男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方

10th Data カミングアウトとランチタイム ◇雅 side◇

昨夜(ゆうべ)は、久しぶりに(ゆい)と話せた安心感と〔営業〕への異動初日だったから疲れていたのか、ぐっすり眠れた。


そして今日も、私は就業時間の30分前に〔開発営業部〕のドアを開けた。

「おはようございます。」

「おはようございます。」

ドアを開けた先には、“昨日も早く出勤していた4人”とプラス柚ちゃんの姿があり、それぞれが挨拶を返してくれた。

ちなみに。もちろん、今だけだけど…。
桜葉くんと津田くんの席に朝日奈課長と堤課長が、観月くんの席に鳴海部長が座っていて、本条課長は鳴海部長の隣に【誕生日席】の形で座っていた。そして柚ちゃんは鳴海部長の斜め後ろに控えめに座っていた。

もちろん。4人の前にはそれぞれ各自のPCがあるのは言うまでもない。

「姫ちゃん、早くない?何か急ぎの仕事?」

「ううん。ただ時間を持て余して早く来ちゃっただけだよ。…あっ、柚ちゃん。【アレ】…一つ貰っていい?」

「【アレ】って…?…あぁ!【アレ】ね!そんなの、いいに決まってるよー!だって【アレ】を勧めてくれたの…もともとは姫ちゃんじゃない。取ってくるね!!」

そう言うと、柚ちゃんは〔部長室〕にその【私が欲しいもの】を取りに行ってくれた。
鳴海部長と課長たちは、"何を取りに行ったんだ?"という顔をしている。

「はい、姫ちゃん。これ飲んで今日も頑張ろうね!」

「…あっ、"柚のお気に入りの紅茶"のティーパック。そっか。これは姫野さんのオススメだったんだ。」

さすがは部長、よく見ていらっしゃいますね。

「ありがとう、柚ちゃん。家出る前に飲みたくなるなら、家で飲んできたのにね。"早く着いちゃった、まだ時間あるな"と思ったら…急に飲みたくなっちゃった。これ飲んだら、今日も1日頑張れそう。」

このメーカーのダージリン好きなのよね…美味しいから。
しかも、実はこれ…白石先生からのオススメだったのよね。
「疲れた時や温まりたい時、リラックスしたい時には紅茶やハーブティーがオススメよ。」って受診した時に教えてくれたのだ。

「どういたしまして。欲しい時また言ってね。これからは姫ちゃんとシェアだから。」

彼女の言葉に、私は嬉しくなる。

「ありがとう、柚ちゃん。……部長、課長。必要でしたら一緒に飲み物入れてきますけれど、いかがですか?」

「ホント?いいの?…じゃあ、コーヒー貰おうかな。お砂糖…ティースプーン1杯分入れてもらえたら。」

「姫野さん、俺もそれでお願いしていいかな…。」

どうやら、部長と朝日奈課長は甘党らしい。

「分かりました。鳴海部長と朝日奈課長はお砂糖入り。…本条課長と堤課長はいかがされますか?」

「あー。頼んでもいいか?…【ブラック】を2つだ。俺たちの分まで悪いな…。運ぶのに手が必要なら呼んでくれ。」

「ありがとうございます、本条課長。はい、必要でしたらお呼びするかもしれません。……【ブラック】、お2つですね。分かりました、作ってきますね。」

私は皆さんにそう断ってから、給湯室へ向かった。

「鳴海部長、朝日奈課長。お待たせしました、お砂糖入りのコーヒーです。」

「ありがとう、姫野さん。」

「本条課長、堤課長。お待たせしました、ブラックコーヒーです。」

「…あぁ。ありがとう、姫野さん。」

「いえ、とんでもないです。……本条課長、先日の研修期間中にお手伝いしました【研修指導マニュアル】の作り直し作業やっても良いですか?」

私は自席に着き、紅茶を一口飲んでから彼に尋ねた。

「…えっ?あぁ。それは助かるが、まだ就業時間じゃない。ゆっくりしてればいい。」

「お気遣いありがとうございます。でも、ああいう【誰もやりたがらない業務】ほど…こういう早く出勤してしまった時などに進めてしまうのが吉なのでは?それに、部長や課長たちも仕事してるじゃないですか。…私も会話しながら力まずやるので、そこに入れて下さい。」

「フッ。あなたって人は…。本当に“気遣いの人”だ。【一番面倒で誰もやりたがらないけど、実は大切な仕事】を快く引き受けてくれて、ありがとう。」

「いいえ、鳴海部長。【大切な仕事】ですから。」

私は笑顔でそう答えて、【マニュアル】のファイルを取りに行った。
再び着席したタイミングで、「私も手伝うよ!」と柚ちゃんが申し出てくれたから、お言葉に甘える。

そしてこの場に居る全員と、仕事の話や車の話…はたまた部長や課長たちの学生時代の話など、いろんな話題を繰り広げながら各自が作業を進める。

ちなみに。昨日私が買った本に関しても、「分かりやすく丁寧に書かれている良い本を選んだな。」と鳴海部長や本条課長に褒めていただけた。

そして、ふと…鳴海部長や朝日奈課長の視線を感じてティーカップをソーサーに置きつつ、私は彼ら2人に視線を向けて尋ねた。

「鳴海部長、朝日奈課長。私の顔に何か付いてますか?」

「…あっ!いや、ごめんね。あまりにも所作(しょさ)が綺麗だったから、つい。」

鳴海部長の言葉に続くように、朝日奈課長も「そうですね。」と言って頷いている。

「姫野さん。実は…俺も思ってた。」

本条課長まで~!

しかも。きっと彼のことだから、部長や朝日奈課長が話に出さなければ触れなかっただろうと思う。だから言われて、余計に驚いてしまった。

「えっ、あっ、ありがとうございます。」

これは照れくさいけど、お母さんに感謝かな…。

「姫ちゃんの所作が綺麗なのは、“百合花(ゆりか)ママ”譲りだよね。」

「そうね、柚ちゃん。……両親ともに、何かと礼儀作法に関してだけは『相手に失礼のないように。』とか『大人になって恥をかかないように。』って、何度も教えられましたから。でも、過度に自分の理想を押し付けたり、“教育ママ・パパ”ってことは無かったですけど。」

「まさに【この親にして、この子あり。】って感じだよね。」

「えっ?姫野さんの母親に会ったことあるんですか?“鳴海先輩”。」

朝日奈課長が"なんで?"という顔をし、堤課長は考えている様子だ。

「まぁ、いろんなパーティーでね。有名人だから、姫野さんのご両親。…昴は?気づいてる?」

「俺は、はい。もちろん。」

「朝日奈課長、堤課長。ここまで話が出ましたし、ここで隠すのも変なので…もうお伝えしますが、"私に対しての接し方"は、絶対に今まで通りでお願いします。あと、“都合の良い時だけ擦り寄ってきたりする人たち”に、(てのひら)を返されたり…妬まれたりするのも嫌なので、他の人には伏せておいて下さい。」

「分かりました。」

お2人とも頷いてくれたので、私は一つ深呼吸をして父と母の名前を告げた。

「私の母は〔Office Queen Field(オフィス クイーン フィールド)〕、ファッション部門トップデザイナー兼社長の“YURIKA”こと…姫野 百合花(ゆりか)です。そして父は、同会社のインテリア部門トップデザイナー兼副社長の“Masaki”こと…姫野 雅輝(まさき)です。」

「えっ!?"あの"〔Office Queen Field〕の社長と副社長があなたのご両親!?……昴は?いつから気づいてたんだ?」
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