男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「…え?昴(くん)がシラフなんて…どうしたの(よ)?」
2人して驚きすぎだろう。
「姉さんを帰りに送ってくのは…最初から決めてあったからな。」
「だから、私ならタクシー……あぁ、なるほど。」
「昴くん。本当に、渚はタクシーでも良いんだよ?」
「奏士くん、今日は昴に甘えるわ。…弟と言えど、“男”だからねー。」
姉さん、サンキュー。
しかし、恐るべし…“心理のプロ”。
「あぁ……。"そういうこと"か。ごめん、昴くん。野暮なこと聞いたね。」
「いや、義兄さん。今日はありがとう、いろいろ…。」
「義弟が、会社で上司からも部下からもすごく信頼されてるなんて…僕としては鼻が高いよ。……姫野さんにとって一番良い形で事が進むように、渚と一緒に考えてあげて。」
「白石さん…。ありがとうございます。」
ほんの少し目を潤ませながら、姫野さんは義兄さんに礼を言っていた。
「“みやびおねえちゃん”、さいごに"ギュー!"しよ。」
「…え、花純ダメ――。」
花純と姫野さんの表情を見て、これは邪魔するべきじゃないと感じた俺は慌てて義兄さんを止めた。
「…待った、義兄さん。」
「うん。"ギュー!"しよっか、花純ちゃん。」
「“おねえちゃん”、だいじょうぶだよ。だいじょうぶ、だいじょうぶ。わらって。……あとねぇ、“おねえちゃん”のふく…きれい。“すばにぃ”の、くりゅまのいろと…おんなじ。“びじんさん”だよ。」
“美人さん”ねぇ……。
義兄さんが言ってんのか、姉さんが言わせてんのか……。
どちらにせよ。冷めるどころか、仲良いのが増してんだよなー。姉さん家は。
花純の言う通り、姫野さんが袖を通してきたネイビー色のワンピースは、色白な彼女によく似合っていた。
「――っ、花純ちゃん、いっぱい言ってくれてありがとう…っ。大好き。“お姉ちゃん”、頑張るね。」
「かすみもー。“おねえちゃん”、だいすき。」
姫野さんは泣き笑いながら、花純の顔に自身の顔をくっつけていて、花純も姫野さんに顔を擦り寄せていた。
純粋で綺麗な姫野さんの涙は、本当に男心を刺激する。
おそらく、すでに勘づいてる奴も居るだろうし…姫野さんと観月以外にバレるのは構わないと思っているが――。
姫野さんと観月にはまだ、俺の【感情】を悟られるわけにはいかない。
俺は、顔色を変えずに上手くこの場に居られているだろうか……。
お前も、何とも言えない表情してるな…観月。
「花純、雅お姉ちゃんに優しくできたね。優しい子はママも大好きよ。お姉ちゃん、きっと花純から勇気いっぱい貰ったよ。さぁ。パパと一緒にお家に帰って、良い子で寝ててね。」
姉さんは姫野さんの腕から花純を受け取ると、そんな言葉を掛けて頭を撫で…義兄さんに託していた。
「“みやびお姉ちゃん”、僕も本読み頑張るから…“お姉ちゃん”も頑張って。…大丈夫。すばる兄は、絶対“お姉ちゃん”の味方で居てくれるよ。すばる兄。“お姉ちゃん”のこと好きだよ、たぶん。ウソつきじゃないから。もちろん、ママも…僕もね。“お姉ちゃん”のこと、大好きな人はいっぱい居る。忘れちゃダメだよ。……おやすみなさい。」
子供って、素直すぎて怖いな…。
「響くん、カッコイイ。ありがとう…。」
「へへっ。ありがとう、“みやびお姉ちゃん”。」
そして響は、義兄さんの左手を取った。
ちなみに。花純は、義兄さんの右手にしっかりと抱かれている。
「皆さん、突然来たのにありがとうございました。妻と義弟をよろしくお願いします。」
こうして、義兄さんたちは帰っていった。
「さて、皆さん。ごめんなさいね、うちの息子と娘が……。…改めまして。昴の姉の白石 渚と言います。弟がいつもお世話になってます。」
義兄さんたちが店を出て、嵐が去ったように雰囲気が落ち着いたのを見計らって、姉さんが口を開いた。
「こちらこそ、本条課長にはいつもお世話になっております。〔営業1課〕の立花 静香と申します。初めまして。」
姉さんが口を開いたのを皮切りに、立花さんと若手男性陣が自己紹介を済ませる。
姉さんとしては、立花さんと同様に津田とも初対面で…観月と桜葉に関しては「顔と苗字は何となく認識してましたが、フルネームは初めてお聞きしましたね。」と本人たちにカミングアウトしていた。
俺たちが営業で訪問した時、大抵は兄さんが対応するし、姉さんが精神科の診察室から出て院内をウロウロしているところを…あまり見たことがない。
だから"会う機会が少なく、薄っすらとしか覚えていない"というのは当然だ。
「渚さん。響も花純ちゃんも、久しぶりに会いましたけど…成長が早いですよね…。」
「新一くん。本当にね…。いつの間にあんなにマセたのかしら。……あ、そうだ。律くん、"コレ"…『欲しい。』って言った人に、人数分作ってあげて。……姫野さんの"リラックスアイテム"の一つなの。だから今日はお店の物じゃなくても許してあげて。」
「…ん?…あっ、【なぎちゃんお気に入りの紅茶】じゃん。レモンはうちにも置いてあるけど……へぇ、期間限定でストロベリーか。この感じだと季節ごとでいろんなフレーバー出てそうだね。……許すも何も…。だって。誰1人として今日うちの料理や酒を口にしないなら困るけど、みんな飲み食いしてくれてるから良いよ。」
中瀬さんはそう言って、とても穏やかに笑い…こう続けた。
「そっか、姫野さんの"リラックスアイテム"なんだ。覚えておくよ。……精神疾患と、リラックス効果は切り離して考えられないほど関係あるし。むしろ。今からは…"こういう物"、必須でしょ。」
1週間ほど前に会社で見た…紅茶のティーパックの箱が、中瀬さんの手に渡った。
「渚さん、私のために紅茶までご用意していただくなんて…。しかも、ストロベリーのフレーバー。…何か申し訳ないです。」
「あら、いいのよ。私が家で飲みたくって10箱ぐらい買って…今日、"雅ちゃんにあげたいな!"と思って勝手に持って来ただけなんだから。……ちなみに。飲みたい人が飲んで、余ったら……雅ちゃんに進呈するわ。明後日、15日の【雅ちゃんへの誕生日プレゼント】としてね。」
10箱は買いすぎ、姉さん。
あー。資料サラッとしか見てないが…そうだな、明後日が姫野さんの誕生日だった記憶は確かにあるな。
"それで“雅”って名前なのかもしれない。春生まれの良い名前だな。"とは思ったから――。
そんなことを思い出している俺の横で、中瀬さんが「さて。紳士、淑女の皆様…。このストロベリーティーとレモンティーと…どっちが飲みたいですか?もしくはお酒も可です。」と希望を聞き取り、作りに行ってくれる。
「えっ、そうだったの!?何かする予定は?」
立花さんが少し驚きつつ、興味津々な感じで話を展開させようとしていた。
「柚…鈴原さんと『お菓子作ろう!』って話をしてます。」
「えっ、お菓子作り?すごーい!姫野さん得意なんだ…そういうこと。…あれ?でも。確か、鈴原さんってご実家暮らしで横浜なんじゃなかったかしら?」
2人して驚きすぎだろう。
「姉さんを帰りに送ってくのは…最初から決めてあったからな。」
「だから、私ならタクシー……あぁ、なるほど。」
「昴くん。本当に、渚はタクシーでも良いんだよ?」
「奏士くん、今日は昴に甘えるわ。…弟と言えど、“男”だからねー。」
姉さん、サンキュー。
しかし、恐るべし…“心理のプロ”。
「あぁ……。"そういうこと"か。ごめん、昴くん。野暮なこと聞いたね。」
「いや、義兄さん。今日はありがとう、いろいろ…。」
「義弟が、会社で上司からも部下からもすごく信頼されてるなんて…僕としては鼻が高いよ。……姫野さんにとって一番良い形で事が進むように、渚と一緒に考えてあげて。」
「白石さん…。ありがとうございます。」
ほんの少し目を潤ませながら、姫野さんは義兄さんに礼を言っていた。
「“みやびおねえちゃん”、さいごに"ギュー!"しよ。」
「…え、花純ダメ――。」
花純と姫野さんの表情を見て、これは邪魔するべきじゃないと感じた俺は慌てて義兄さんを止めた。
「…待った、義兄さん。」
「うん。"ギュー!"しよっか、花純ちゃん。」
「“おねえちゃん”、だいじょうぶだよ。だいじょうぶ、だいじょうぶ。わらって。……あとねぇ、“おねえちゃん”のふく…きれい。“すばにぃ”の、くりゅまのいろと…おんなじ。“びじんさん”だよ。」
“美人さん”ねぇ……。
義兄さんが言ってんのか、姉さんが言わせてんのか……。
どちらにせよ。冷めるどころか、仲良いのが増してんだよなー。姉さん家は。
花純の言う通り、姫野さんが袖を通してきたネイビー色のワンピースは、色白な彼女によく似合っていた。
「――っ、花純ちゃん、いっぱい言ってくれてありがとう…っ。大好き。“お姉ちゃん”、頑張るね。」
「かすみもー。“おねえちゃん”、だいすき。」
姫野さんは泣き笑いながら、花純の顔に自身の顔をくっつけていて、花純も姫野さんに顔を擦り寄せていた。
純粋で綺麗な姫野さんの涙は、本当に男心を刺激する。
おそらく、すでに勘づいてる奴も居るだろうし…姫野さんと観月以外にバレるのは構わないと思っているが――。
姫野さんと観月にはまだ、俺の【感情】を悟られるわけにはいかない。
俺は、顔色を変えずに上手くこの場に居られているだろうか……。
お前も、何とも言えない表情してるな…観月。
「花純、雅お姉ちゃんに優しくできたね。優しい子はママも大好きよ。お姉ちゃん、きっと花純から勇気いっぱい貰ったよ。さぁ。パパと一緒にお家に帰って、良い子で寝ててね。」
姉さんは姫野さんの腕から花純を受け取ると、そんな言葉を掛けて頭を撫で…義兄さんに託していた。
「“みやびお姉ちゃん”、僕も本読み頑張るから…“お姉ちゃん”も頑張って。…大丈夫。すばる兄は、絶対“お姉ちゃん”の味方で居てくれるよ。すばる兄。“お姉ちゃん”のこと好きだよ、たぶん。ウソつきじゃないから。もちろん、ママも…僕もね。“お姉ちゃん”のこと、大好きな人はいっぱい居る。忘れちゃダメだよ。……おやすみなさい。」
子供って、素直すぎて怖いな…。
「響くん、カッコイイ。ありがとう…。」
「へへっ。ありがとう、“みやびお姉ちゃん”。」
そして響は、義兄さんの左手を取った。
ちなみに。花純は、義兄さんの右手にしっかりと抱かれている。
「皆さん、突然来たのにありがとうございました。妻と義弟をよろしくお願いします。」
こうして、義兄さんたちは帰っていった。
「さて、皆さん。ごめんなさいね、うちの息子と娘が……。…改めまして。昴の姉の白石 渚と言います。弟がいつもお世話になってます。」
義兄さんたちが店を出て、嵐が去ったように雰囲気が落ち着いたのを見計らって、姉さんが口を開いた。
「こちらこそ、本条課長にはいつもお世話になっております。〔営業1課〕の立花 静香と申します。初めまして。」
姉さんが口を開いたのを皮切りに、立花さんと若手男性陣が自己紹介を済ませる。
姉さんとしては、立花さんと同様に津田とも初対面で…観月と桜葉に関しては「顔と苗字は何となく認識してましたが、フルネームは初めてお聞きしましたね。」と本人たちにカミングアウトしていた。
俺たちが営業で訪問した時、大抵は兄さんが対応するし、姉さんが精神科の診察室から出て院内をウロウロしているところを…あまり見たことがない。
だから"会う機会が少なく、薄っすらとしか覚えていない"というのは当然だ。
「渚さん。響も花純ちゃんも、久しぶりに会いましたけど…成長が早いですよね…。」
「新一くん。本当にね…。いつの間にあんなにマセたのかしら。……あ、そうだ。律くん、"コレ"…『欲しい。』って言った人に、人数分作ってあげて。……姫野さんの"リラックスアイテム"の一つなの。だから今日はお店の物じゃなくても許してあげて。」
「…ん?…あっ、【なぎちゃんお気に入りの紅茶】じゃん。レモンはうちにも置いてあるけど……へぇ、期間限定でストロベリーか。この感じだと季節ごとでいろんなフレーバー出てそうだね。……許すも何も…。だって。誰1人として今日うちの料理や酒を口にしないなら困るけど、みんな飲み食いしてくれてるから良いよ。」
中瀬さんはそう言って、とても穏やかに笑い…こう続けた。
「そっか、姫野さんの"リラックスアイテム"なんだ。覚えておくよ。……精神疾患と、リラックス効果は切り離して考えられないほど関係あるし。むしろ。今からは…"こういう物"、必須でしょ。」
1週間ほど前に会社で見た…紅茶のティーパックの箱が、中瀬さんの手に渡った。
「渚さん、私のために紅茶までご用意していただくなんて…。しかも、ストロベリーのフレーバー。…何か申し訳ないです。」
「あら、いいのよ。私が家で飲みたくって10箱ぐらい買って…今日、"雅ちゃんにあげたいな!"と思って勝手に持って来ただけなんだから。……ちなみに。飲みたい人が飲んで、余ったら……雅ちゃんに進呈するわ。明後日、15日の【雅ちゃんへの誕生日プレゼント】としてね。」
10箱は買いすぎ、姉さん。
あー。資料サラッとしか見てないが…そうだな、明後日が姫野さんの誕生日だった記憶は確かにあるな。
"それで“雅”って名前なのかもしれない。春生まれの良い名前だな。"とは思ったから――。
そんなことを思い出している俺の横で、中瀬さんが「さて。紳士、淑女の皆様…。このストロベリーティーとレモンティーと…どっちが飲みたいですか?もしくはお酒も可です。」と希望を聞き取り、作りに行ってくれる。
「えっ、そうだったの!?何かする予定は?」
立花さんが少し驚きつつ、興味津々な感じで話を展開させようとしていた。
「柚…鈴原さんと『お菓子作ろう!』って話をしてます。」
「えっ、お菓子作り?すごーい!姫野さん得意なんだ…そういうこと。…あれ?でも。確か、鈴原さんってご実家暮らしで横浜なんじゃなかったかしら?」