男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「ううん、大丈夫。ただ苦手なのは本当だから、蕁麻疹とか症状が出てる時は気にしてくれると助かります。……中瀬先生。ありがとうございます。"分かってもらえている感覚"…とても安心します。」
「いいえ、どういたしまして。良かった。私と話す不安感は無くなってきたようですね。…さて、姫野さん。“あなたの体に触れても嫌じゃない…走って逃げたくなるほど嫌じゃない人”は、今ここに居ますか?」
「えっと。鈴原さんと……。」
「姫野さん、あまりいろいろ考えすぎないで…素直に本音をどうぞ。“男性が苦手なあなた”が、"この人、男性だけど大丈夫。"って思える人が居るなら、それはとても良いことです。"私、男性…苦手なのに。"って自分に一番矛盾を感じるかもしれませんが、それは完治までのプロセス…快方に向かっている証拠なんです。だから、矛盾してても良いんです。………鈴原さんの他にも、居ませんか?」
「……本条課長です。」
……俺か。光栄だな。
「あっ、今…私に合図くれました。このお2人ですね。じゃあ。本条さんと鈴原さんは、姫野さんの2m後ろに立っててあげて下さい。……姫野さん。それじゃ、私が今から1mずつぐらい…あなたとの距離を詰めていきます。"嫌だ!"と思ったら、後ろへ逃げて下さい…逃げていいですからね。…では、いきます。」
なるほど、こうやって慣らしていくんだな。
「姫野さん。大事なことなのでお伝えしますね。私は男性ですが、あなたが嫌だと思うことや危険だと感じることは絶対にしません。そしてこの店も安全です、安心して下さい。」
そう言って中瀬さんは、姫野さんの様子を見ながら上手く彼女との距離を詰めていく。
その様子を見て、姫野さんと中瀬さん以外の人間は、俺も含めて「へぇー。」と感心の声を上げている。
「姫野さん。私へのご用件は何でしたか?」
「…空いてるお部屋を、少し貸していただけないでしょうか?…薬を塗りたくて。」
「そうですよね、蕁麻疹出てますから…。痒みを我慢させてしまい申し訳ありませんでした。分かっていたにもかかわらず、すぐにご案内せずに…。ただ、私もこれから“姫野さんの話を傾聴する人間”ですので、状況把握も兼ねて……。」
「もちろん理解しています。…ありがとうございます。」
そして、いつの間にか姫野さんの目の前に見事に移動してきた中瀬さんは「仕上げに。」とでも言うように、彼女にこう問い掛ける。
「最後に、私と握手することは可能ですか?」
その問いに彼女は「大丈夫です。」と笑顔で言い、リラックスした状態で握手に応じていた。
「白石先生と、頑張って治療に臨んでいる姫野さんの努力を感じました。私が想像していたよりも、あなたは落ち着いてできることが多いようですね。安心しました。……では。空いてる部屋に案内します、どうぞ。」
中瀬さんの後について行く姫野さんは、その途中で鈴原を呼んだ。そして3人はフロアの奥の通路へ向かっていった。
**
「僕と柚が出てくる時、柊が〔販促部〕に呼ばれて…それが終わり次第、蛍と立花さんと一緒に来るって言ってたからあの3人は少し遅れる。」
「あぁ、はい。また誰かデータ飛ばしたんですか?」
「美島さん。」
「美島か…。美島と美國と西園寺は、ホントやりすぎだな。あんなので、よくうちの会社に居るよ。…まぁ、でも。一番は“剛さん”か。」
「うん。兄さんは論外だね!『いつも兄がご迷惑をおかけして申し訳ありません、本条さん!』」
「『いいえ、“鳴海さん”。』」
俺は“鳴海先輩”とそんな話をしながら、観月たちにもカウンターからテーブル席に移ってくるように声を掛けた。
「あっ、コント始まった。ホント、部長と本条課長ってテンポ良いですよね!」
「まぁ、付き合い長いからな。…ところで津田、どうだ?酔ってないか?」
「はい、課長。マスターすごいですね、ホントに僕が飲めるように作ってくれてて…飲みやすいし、美味いです。」
「良かったな、津田。…プロが居る店で飲む最大の利点はこれだよ。」
「えっ。津田くん、酒苦手なの?」
そう言って驚く“先輩”に、「大学ん時の津田の先輩がバカやったらしいです。一気飲みさせられてトラウマになったようです。」と俺が説明した。
それを聞いて“先輩”も「そうか。大変だったね、今日は楽しい【酒の席】にしよう!」と言って、津田に笑いかけた。
「今度3人で飲みに行こうな、護。」
「はい!ぜひお願いします。観月先輩。」
「あぁ、みんなカウンターから"そっち"に移ったんだね。」
中瀬さんがフロアに戻ってきて、カウンターの中には戻らず俺たちが居るテーブル席へと来てくれる。
「中瀬さん、対応ありがとうございました。プロの仕事をしっかり見せていただきました。」
「いやいや。僕は当たり前だけど…本条さん、あなたですよ。とても冷静に、優しく話しかけていた。あれはクライアント…あっ、患者も安心しますね。お見事でしたよ。……姫野さんと鈴原さんは軟膏の塗布が終わったら来ますよ。……さて。姫野さんが"ウーロン茶"、鈴原さんが"ファジーネーブル"ってオーダーだったね。……っと、その前に皆さんの【つまみ】作ってた最中だった。……津田さん、酔ってない?大丈夫?」
「大丈夫です。飲みやすいし、美味いです。」
「良かった!じゃあ、"カシスソーダ"は成功だね!…あと、えっと…。」
中瀬さんの視線が“先輩”に注がれている。
その意図に気づいた俺は慌てて説明した。
「あっ、すみません。紹介が追いついてなかったですね。…今日のメンバー全員の上司になります。鳴海です。」
「あっ。僕か!そうだね。自己紹介してなかったね。すみません。鳴海 新一と申します。今日のメンバーは全員、コンピューター関係の会社の者で…。所属は〔営業〕なんです。ただ、うちは〔開発〕とも複合していて…。僕が、取りまとめている“開発営業部長”のポジションなんです。ちなみに、後から来る“朝日奈”と“堤”という者が〔営業〕2課,3課の課長で、1課が本条になります。」
“先輩”が言い終わると、中瀬さんは"ほうほう!"と頷いている。
「人間関係の把握は…だいたいできましたが。…えっ、皆さんコンピューターの会社の方なんですか?…それなら、あとで相談しようかな…。」
「あっ、それから鈴原さんのファジーネーブル…ピーチリキュール少なめでお願いします。…彼女、酔いやすいので。」
「鈴原さんの…リキュール少なめね、分かりました。はい。これ【おつまみ】ね。…それはそうと。鳴海さん、1杯目は何になさいますか?」
「そうですねー。どうしようかな…。…ブランデーの水割りをいただけますか?」
「ブランデーの水割り!?ブランデーって飲めるんですか!?」
桜葉が驚きのあまり固まっている。
「もう、何で部長と課長って…言動がそんなにいちいちカッコイイんですか!」
別に…カッコ良くはないだろ、観月。普通だよ。
「いいえ、どういたしまして。良かった。私と話す不安感は無くなってきたようですね。…さて、姫野さん。“あなたの体に触れても嫌じゃない…走って逃げたくなるほど嫌じゃない人”は、今ここに居ますか?」
「えっと。鈴原さんと……。」
「姫野さん、あまりいろいろ考えすぎないで…素直に本音をどうぞ。“男性が苦手なあなた”が、"この人、男性だけど大丈夫。"って思える人が居るなら、それはとても良いことです。"私、男性…苦手なのに。"って自分に一番矛盾を感じるかもしれませんが、それは完治までのプロセス…快方に向かっている証拠なんです。だから、矛盾してても良いんです。………鈴原さんの他にも、居ませんか?」
「……本条課長です。」
……俺か。光栄だな。
「あっ、今…私に合図くれました。このお2人ですね。じゃあ。本条さんと鈴原さんは、姫野さんの2m後ろに立っててあげて下さい。……姫野さん。それじゃ、私が今から1mずつぐらい…あなたとの距離を詰めていきます。"嫌だ!"と思ったら、後ろへ逃げて下さい…逃げていいですからね。…では、いきます。」
なるほど、こうやって慣らしていくんだな。
「姫野さん。大事なことなのでお伝えしますね。私は男性ですが、あなたが嫌だと思うことや危険だと感じることは絶対にしません。そしてこの店も安全です、安心して下さい。」
そう言って中瀬さんは、姫野さんの様子を見ながら上手く彼女との距離を詰めていく。
その様子を見て、姫野さんと中瀬さん以外の人間は、俺も含めて「へぇー。」と感心の声を上げている。
「姫野さん。私へのご用件は何でしたか?」
「…空いてるお部屋を、少し貸していただけないでしょうか?…薬を塗りたくて。」
「そうですよね、蕁麻疹出てますから…。痒みを我慢させてしまい申し訳ありませんでした。分かっていたにもかかわらず、すぐにご案内せずに…。ただ、私もこれから“姫野さんの話を傾聴する人間”ですので、状況把握も兼ねて……。」
「もちろん理解しています。…ありがとうございます。」
そして、いつの間にか姫野さんの目の前に見事に移動してきた中瀬さんは「仕上げに。」とでも言うように、彼女にこう問い掛ける。
「最後に、私と握手することは可能ですか?」
その問いに彼女は「大丈夫です。」と笑顔で言い、リラックスした状態で握手に応じていた。
「白石先生と、頑張って治療に臨んでいる姫野さんの努力を感じました。私が想像していたよりも、あなたは落ち着いてできることが多いようですね。安心しました。……では。空いてる部屋に案内します、どうぞ。」
中瀬さんの後について行く姫野さんは、その途中で鈴原を呼んだ。そして3人はフロアの奥の通路へ向かっていった。
**
「僕と柚が出てくる時、柊が〔販促部〕に呼ばれて…それが終わり次第、蛍と立花さんと一緒に来るって言ってたからあの3人は少し遅れる。」
「あぁ、はい。また誰かデータ飛ばしたんですか?」
「美島さん。」
「美島か…。美島と美國と西園寺は、ホントやりすぎだな。あんなので、よくうちの会社に居るよ。…まぁ、でも。一番は“剛さん”か。」
「うん。兄さんは論外だね!『いつも兄がご迷惑をおかけして申し訳ありません、本条さん!』」
「『いいえ、“鳴海さん”。』」
俺は“鳴海先輩”とそんな話をしながら、観月たちにもカウンターからテーブル席に移ってくるように声を掛けた。
「あっ、コント始まった。ホント、部長と本条課長ってテンポ良いですよね!」
「まぁ、付き合い長いからな。…ところで津田、どうだ?酔ってないか?」
「はい、課長。マスターすごいですね、ホントに僕が飲めるように作ってくれてて…飲みやすいし、美味いです。」
「良かったな、津田。…プロが居る店で飲む最大の利点はこれだよ。」
「えっ。津田くん、酒苦手なの?」
そう言って驚く“先輩”に、「大学ん時の津田の先輩がバカやったらしいです。一気飲みさせられてトラウマになったようです。」と俺が説明した。
それを聞いて“先輩”も「そうか。大変だったね、今日は楽しい【酒の席】にしよう!」と言って、津田に笑いかけた。
「今度3人で飲みに行こうな、護。」
「はい!ぜひお願いします。観月先輩。」
「あぁ、みんなカウンターから"そっち"に移ったんだね。」
中瀬さんがフロアに戻ってきて、カウンターの中には戻らず俺たちが居るテーブル席へと来てくれる。
「中瀬さん、対応ありがとうございました。プロの仕事をしっかり見せていただきました。」
「いやいや。僕は当たり前だけど…本条さん、あなたですよ。とても冷静に、優しく話しかけていた。あれはクライアント…あっ、患者も安心しますね。お見事でしたよ。……姫野さんと鈴原さんは軟膏の塗布が終わったら来ますよ。……さて。姫野さんが"ウーロン茶"、鈴原さんが"ファジーネーブル"ってオーダーだったね。……っと、その前に皆さんの【つまみ】作ってた最中だった。……津田さん、酔ってない?大丈夫?」
「大丈夫です。飲みやすいし、美味いです。」
「良かった!じゃあ、"カシスソーダ"は成功だね!…あと、えっと…。」
中瀬さんの視線が“先輩”に注がれている。
その意図に気づいた俺は慌てて説明した。
「あっ、すみません。紹介が追いついてなかったですね。…今日のメンバー全員の上司になります。鳴海です。」
「あっ。僕か!そうだね。自己紹介してなかったね。すみません。鳴海 新一と申します。今日のメンバーは全員、コンピューター関係の会社の者で…。所属は〔営業〕なんです。ただ、うちは〔開発〕とも複合していて…。僕が、取りまとめている“開発営業部長”のポジションなんです。ちなみに、後から来る“朝日奈”と“堤”という者が〔営業〕2課,3課の課長で、1課が本条になります。」
“先輩”が言い終わると、中瀬さんは"ほうほう!"と頷いている。
「人間関係の把握は…だいたいできましたが。…えっ、皆さんコンピューターの会社の方なんですか?…それなら、あとで相談しようかな…。」
「あっ、それから鈴原さんのファジーネーブル…ピーチリキュール少なめでお願いします。…彼女、酔いやすいので。」
「鈴原さんの…リキュール少なめね、分かりました。はい。これ【おつまみ】ね。…それはそうと。鳴海さん、1杯目は何になさいますか?」
「そうですねー。どうしようかな…。…ブランデーの水割りをいただけますか?」
「ブランデーの水割り!?ブランデーって飲めるんですか!?」
桜葉が驚きのあまり固まっている。
「もう、何で部長と課長って…言動がそんなにいちいちカッコイイんですか!」
別に…カッコ良くはないだろ、観月。普通だよ。