男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「そもそも、業務というのは本来…不測の事態も見据えて進めておく、伝達しておくのが基本です。あなたはそれができない“新人”ではないはずです。また別の理由…ハラスメント等があるなら、それはそれで相談に乗りますから【プラチナ案件】の申請書を出して下さい。」
さすが課長、反論の隙も与えませんね。
「あぁ、そうだ。椎名課長。現在【プラチナ案件】で調査中の案件、結果次第では〔マーケティング部〕で人事の変動があるかもしれません。チーム編成変更のご準備を。」
…えっ!? "それ"って、言っちゃってもいいんですか…?
本条課長の発言により〔マーケティング部〕のフロアが一瞬ザワつき、全員が息を呑み絶句しているのを…私は感じ取る。
それもそのはず。"人事の変動がある"ということは、この中の誰かがそれこそ左遷されたり解雇されると宣告されたようなものだから――。
「分かりました、準備を進めておきます。」
動揺一つせず「分かりました。」と言えるということは、おそらく今回は椎名課長からの調査依頼。俗に言う、内部告発である。
先ほどの金田部長の発言を謝罪してくれたこともそうだし、不正に対する調査依頼を“Team Platina”にしているところをみると、椎名課長はおそらく“私たちの味方で居てくれる人”なんじゃないかと思った。
「…よろしくお願いします。それでは、今度こそ失礼します。…姫野さん、津田、行こうか。」
こうして私たち3人は〔マーケティング部〕を後にし、〔販売促進部〕へ向かう。
「なにあれ…。あれは言われてる本人はもちろんですけど、聞いてる側もムカつきますね。すごいネチネチ嫌味言ってきたし。でも、言い返してた“姉さん”…カッコよくて、何かスッキリしちゃいました。部長や課長のことも庇ってましたし。」
普段は温厚で優しい津田くんが、珍しく眉間にシワを寄せて本気で怒ってる…。
ホント優しい子ね、ありがとう。
それに、私が言い返した意図を汲み取ってくれたのね。
「そうだな。ムカつくよ、俺も。今日は俺たちや他の人間の目もあったからか嫌味ぐらいで済んでるが、普段なら人目が無ければ手も出てるとも聞くからな。あれを耐えるなんてよくやるよ。本当に。」
「手も!?手も出てるんですか!?うわ、イジメじゃないですか!?…あぁ、だから“姉さん”。不安そうな顔してたんですね。」
本条課長が内側に秘めている怒りを押し潰すように、悔しそうな…溢れそうな怒りを抑え込むようにして、喉の奥から声を搾り出し言葉を紡いでいた。
それを聞いたら、数十分前みたいにまた泣きそうになった。
だって、課長が"どれだけ私が悔しい思いをしてるか…想像してくれようとしてる"ってことが、その声のトーンや言葉から伝わってきたから……。
だけど、それだけじゃなくて。
「あぁ、そうだ。手も出てる。〔営業〕に戻ったら[チームミーティング]だ。……そうだな、俺や部長のことを庇ってくれるなんて思いもしなかったよ。嬉しかった、ありがとう。…どうする?少し休憩してから行くか?」
こんな風に、【私が怒った理由】をちゃんと感じ取って言葉にしてくれたことが…何より嬉しかった。
「そうね、津田くん。…不安だった。1対1の口論や1対2の口論だけなら負けないんだけど、1対複数の暴力有りはさすがに怖くて…。……いいえ、課長。後の業務もありますから休憩なんて、そこまでは。」
「そりゃあ、1対複数の暴力有りは誰でも怖いですよ。……ホントに大丈夫ですか?無理しないで下さいね。」
「うん、大丈夫よ。ホントにありがとう、津田くん。……課長、行きましょう。」
「あぁ。……姫野さん、〔販売促進部〕に着いたらボイスレコーダーで会話を録っても構わないか?」
「えぇ、もちろんです。私は“Team Platina”に全面協力します。」
私が笑ってそう言うと、本条課長は口角だけを上げ「ありがとう。」と言ってクールに笑った。
そして、そんな会話をしながら〔販売促進部〕に顔を出すと――。
「あら?これはこれは。この度、“剛さま”の秘書の任を解かれて〔開発営業部〕にご異動になった姫野さんじゃありませんか。おそらく、あなたのことだから“剛さま”のご機嫌を損ねることをしてしまったのでしょう?……それに、あなた確か“男嫌い”と仰ってなかったかしら?…それなのに、異動先の部署が男性比率の高い〔開発営業部〕だなんてお可哀想に。それとも、“男嫌い”だというのは…やっぱり噓だったのかしら?」
私たちが喋り出す前に、嫌味を口にする美島さん。
「美島さん。やめなさい。彼らは挨拶に来ただけなんだから。…本条課長、申し訳ない。」
「いいえ、山田部長。美島秘書、気が立っているようにお見受けしますがお疲れでしょうか?……そんなお忙しい時に来てしまって申し訳ありません。今日のところは顔繋ぎのためのご挨拶だけしたらお暇します。」
完璧な【営業スマイル】……本条課長、恐るべし。
「それから。誤解されているようですので、正しい情緒をお伝えしておきますが…。【鳴海常務が姫野さんを手離したわけではなく、私と鳴海開発営業部長が引き抜いた】というの正しいです。『彼女の秘書としての振る舞いは申し分ない。』と“あなたが敬愛されている常務”が仰られているので、彼女が常務の機嫌を損ねることは無かったでしょう。また、彼女の“男嫌い”云々の話は詮索無用です。あなたほどのご令嬢ならば、すでにお分かりかと思いますけれども。【他人の面倒事に首を突っ込んだら、ロクなことが無い】と――。その類の事柄ですよ、お察し下さい。」
すごい…。
この切り返し方なら角は立たないし、それぞれの立場を悪く言ってることもない…。
「“あなたが敬愛されている常務”」や「あなたほどのご令嬢」とあえて口に出すことで、本人には見下していないと印象付けさせ、周囲には予防線を張ったことを認識させた。
そして、この有無も言わせない迫力で「詮索無用だ。」と言われれば…その先は聞けないもの。
課長にずっと助けられてる…。ありがたいけど、なんか申し訳ない気持ちでいっぱいだわ。
「――っ!」
ぐうの根も出ないみたいね。
美島さんは恨めしそうにこちらを睨んできたけど、私は受け流した。
そして私と津田くんが挨拶を済ませると、本条課長が口を開いた。
「さて。それでは挨拶も済んだことですし、〔営業〕に戻ります。」
課長がそう言って踵を返したので、私と津田くんも彼に遅れないように後に続いて〔販売促進部〕を出た。
「2人とも。喉、乾かないか?やっぱり何か飲んでから戻ろう。奢るよ、何がいい?」
「えっ、良いんですか?…じゃあ。僕、【酸っぱい系のドリンク】が良いです。」
「じゃあ…カフェオレで。」
「あぁ、いいよ。」
そう言って、課長は本当に自販機で飲み物を買ってくれる。
さすが課長、反論の隙も与えませんね。
「あぁ、そうだ。椎名課長。現在【プラチナ案件】で調査中の案件、結果次第では〔マーケティング部〕で人事の変動があるかもしれません。チーム編成変更のご準備を。」
…えっ!? "それ"って、言っちゃってもいいんですか…?
本条課長の発言により〔マーケティング部〕のフロアが一瞬ザワつき、全員が息を呑み絶句しているのを…私は感じ取る。
それもそのはず。"人事の変動がある"ということは、この中の誰かがそれこそ左遷されたり解雇されると宣告されたようなものだから――。
「分かりました、準備を進めておきます。」
動揺一つせず「分かりました。」と言えるということは、おそらく今回は椎名課長からの調査依頼。俗に言う、内部告発である。
先ほどの金田部長の発言を謝罪してくれたこともそうだし、不正に対する調査依頼を“Team Platina”にしているところをみると、椎名課長はおそらく“私たちの味方で居てくれる人”なんじゃないかと思った。
「…よろしくお願いします。それでは、今度こそ失礼します。…姫野さん、津田、行こうか。」
こうして私たち3人は〔マーケティング部〕を後にし、〔販売促進部〕へ向かう。
「なにあれ…。あれは言われてる本人はもちろんですけど、聞いてる側もムカつきますね。すごいネチネチ嫌味言ってきたし。でも、言い返してた“姉さん”…カッコよくて、何かスッキリしちゃいました。部長や課長のことも庇ってましたし。」
普段は温厚で優しい津田くんが、珍しく眉間にシワを寄せて本気で怒ってる…。
ホント優しい子ね、ありがとう。
それに、私が言い返した意図を汲み取ってくれたのね。
「そうだな。ムカつくよ、俺も。今日は俺たちや他の人間の目もあったからか嫌味ぐらいで済んでるが、普段なら人目が無ければ手も出てるとも聞くからな。あれを耐えるなんてよくやるよ。本当に。」
「手も!?手も出てるんですか!?うわ、イジメじゃないですか!?…あぁ、だから“姉さん”。不安そうな顔してたんですね。」
本条課長が内側に秘めている怒りを押し潰すように、悔しそうな…溢れそうな怒りを抑え込むようにして、喉の奥から声を搾り出し言葉を紡いでいた。
それを聞いたら、数十分前みたいにまた泣きそうになった。
だって、課長が"どれだけ私が悔しい思いをしてるか…想像してくれようとしてる"ってことが、その声のトーンや言葉から伝わってきたから……。
だけど、それだけじゃなくて。
「あぁ、そうだ。手も出てる。〔営業〕に戻ったら[チームミーティング]だ。……そうだな、俺や部長のことを庇ってくれるなんて思いもしなかったよ。嬉しかった、ありがとう。…どうする?少し休憩してから行くか?」
こんな風に、【私が怒った理由】をちゃんと感じ取って言葉にしてくれたことが…何より嬉しかった。
「そうね、津田くん。…不安だった。1対1の口論や1対2の口論だけなら負けないんだけど、1対複数の暴力有りはさすがに怖くて…。……いいえ、課長。後の業務もありますから休憩なんて、そこまでは。」
「そりゃあ、1対複数の暴力有りは誰でも怖いですよ。……ホントに大丈夫ですか?無理しないで下さいね。」
「うん、大丈夫よ。ホントにありがとう、津田くん。……課長、行きましょう。」
「あぁ。……姫野さん、〔販売促進部〕に着いたらボイスレコーダーで会話を録っても構わないか?」
「えぇ、もちろんです。私は“Team Platina”に全面協力します。」
私が笑ってそう言うと、本条課長は口角だけを上げ「ありがとう。」と言ってクールに笑った。
そして、そんな会話をしながら〔販売促進部〕に顔を出すと――。
「あら?これはこれは。この度、“剛さま”の秘書の任を解かれて〔開発営業部〕にご異動になった姫野さんじゃありませんか。おそらく、あなたのことだから“剛さま”のご機嫌を損ねることをしてしまったのでしょう?……それに、あなた確か“男嫌い”と仰ってなかったかしら?…それなのに、異動先の部署が男性比率の高い〔開発営業部〕だなんてお可哀想に。それとも、“男嫌い”だというのは…やっぱり噓だったのかしら?」
私たちが喋り出す前に、嫌味を口にする美島さん。
「美島さん。やめなさい。彼らは挨拶に来ただけなんだから。…本条課長、申し訳ない。」
「いいえ、山田部長。美島秘書、気が立っているようにお見受けしますがお疲れでしょうか?……そんなお忙しい時に来てしまって申し訳ありません。今日のところは顔繋ぎのためのご挨拶だけしたらお暇します。」
完璧な【営業スマイル】……本条課長、恐るべし。
「それから。誤解されているようですので、正しい情緒をお伝えしておきますが…。【鳴海常務が姫野さんを手離したわけではなく、私と鳴海開発営業部長が引き抜いた】というの正しいです。『彼女の秘書としての振る舞いは申し分ない。』と“あなたが敬愛されている常務”が仰られているので、彼女が常務の機嫌を損ねることは無かったでしょう。また、彼女の“男嫌い”云々の話は詮索無用です。あなたほどのご令嬢ならば、すでにお分かりかと思いますけれども。【他人の面倒事に首を突っ込んだら、ロクなことが無い】と――。その類の事柄ですよ、お察し下さい。」
すごい…。
この切り返し方なら角は立たないし、それぞれの立場を悪く言ってることもない…。
「“あなたが敬愛されている常務”」や「あなたほどのご令嬢」とあえて口に出すことで、本人には見下していないと印象付けさせ、周囲には予防線を張ったことを認識させた。
そして、この有無も言わせない迫力で「詮索無用だ。」と言われれば…その先は聞けないもの。
課長にずっと助けられてる…。ありがたいけど、なんか申し訳ない気持ちでいっぱいだわ。
「――っ!」
ぐうの根も出ないみたいね。
美島さんは恨めしそうにこちらを睨んできたけど、私は受け流した。
そして私と津田くんが挨拶を済ませると、本条課長が口を開いた。
「さて。それでは挨拶も済んだことですし、〔営業〕に戻ります。」
課長がそう言って踵を返したので、私と津田くんも彼に遅れないように後に続いて〔販売促進部〕を出た。
「2人とも。喉、乾かないか?やっぱり何か飲んでから戻ろう。奢るよ、何がいい?」
「えっ、良いんですか?…じゃあ。僕、【酸っぱい系のドリンク】が良いです。」
「じゃあ…カフェオレで。」
「あぁ、いいよ。」
そう言って、課長は本当に自販機で飲み物を買ってくれる。