はい!ぜひ、やってみたいです!」
「はは。お前らビビりすぎだから。…じゃあ、決まりだな。やる気のある人間は大歓迎だ。嬉しいよ。」
2人は慄いていたが、俺としてはもう少しSEの人数を確保したい…。社の記念行事や営業先でのシステムトラブルに対応する際に、それが可能な技術を持つ人間がそれなりの人数必要だからだ。
そのため。"若手SEの育成は急務だ。"と俺は考えている。