男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
そんな話を聞いている津田は「〔営業〕なのにプログラミングするんですか!?」と驚く。だから「営業先でシステムトラブルが起きる可能性はゼロではないから、対応することもある。」と伝える。
ついでに「俺は入社してから5年ほど〔開発〕に居たんだ。」とも教えておく。
そんな話をしていると――。
――プー、prrr……。
最初の【プー】の音に俺と姫野さんが同時に反応し、他の人間にも緊張が走ったのを俺は感じ取った。
…なぜか――。 これが国際電話を示す【音】だからである。
〔営業〕に直電…?
"そんな顧客は誰も受け持ってないはずだが…。"と思いながらも、姫野さんに目配せして対応を頼んだ。
「Thank you for calling "Platina Computer" Corporation Development & Sales Department Himeno speaking.May I help you?」
(訳:お電話いただきありがとうございます。(株) プラチナ コンピューター 開発営業部の姫野でございます。ご用件を承りましょうか?)
姫野さんの英語を聞いて、驚く者も居てフロアは再びザワついている。
「May I have your name and company’s name please?」
(訳:お名前と会社名をお伺いしてもよろしいですか?)
「Mr. Smith.Do you mind holding while I check to see if she’s available?」
(訳:スミス様。本人が電話に出られるかどうか確認しますので、少々お待ち頂けますか?)
そこまで告げると、姫野さんは【保留】と【転送待機ボタン】を押して内線に切り替え"短縮4番"を押し、取り次ぎ先に電話する。
「――〔営業1課〕の姫野です。加々美さんにニューヨーク支社のスミス様から、至急のお電話です。加々美先輩があちらの支社に在籍していた時に携わられていた業務のことで『確認したいことがあり…明日の朝イチで必要な情報で、可能なら今教えてほしい。』とのことです。」
…なるほど、加々美さん宛てか。
そして彼女が直電の下一桁を伝え間違えたか、相手側が掛け間違えたってことか。
――14時間前だから、向こうは午後9時頃ってところか。
「それから。〔第二役員室〕への直通電話、番号を改めてスミス様にお伝え下さい。〔開発営業部〕に掛かってきたので。〔第二役員室〕は、下一桁…"4"です。それでは…お繋ぎしますので、そのままお待ち下さい。」
そして、再度【転送待機ボタン】を押してそれを解除し、スミス様と会話し始める。
「Thank you for holding Mr. Smith. I’ll put you through to Ms.Kagami. 」
(訳:スミス様、お待たせいたしました。加々美にお繋ぎします。)
「Thank you for calling. have a nice day.」
(訳:お電話ありがとうございました。よい1日を。)
そう言い終わった後、姫野さんは【転送ボタン】と"短縮4番"を押して受話器を置いた。
パチパチパチパチ……。
姫野さんが受話器を置いたと同時に、〔1課〕は拍手が起こった。
「ありがとう、姫野さん。相変わらず発音が綺麗で…俺も学ばせてもらえるよ。」
「そんな…恐縮です、課長。」
「“雅姉さん”!すごいっす!」
「カッコ良いです、“姉さん”。」
「やばい…。姫野さん、カッコ良すぎて…。やっぱり僕も“姉さん”って呼ばせてほしいです!」
3人の食い付きがすごいんだが…ククッ。
「観月くん、桜葉くん、津田くん。大袈裟よ。……社内で呼ぶ分には良いよ、津田くん。でも社外は“姫野さん”とか“姫野先輩”って呼んでね。」
「はい。」
「本条課長も…。」
「…ん?」
「“姫野”で、全然いいですよ?男性の方々…呼び捨てですし。」
まさか俺の話になるとは予想外だったから、思いがけず驚いた。
「分かった。しばらくは…とっさに出た呼び方かもしれないが。」
「あっ。でも、立花さんも"さん付け"でしたね、普段から"さん付け"の方が多いですか?」
「そうだな。」
「では、お好きな方で呼んで下さい。」
「あぁ。特に深い意味は無いが女性は"さん付け"の方が多いかな…。…そうさせてもらうよ。」
俺と姫野さんのそんな会話が落ち着いたところで、再び〔部長室〕のドアが開かれる音が聞こえた。
「…なんか。"パチパチ"って拍手の音聞こえてきたけど、何でそんなに盛り上がってたの?」
「あぁ、部長。姫野さんが英語で電話対応したんですよ。」
「あー。それでね…なるほど。いや、やっぱり呼んだ甲斐あったね!大活躍じゃない。」
「わぁ。初日から"本領発揮"ですね!」
「お2人とも大袈裟です、恥ずかしいのでやめて下さい…。」
声を弾ませてそう言う部長と鈴原に対して、姫野さんは顔をほんのり赤らめて照れながら一言発した後、俯いた。
…ちゃんと、感情出せてるじゃないか。よかった。
この後、蛍や柊も「さっきの拍手は何だったんだ?」と言って〔1課〕に顔を出したので、部長や鈴原に説明したのと同じように伝えた。
そして結局のところ、姫野さんも津田も最初に渡した仕事は2時間半で終わらせて、追加の仕事も引き受けてくれた。
そうして、いつも通り〔1課〕が全体的にバタバタと忙しなく動いていたら午前が過ぎ、昼飯の時間になっていた。
各々が昼食を摂るために離席していき、人がまばらになったところを見計らい、姫野さんが俺のデスクの前にやって来てこう告げる。
「本条課長。昼食休憩の前に少しお時間いただけませんか?…少しお話しておきたいことと、ご相談がありまして…。」
「あぁ、構わないが…。」
彼女から、何かを訴えてくるような視線が向けられる。
おそらく、込み入った話だな…。
「〔部長室〕の中の応接室を借りようか。〔部長室〕の中なら人目を気にしなくていいだろうからな。」
「ありがとうございます。」
そう言って彼女は、俺の後ろについてきた。
〔部長室〕はナンバーロックが採用されていて、部屋の外側からは誰でも簡単に出入りできる仕様にはなっていない。
キーナンバーは課長以上の役職者のみ周知されていて、3ヶ月を目処に変更される仕組みだ。
そして応接室は騒音防止対策が施されていて、外部から聞こえてくる音やこの室内の音が小さくなるようになっている。
だから他社との商談や、定期的に行われる社員のアセスメントなど…込み入った話をする際によく使われる。
部長に「応接室、少し借ります。」と言うと一瞬キョトンとした顔をされたが、後ろについてきた姫野さんを見て何かを悟ったらしく「いいよ。」と許可をくれた。
**
応接室に入るとドアを閉めて、ソファーにも座らず…俺の方から切り出した。
「さて。それで…どうした?」
なるべく彼女が緊張しないように、ゆっくり穏やかな口調で問い掛ける。
「あの…。先ほど…。」
彼女が言い淀んだことで、何を話したいかが理解できた。
そして【俺にも否があったこと】だし、こっちから切り出した方がいいと思い、俺から口を開く。
「姫野さん。先ほどは、大きな声を上げてしまって申し訳なかった。課の喝入れのためとはいえ…。俺はあなたから事前に聞いて知っていたのに。」
「いえ、それは本当に大丈夫です。あれは…むしろ【必要なお叱り】ですから。本条課長が声を張り上げて皆さんに喝を入れていたあの場面より、その後の会話の方が緊張しました。…観月くんが『課長のカミナリが落ちた。』って言ったんですけど…。『雷』っていうワードに……うぅ。(カタカタ)」
【雷】ってワードに反応したわけか…。 小刻みに震えてる、な…。
「姫野さん、とりあえずソファーに座ろう。体、震えてる。…支えていいか?…肩、触れるな?嫌だったら遠慮なく言ってくれ。……泣いていい、泣いていいから。」
「お願い…します。ごめんっ…ごめんなさい。」
俺は「大丈夫だ、大丈夫だ。」と繰り返し声を掛けながら、ソファーにゆっくりと座らせた。
「隣、座っていいか?」
「本条課長なら、大丈夫です。おそらく…触れるのも大丈夫です。」
余裕の無い、小さく弱々しい声での返答に…"相当精神的につらいことを口にしようとしてるのかもしれない"…と考えを巡らせる。
ついでに「俺は入社してから5年ほど〔開発〕に居たんだ。」とも教えておく。
そんな話をしていると――。
――プー、prrr……。
最初の【プー】の音に俺と姫野さんが同時に反応し、他の人間にも緊張が走ったのを俺は感じ取った。
…なぜか――。 これが国際電話を示す【音】だからである。
〔営業〕に直電…?
"そんな顧客は誰も受け持ってないはずだが…。"と思いながらも、姫野さんに目配せして対応を頼んだ。
「Thank you for calling "Platina Computer" Corporation Development & Sales Department Himeno speaking.May I help you?」
(訳:お電話いただきありがとうございます。(株) プラチナ コンピューター 開発営業部の姫野でございます。ご用件を承りましょうか?)
姫野さんの英語を聞いて、驚く者も居てフロアは再びザワついている。
「May I have your name and company’s name please?」
(訳:お名前と会社名をお伺いしてもよろしいですか?)
「Mr. Smith.Do you mind holding while I check to see if she’s available?」
(訳:スミス様。本人が電話に出られるかどうか確認しますので、少々お待ち頂けますか?)
そこまで告げると、姫野さんは【保留】と【転送待機ボタン】を押して内線に切り替え"短縮4番"を押し、取り次ぎ先に電話する。
「――〔営業1課〕の姫野です。加々美さんにニューヨーク支社のスミス様から、至急のお電話です。加々美先輩があちらの支社に在籍していた時に携わられていた業務のことで『確認したいことがあり…明日の朝イチで必要な情報で、可能なら今教えてほしい。』とのことです。」
…なるほど、加々美さん宛てか。
そして彼女が直電の下一桁を伝え間違えたか、相手側が掛け間違えたってことか。
――14時間前だから、向こうは午後9時頃ってところか。
「それから。〔第二役員室〕への直通電話、番号を改めてスミス様にお伝え下さい。〔開発営業部〕に掛かってきたので。〔第二役員室〕は、下一桁…"4"です。それでは…お繋ぎしますので、そのままお待ち下さい。」
そして、再度【転送待機ボタン】を押してそれを解除し、スミス様と会話し始める。
「Thank you for holding Mr. Smith. I’ll put you through to Ms.Kagami. 」
(訳:スミス様、お待たせいたしました。加々美にお繋ぎします。)
「Thank you for calling. have a nice day.」
(訳:お電話ありがとうございました。よい1日を。)
そう言い終わった後、姫野さんは【転送ボタン】と"短縮4番"を押して受話器を置いた。
パチパチパチパチ……。
姫野さんが受話器を置いたと同時に、〔1課〕は拍手が起こった。
「ありがとう、姫野さん。相変わらず発音が綺麗で…俺も学ばせてもらえるよ。」
「そんな…恐縮です、課長。」
「“雅姉さん”!すごいっす!」
「カッコ良いです、“姉さん”。」
「やばい…。姫野さん、カッコ良すぎて…。やっぱり僕も“姉さん”って呼ばせてほしいです!」
3人の食い付きがすごいんだが…ククッ。
「観月くん、桜葉くん、津田くん。大袈裟よ。……社内で呼ぶ分には良いよ、津田くん。でも社外は“姫野さん”とか“姫野先輩”って呼んでね。」
「はい。」
「本条課長も…。」
「…ん?」
「“姫野”で、全然いいですよ?男性の方々…呼び捨てですし。」
まさか俺の話になるとは予想外だったから、思いがけず驚いた。
「分かった。しばらくは…とっさに出た呼び方かもしれないが。」
「あっ。でも、立花さんも"さん付け"でしたね、普段から"さん付け"の方が多いですか?」
「そうだな。」
「では、お好きな方で呼んで下さい。」
「あぁ。特に深い意味は無いが女性は"さん付け"の方が多いかな…。…そうさせてもらうよ。」
俺と姫野さんのそんな会話が落ち着いたところで、再び〔部長室〕のドアが開かれる音が聞こえた。
「…なんか。"パチパチ"って拍手の音聞こえてきたけど、何でそんなに盛り上がってたの?」
「あぁ、部長。姫野さんが英語で電話対応したんですよ。」
「あー。それでね…なるほど。いや、やっぱり呼んだ甲斐あったね!大活躍じゃない。」
「わぁ。初日から"本領発揮"ですね!」
「お2人とも大袈裟です、恥ずかしいのでやめて下さい…。」
声を弾ませてそう言う部長と鈴原に対して、姫野さんは顔をほんのり赤らめて照れながら一言発した後、俯いた。
…ちゃんと、感情出せてるじゃないか。よかった。
この後、蛍や柊も「さっきの拍手は何だったんだ?」と言って〔1課〕に顔を出したので、部長や鈴原に説明したのと同じように伝えた。
そして結局のところ、姫野さんも津田も最初に渡した仕事は2時間半で終わらせて、追加の仕事も引き受けてくれた。
そうして、いつも通り〔1課〕が全体的にバタバタと忙しなく動いていたら午前が過ぎ、昼飯の時間になっていた。
各々が昼食を摂るために離席していき、人がまばらになったところを見計らい、姫野さんが俺のデスクの前にやって来てこう告げる。
「本条課長。昼食休憩の前に少しお時間いただけませんか?…少しお話しておきたいことと、ご相談がありまして…。」
「あぁ、構わないが…。」
彼女から、何かを訴えてくるような視線が向けられる。
おそらく、込み入った話だな…。
「〔部長室〕の中の応接室を借りようか。〔部長室〕の中なら人目を気にしなくていいだろうからな。」
「ありがとうございます。」
そう言って彼女は、俺の後ろについてきた。
〔部長室〕はナンバーロックが採用されていて、部屋の外側からは誰でも簡単に出入りできる仕様にはなっていない。
キーナンバーは課長以上の役職者のみ周知されていて、3ヶ月を目処に変更される仕組みだ。
そして応接室は騒音防止対策が施されていて、外部から聞こえてくる音やこの室内の音が小さくなるようになっている。
だから他社との商談や、定期的に行われる社員のアセスメントなど…込み入った話をする際によく使われる。
部長に「応接室、少し借ります。」と言うと一瞬キョトンとした顔をされたが、後ろについてきた姫野さんを見て何かを悟ったらしく「いいよ。」と許可をくれた。
**
応接室に入るとドアを閉めて、ソファーにも座らず…俺の方から切り出した。
「さて。それで…どうした?」
なるべく彼女が緊張しないように、ゆっくり穏やかな口調で問い掛ける。
「あの…。先ほど…。」
彼女が言い淀んだことで、何を話したいかが理解できた。
そして【俺にも否があったこと】だし、こっちから切り出した方がいいと思い、俺から口を開く。
「姫野さん。先ほどは、大きな声を上げてしまって申し訳なかった。課の喝入れのためとはいえ…。俺はあなたから事前に聞いて知っていたのに。」
「いえ、それは本当に大丈夫です。あれは…むしろ【必要なお叱り】ですから。本条課長が声を張り上げて皆さんに喝を入れていたあの場面より、その後の会話の方が緊張しました。…観月くんが『課長のカミナリが落ちた。』って言ったんですけど…。『雷』っていうワードに……うぅ。(カタカタ)」
【雷】ってワードに反応したわけか…。 小刻みに震えてる、な…。
「姫野さん、とりあえずソファーに座ろう。体、震えてる。…支えていいか?…肩、触れるな?嫌だったら遠慮なく言ってくれ。……泣いていい、泣いていいから。」
「お願い…します。ごめんっ…ごめんなさい。」
俺は「大丈夫だ、大丈夫だ。」と繰り返し声を掛けながら、ソファーにゆっくりと座らせた。
「隣、座っていいか?」
「本条課長なら、大丈夫です。おそらく…触れるのも大丈夫です。」
余裕の無い、小さく弱々しい声での返答に…"相当精神的につらいことを口にしようとしてるのかもしれない"…と考えを巡らせる。