男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
9th Data 妹 ◇雅 side◇
急いで昼食を食べた後は、午前中に話があった通り…本条課長と津田くんと3人で部署回りをする。
「津田、今から〔販売促進部〕と〔マーケティング部〕に行くんだが…その部署での空気に違和感を感じたとしても、その場では"そのこと"に触れるなよ。【事情】は〔営業〕に戻ったら教えてやるから。……さっき話した姫野さんの疾患に関係してるんだ。」
「分かりました。」
〔販売促進部〕には美島さんが…そして〔マーケティング部〕には美國さんと西園寺さんが居る。ちょっと不安だ。
でも、だからこそ本条課長は気に掛けてくれているんだと思う。
「…姫野さん。俺も津田も居る。…大丈夫だから。」
私を安心させるように、彼はそんなことも言ってくれる。
「心強いです、課長。…津田くん。もしかしたら〔販売促進部〕や〔マーケティング〕の人から、私に対しての嫌味とか聞こえてくるかもしれない。ごめんね。」
「大丈夫です、無視しときます。それに…。僕、“雅姉さん”を〔開発営業部〕で見るようになって2週間ですし、ちゃんと関わるのは今日からですけど…“姉さん”はきっと…本当は嫌味とか言われなくてもいい人です。何て言ったらいいかな…上手い言葉が出てこないですけど、鳴海部長や本条課長が見てくれてます。自信持って下さい。…課長が人を褒めることってあまり無いんですよね?でも課長は“姉さん”のことも褒めてましたし、お礼も言ってた。それが全てじゃないかと僕は思ってます。」
「津田くん…。ありがとう。」
なんて心が温かで…真っ直ぐな子なんだろう。
「はは。津田にここで一本取られる取られるとは…参ったな。今年の“新人”はホント食えないよ…。」
こんな話をしつつ、私たちはまず〔マーケティング部〕に向かった。
**
――コンコン。
「失礼します、〔営業1課〕の本条です。業務中、失礼します。金田部長と美國部長秘書は――。」
「あぁ、これはこれは。“仕事のよくできる〔営業1課〕の本条課長”じゃないですか。今日はどうしたのかね?」
あぁ、なるほど。
明らかに棘ある。私だけじゃなく課長もなんですね。
まったく。本当に“仕事ができなくて暇な人”なのね。
噂だけだと思いたかったけど、そんなことないみたい。
他にも女性社員に手を出してるとかいないとか聞くし、ここ2ヶ月ぐらい…他社に我が社の情報を流してるなんて噂も聞くから“Team Platina”の調査対象になっているなんてことも花森先輩が言ってた気がする。
それはそうと…明らかに私に【性的な目】を向けてくるのをやめてもらえないでしょうか。金田部長。
気持ち悪い…。
そう思っていると、本条課長がまるで私の視界を遮断するかのように、金田部長との間に立ってくれた。
「恐縮です、金田部長。今日から新年度ですから〔営業1課〕に配属になった新人の姫野と津田を連れてご挨拶に参りました。」
課長に「2人とも挨拶を。」と言われたので、私と津田くんは順番に挨拶をした。
「それにしても、まぁ。“新人の津田くん”は覚えておくとして、"あの"姫野さんが〔秘書課〕ではなく〔営業〕へ異動とは…もったいないねぇ。せっかく年数をかけて築いた地位じゃないのか。給料も良かっただろうに…。左遷のように感じられるのだが、可哀想に…。」
「本当ですわ、お可哀想に。」
部長も部長だけど、相変わらず癇に障る物言いね。美國さん。……笑ってるし。
「いいえ、彼女は――。」
「金田部長、美國部長秘書。私はこの度の異動を左遷とは思っておりません。むしろ、私にとっては栄転です。私の語学力を認めていただいて『営業でもその力を発揮していただきたい。』と迎えていただきましたし…。」
私は、課長が言おうとしてくれた言葉の続きを汲み取って、自分の言葉で2人に伝えていく。
私だけならともかく、本条課長までバカにするような口ぶりは許せない。
「ちゃんと【人の長所を見極めて適材適所に人材を振り分けられる】…これは《上》に立つ人間が持っておくべき1つのスキルです。だからこそ、本条課長や鳴海部長は社内外で信頼が厚く…尊敬されている人が多いのです。」
「確かに、お金は大切です。ですが。利益を上げるなら、それ以前に【目を向けるべき大切なもの】があります。我が社の商品を愛し購入して下さるお客様の存在。そんな方々の声に耳を傾けて意見を聞き、吸い上げて下さる営業やマーケティングの方々の存在。その拾ってきた要望を形にして下さる開発の方々の存在。誰が欠けても【会社】というのは成り立ちません。皆さんが業務を行って下さるからこその【会社】です。ありがとうございます。《上》に立つ者ほど、本来であればお客様や社員のニーズは知っておくべきですから。今回の異動がそのための【良い機会】になると考えます。」
「――っ!」
2人とも返す言葉もないのか、悔しそうに口を結んだ。
私と課長に難癖を付けたい金田部長と美國さんは、今回の私の異動を"左遷だ!"と周りに印象付かせたかったみたい。こちらが“悪者”になるように。
だったら。それを逆手に取って、満面の笑みで「この異動は私にとってプラスになります。」とか「誰が欠けても【会社】というのは成り立ちません。皆さんが業務を行って下さるからこその【会社】です。ありがとうございます。」と皮肉を込めて、あえてお礼まで言ってあげる。
私にも本条課長にも、これまでやってきた仕事に対しての自負がある。だからこんな口喧嘩なんかで負けない。
表情には出していないけど、たぶん本条課長は私が金田部長と美國さんを言い負かしたのを見て、心の中で"でかした!姫野さん!"ぐらいは思ってくれてると思う。
チラッと左側を盗み見れば一瞬だけ視線が合って、彼が瞳の奥で笑っているのを感じ取れたから。
「…さぁ、次の部署へ行こうか。2人とも。…それでは。金田部長、美國秘書。次があるので我々はこれで失礼しますね。……椎名課長、〔開発営業部〕宛の書類とかあればお預かりしますが。」
マーケティング部内の〔海外市場課〕フロアにそう声を掛ける本条課長。
「あぁ、本条課長。ではこの一束お願いします。…それと、部長と美國さんが失礼しました。本条課長、やる気十分な“良い新人”が来ましたね。これから〔営業〕との仕事が楽しみになりそうです。」
椎名課長、ありがとうございます。ご期待に応えられるように頑張りますね。
「そうですね。私自身も2人の成長が楽しみですよ。」
本条課長と椎名課長がそんな会話を繰り広げた後、〔マーケティング部〕を去ろうとしたタイミングで再び嫌味が聞こえてきた。
「10日も会社に来れなかったせいで、仕事が溜まっちゃってるのよねー。あー。大変大変。」
「西園寺さん?…仕事が溜まっているのは環境要因が原因ですか?それとも、人員的な要因ですか?あなたの直属の上司は椎名課長なので、【監督不行き届き】ということはまず無いでしょう。あなたがお休みの間の業務も彼が済ませて持ってきてくれましたし。」
西園寺さんからの、私に対するわざとらしい悪意丸出しの攻撃に…本条課長も同じようにわざとらしく、眩しいぐらいの【紳士の笑み】を浮かべて応戦してくれている。
そして、さらに課長はこう続ける。
「津田、今から〔販売促進部〕と〔マーケティング部〕に行くんだが…その部署での空気に違和感を感じたとしても、その場では"そのこと"に触れるなよ。【事情】は〔営業〕に戻ったら教えてやるから。……さっき話した姫野さんの疾患に関係してるんだ。」
「分かりました。」
〔販売促進部〕には美島さんが…そして〔マーケティング部〕には美國さんと西園寺さんが居る。ちょっと不安だ。
でも、だからこそ本条課長は気に掛けてくれているんだと思う。
「…姫野さん。俺も津田も居る。…大丈夫だから。」
私を安心させるように、彼はそんなことも言ってくれる。
「心強いです、課長。…津田くん。もしかしたら〔販売促進部〕や〔マーケティング〕の人から、私に対しての嫌味とか聞こえてくるかもしれない。ごめんね。」
「大丈夫です、無視しときます。それに…。僕、“雅姉さん”を〔開発営業部〕で見るようになって2週間ですし、ちゃんと関わるのは今日からですけど…“姉さん”はきっと…本当は嫌味とか言われなくてもいい人です。何て言ったらいいかな…上手い言葉が出てこないですけど、鳴海部長や本条課長が見てくれてます。自信持って下さい。…課長が人を褒めることってあまり無いんですよね?でも課長は“姉さん”のことも褒めてましたし、お礼も言ってた。それが全てじゃないかと僕は思ってます。」
「津田くん…。ありがとう。」
なんて心が温かで…真っ直ぐな子なんだろう。
「はは。津田にここで一本取られる取られるとは…参ったな。今年の“新人”はホント食えないよ…。」
こんな話をしつつ、私たちはまず〔マーケティング部〕に向かった。
**
――コンコン。
「失礼します、〔営業1課〕の本条です。業務中、失礼します。金田部長と美國部長秘書は――。」
「あぁ、これはこれは。“仕事のよくできる〔営業1課〕の本条課長”じゃないですか。今日はどうしたのかね?」
あぁ、なるほど。
明らかに棘ある。私だけじゃなく課長もなんですね。
まったく。本当に“仕事ができなくて暇な人”なのね。
噂だけだと思いたかったけど、そんなことないみたい。
他にも女性社員に手を出してるとかいないとか聞くし、ここ2ヶ月ぐらい…他社に我が社の情報を流してるなんて噂も聞くから“Team Platina”の調査対象になっているなんてことも花森先輩が言ってた気がする。
それはそうと…明らかに私に【性的な目】を向けてくるのをやめてもらえないでしょうか。金田部長。
気持ち悪い…。
そう思っていると、本条課長がまるで私の視界を遮断するかのように、金田部長との間に立ってくれた。
「恐縮です、金田部長。今日から新年度ですから〔営業1課〕に配属になった新人の姫野と津田を連れてご挨拶に参りました。」
課長に「2人とも挨拶を。」と言われたので、私と津田くんは順番に挨拶をした。
「それにしても、まぁ。“新人の津田くん”は覚えておくとして、"あの"姫野さんが〔秘書課〕ではなく〔営業〕へ異動とは…もったいないねぇ。せっかく年数をかけて築いた地位じゃないのか。給料も良かっただろうに…。左遷のように感じられるのだが、可哀想に…。」
「本当ですわ、お可哀想に。」
部長も部長だけど、相変わらず癇に障る物言いね。美國さん。……笑ってるし。
「いいえ、彼女は――。」
「金田部長、美國部長秘書。私はこの度の異動を左遷とは思っておりません。むしろ、私にとっては栄転です。私の語学力を認めていただいて『営業でもその力を発揮していただきたい。』と迎えていただきましたし…。」
私は、課長が言おうとしてくれた言葉の続きを汲み取って、自分の言葉で2人に伝えていく。
私だけならともかく、本条課長までバカにするような口ぶりは許せない。
「ちゃんと【人の長所を見極めて適材適所に人材を振り分けられる】…これは《上》に立つ人間が持っておくべき1つのスキルです。だからこそ、本条課長や鳴海部長は社内外で信頼が厚く…尊敬されている人が多いのです。」
「確かに、お金は大切です。ですが。利益を上げるなら、それ以前に【目を向けるべき大切なもの】があります。我が社の商品を愛し購入して下さるお客様の存在。そんな方々の声に耳を傾けて意見を聞き、吸い上げて下さる営業やマーケティングの方々の存在。その拾ってきた要望を形にして下さる開発の方々の存在。誰が欠けても【会社】というのは成り立ちません。皆さんが業務を行って下さるからこその【会社】です。ありがとうございます。《上》に立つ者ほど、本来であればお客様や社員のニーズは知っておくべきですから。今回の異動がそのための【良い機会】になると考えます。」
「――っ!」
2人とも返す言葉もないのか、悔しそうに口を結んだ。
私と課長に難癖を付けたい金田部長と美國さんは、今回の私の異動を"左遷だ!"と周りに印象付かせたかったみたい。こちらが“悪者”になるように。
だったら。それを逆手に取って、満面の笑みで「この異動は私にとってプラスになります。」とか「誰が欠けても【会社】というのは成り立ちません。皆さんが業務を行って下さるからこその【会社】です。ありがとうございます。」と皮肉を込めて、あえてお礼まで言ってあげる。
私にも本条課長にも、これまでやってきた仕事に対しての自負がある。だからこんな口喧嘩なんかで負けない。
表情には出していないけど、たぶん本条課長は私が金田部長と美國さんを言い負かしたのを見て、心の中で"でかした!姫野さん!"ぐらいは思ってくれてると思う。
チラッと左側を盗み見れば一瞬だけ視線が合って、彼が瞳の奥で笑っているのを感じ取れたから。
「…さぁ、次の部署へ行こうか。2人とも。…それでは。金田部長、美國秘書。次があるので我々はこれで失礼しますね。……椎名課長、〔開発営業部〕宛の書類とかあればお預かりしますが。」
マーケティング部内の〔海外市場課〕フロアにそう声を掛ける本条課長。
「あぁ、本条課長。ではこの一束お願いします。…それと、部長と美國さんが失礼しました。本条課長、やる気十分な“良い新人”が来ましたね。これから〔営業〕との仕事が楽しみになりそうです。」
椎名課長、ありがとうございます。ご期待に応えられるように頑張りますね。
「そうですね。私自身も2人の成長が楽しみですよ。」
本条課長と椎名課長がそんな会話を繰り広げた後、〔マーケティング部〕を去ろうとしたタイミングで再び嫌味が聞こえてきた。
「10日も会社に来れなかったせいで、仕事が溜まっちゃってるのよねー。あー。大変大変。」
「西園寺さん?…仕事が溜まっているのは環境要因が原因ですか?それとも、人員的な要因ですか?あなたの直属の上司は椎名課長なので、【監督不行き届き】ということはまず無いでしょう。あなたがお休みの間の業務も彼が済ませて持ってきてくれましたし。」
西園寺さんからの、私に対するわざとらしい悪意丸出しの攻撃に…本条課長も同じようにわざとらしく、眩しいぐらいの【紳士の笑み】を浮かべて応戦してくれている。
そして、さらに課長はこう続ける。