男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「…あっ、おはようございます。姫野さん。」

「おはようございます。本条課長、皆さん。」

4月5日、午前8時――。
やっぱり、彼女は…今日も早く出社した。
今日に限っては他の連中が来る前に来てほしいと思っていたから助かるが…。

本当に…あと10分や15分遅く出社しても構わないのに。

もはやここ数日の間で、“この5人”もしくは“5人プラス鈴原”のメンバーで過ごすのが…朝の日課になりつつあるような気がする。

「連日早いね、姫野さん。僕たちみたいに“仕事人間”にならなくていいんだよ。」

鳴海部長、「僕たちみたいに。」って何気に俺たちも巻き添え食らってるんですけど。
まぁ、ここに居る人間が“仕事人間”であることは否定しませんが。

「ふふっ。私も秘書の頃の習慣が抜けなくて、早めに行動してしまうので…皆さんに負けず劣らず“仕事人間”かもしれません。」

そう言った姫野さんに「おっ、僕たちと『同士だ。』って宣言きたよ。」と鳴海部長は笑っていて、俺や(けい)(しゅう)も「光栄だな。」と笑っていた。

「…あっ。そうだ、姫野さん。何らかの作業を始めてしまう前に…少しいいか?連絡先を渡しそびれてるから、渡しておくよ。…言葉足らずですまない。裏だ。」


―――――
プライベート用
090-△△△△-◯◯◯8
トークアプリ ID:Black_Platina_52377
登録よろしく、また飲み会の件は連絡するから。

本条 昴
―――――


「……あっ、失礼しました。裏にありましたね。ありがとうございます。そうですね。私も…自分の連絡先はお知らせしてなかったですし、課長の連絡先お聞きしてなかったので…昨日の受診の結果をお伝えしようと思ったんですけど、できなくて…。」

「お伝えしようと思ったんですけど、できなくて…。」――。
こんなことを言われて()ちない男は、居るんだろうか…。

この発言だけですぐに色恋に結びつけるのは、明らかに先走りすぎだが…男は“狙っている女”のことは特に敏感に反応する。
「連絡したかったのに、できなかった。」なんて言われれば、その真意をちょっと深掘りしたいのは男の(さが)だ。
これは仕方ない…俺も例外ではなく、もちろん当てはまる。

たとえ姫野さん側に、相手の男を恋愛感情で見る意思が無くてもだ。

姫野さんを【男が放っておかない理由】は、おそらくコレだ…。
真面目で優しすぎる性格が、裏目に出てしまうんだな。
美人でスタイルも良く…相手に合わせてしまえる人だからこそ、ちょっと強引にでも“自分の色に染めたいプライドばかりが高い男”や、逆に“彼女に頼りきって甘えるだけの男”が調子に乗って寄ってくる構図になるわけだ。

昨夜(ゆうべ)…連絡してくれようとしたってことか?…まぁ。姉さんともすぐ話せたから、だいたい話は詰められたけどな。」

「はい、もちろん。診察の後、白石先生にお聞きしてしまおうか迷いましたけど…。気に掛けて下さっていましたし、【飲み会】のこともありましたから。でも、さすがに勝手にはちょっと…。あっ、そうなんですね!さすが本条課長、仕事早ーい!」

笑った顔が日に日に柔らかくなってるな。
最終的には、俺たちの前だけじゃなく“それなりに仲良くなった人”たちの前でも、そんな風に笑えるようなると良いな。

「いや、早くはないよ。……姉さんに、俺の連絡先聞いても良かったのに…。」

「私の連絡先も、一応お伝えしておきます。私が課長の連絡先を追加して、何か一言メッセージ送れば済むんですけど…書き始めちゃったので。お渡しした後は煮るなり焼くなり、捨てるなりしていただければ。」

―――――
プライベート用
080-△△△△-◯◯◯7
トークアプリ ID:White_Rose_0381
ご登録、よろしくお願いします。
何から何まで、ありがとうございます。
【飲み会】のことが終わっても
連絡してもいいですか?
気持ちが不安定な時とか…。

姫野 雅
―――――


はは。名前の横に【色が塗られてない状態の薔薇】の絵は()いてあるし、IDにもWhite(ホワイト) Rose(ローズ)って入ってるところを見ると…「白薔薇」と呼ばれるのは案外良かったりするのか?
それとも考えるのが面倒だったか…どっちだろうな。
そういえば「淑女(レディ)」は嫌がっていた記憶があるが…。

"0381"は、"381(みやび)"だろう…おそらく。


――"【飲み会】のことが終わっても、連絡してもいいですか?"か…。

それは、いくらでもどうぞ。姫野さん。
そうやって、今まで言い出せなかった感情を少しずつでも言えるようになってくると良いな。

「あぁ、ありがとう。フッ。いや、【煮る】も【焼く】も【捨てる】もしない…大事に貰っておくさ。……あと。最後の答えはもちろん"Yes"だ。いつでも言ってくるといい。タイムラグはあるかもしれないが返信は必ずするよ。」

「ありがとうございます。」

そして、会話が一区切りついたところで俺は姫野さんの(そば)を離れ、自分のデスクへ移動し…座る前にトークアプリのグループを作成した。

「おっ、トークのグループ招待来た。相変わらず、ホント仕事が早いな。【追加】っと。」

「そりゃ、どーも。“先輩”。」

「あっ、私のところも来ました。ご招待ありがとうございます。…あの、本条課長。今渡した名刺は門外不出でお願いします。」

入力ミス、無かったようだな。良かった。

「どういたしまして。……もちろんだ。俺のも"同じ扱い"でお願いしたい。」

「はい、もちろんですよ。」

「えー。俺に対してと姫野さんに対しての態度が違いすぎるんだけど…。」

“先輩”、うるさいです。

「当然。俺があなたに優しかったら…気持ち悪いでしょう。」

「ふふっ。部長と本条課長のやり取りを見ると元気出ますね!」

「それは良かった。ところで姫野さん。グループのところから、あなたの連絡先…貰っていいかな?」

「どうぞ、鳴海部長。…朝日奈課長と堤課長も必要でしたらどうぞ。」

「ありがとうございます、姫野さん。…さて。俺のところに来たし追加しとくか。サンキュ、昴。」

「俺も来たから。」

(けい)(しゅう)のグループトークのメンバー入りも確認したし、仕事するか…。

「おはようございます。」

観月、桜葉、津田、鈴原、立花さんがまとまって入ってきた。

「おはようございます。」

俺たちも挨拶を返す。

「本条課長、グループトークの招待ありがとうございます。受け取りました。」

「私も、受け取りました。ありがとうございます。」

さすがは女性陣だな。反応してくれるし、礼まで抜かりない。

「あっ、そうそう!俺たちも受け取りました、ありがとうございます。」

観月の言葉に、桜葉と津田も微笑んでいる。

「いや、俺はグループトークのルーム作っただけだよ。もう他の奴らも来るから詳細は昼休みにシェアするが、店の候補が1つあって…。」

「そうですよね。芹沢さんあたりに嗅ぎ付けられたら…面倒だし。」

立花さん、それは正解だ。
あんな“必要以上に色目を使ってくる女”とは飲みたくもない。
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