男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「桜葉さん。先ほどもお伝えしたように私から詳しいお話はできません、姫野さんから聞いて下さい。ただ一つ…彼女の名誉のために、これだけは私から伝えさせて下さい。物事にはタイミングがあるということ。そして、姫野さんは…それぞれに差はあれど、『“少しでも心を許せる人”でなければ疾患のことは打ち明けない、打ち明けられない。』と私に明言してくれています。そう、ここに居る皆さんは“姫野さんが心を許した人たち”なんです。だから、"自分が頼りないから全部打ち明けてもらえないんだ。"なんて卑屈にならないで下さい。」
「白石先生……。」
観月、桜葉、津田の3人は…今、姉さんがあえて口に出したようなことを本当に気にしたんだろう。
"頼りないから打ち明けてくれないのだろう"と――。
3人は姉さんの言葉に、心の底から安堵したようで"ふぅー!"と大きく息を吐いた。
「彼女は、見た目では"1人で居る方が好きそう"な印象を周りに与えていますが、本当は友情的であれ…恋愛的であれ…"自分が好きだと思ってる人に嫌われたくない"と思っています。【慕っているからこそ言えること】、【慕っているからこそ言えないこと】があるんです。…大人ですし…。みなまで言わずとも、あなたたちに姫野さんの真意が伝わっていますように。」
「そうですよね。俺たちにもう少し【空気を読む力】と【経験値】があれば、聞かずに済むことだと思うんですけど…。大人ですし…。」
「いいえ。聞いてもいいかどうか…気遣えている時点で今は十分ですよ、桜葉さん。むしろ、今のあなたの年齢で“鳴海さん”や“本条さん”並みの【経験値】がある方が驚きますよ。…今日は【良い社会勉強の日】ですね。」
そう言って、姉さんは桜葉に優しく微笑む。
「さて…。“鈴原さん”、“鳴海さん”、“朝日奈さん”、“堤さん”、立花さん、大丈夫ですか?…まぁ、“鈴原さん”についてはある意味当事者同然ですから無理もありませんね。…それ以外の皆さんの表情からも察するに、姫野さんが〈PTSD〉を発症した原因の【出来事】について、なんとなく見当がついたのでしょう。皆さん【やるせない顔】されているので。」
「白石先生…私――。」
「立花さん、無理しなくていいですよ。泣いて下さい。そして、姫野さんがお話される時も耐えられなくなったら、今姫野さんが居る部屋やお店の外などへ遠慮なく移動して下さい。そのことに対して姫野さんは絶対にあなたを責めることはありません。私が保証します。」
「――っ…っ…うぅっ…っ…っ――。」
立花さんは、"耐えきれず"といった感じで声を殺して涙を流し、そんな彼女を隣に座る蛍が静かに慰めている。
「また姫野さんご本人から後ほど伝えて下さると思いますが、彼女が今回〈PTSD〉のことを打ち明ける決心をした背景には…“部長さん”や“課長さん”たちの会議が多いこと、離席していることも多いこと…そして、“課長さん”が不在のでも"営業"に行くことになった場合のことを考えて、皆さんには話しておきたい…話しておかなくてはいけないと言っていました。なので、そこは真摯に受け止めて下さい。」
姫野さん、本当にあなたという人は――。
「そして……。“本条さん”――。先ほどから、私はあなたを一番心配しています。…あなたのことです。きっと【事の発端の出来事】や彼女が経験した【仕打ち】についても、私の話から全て…予測がついていることでしょう。……あなたが、皆さんの中でも一番悲痛な面持ちですよ。気づいていらっしゃいますか?」
姉さんの言葉に、俺はハッと息を吞んだ。
――何やってんだか、俺は。一番つらいのは姫野さんだ。
彼女が話したいと思えるところまで全部話せるように、環境を整えてやるんだろ…しっかりしろ。
「…きっと、受け止めすぎたんですね。姫野さんもこの事実は嬉しく思われるんじゃないでしょうか。"共感してくれる人"が居るというのは今の彼女にもっとも必要なことです。……ただ。先ほど桜葉さんにもお伝えしましたが、あまりネガティブ感情の方に一緒になって引っぱられていかないようにして下さい。」
姉さんの言葉で我に返る。
「表面的にでもいいです。あなたが余裕を持って穏やかな表情で姫野さんの傍に居てあげること…これが、今の彼女にとっての【一番の特効薬】です。先日の定期受診の時、姫野さんから…あなたのお話をたくさん聞かせていただきましたよ。“本条さん”。…これから皆さんに打ち明けられるであろう話を、あなたには先に話したとか…。」
「…え?…あ、えぇ。そうでしたね。」
「皆さんと一緒に社員食堂でランチした時のお話も聞かせていただきました。『本条課長は"苦手なら無理して来るな!"とか否定的なことは一切言わずに、【どうして食堂でランチをしたかったのか】を聞いてくれたし、"人が多いところ苦手なのに頑張ってるんだな。"って褒めてくれた。』と…。ありがとうございます。私たち手が届かないところのカバーをして下さって。」
姉さんが思ってるより、俺は姫野さんのサポートはできていない。……【力及ばず】もいいところだ。
「私たちもできる限りクライアントには寄り添いますが、〈PTSD〉は長い目で見て付き合っていかなければいけないケースもあります。そうなると、私たち医療従事者だけの力では支えきれないんです。クライアントと生活を共にするわけにもいきませんから。」
「それはそうですね。」
「だから【会社】という組織の中に居る姫野さんの状況が把握できている皆さんの力も必要ですし、彼女も求めているんです。そして、あなたはその役割を見事に担ってくれています。自信を持って下さい。そして彼女の話の最中は、私と中瀬先生と共に…笑顔でいて下さると助かります。…ゴホン!しっかりしなさい、昴!あんたと雅ちゃんの様子見てたら、私もあんたを頼らざるを得なくなったんだから!… …ゴホン!失礼しました。」
「はは、このタイミングで喝入れかよ!…ったく。容赦ねぇな。分かったよ、笑顔でいるように心掛ける。」
その言葉を聞き、にこやかに姉さんが笑う。
「…さて、それじゃ中瀬先生。姫野さんを呼んでいただけますか。」
「分かりました。」
俺たちにそう断ってから、中瀬さんは姫野さんを呼びに向かった。
そしてほんの少し待っていると、彼は姫野さんと一緒に戻ってきた。
「…さて。姫野さん、今から皆さんに話していくわけだけど――。」
「ごめんなさい、白石先生…お話の途中で。ちょっと待って下さい。」
「え?えぇ、分かりました。」
姉さんの返事を聞いてから姫野さんが向かった先は――。立花さんのところだった。
「…立花さん。私のことで泣いてくれて…ありがとうございます。……引きましたか?」
「…っ。姫野さんっ!あなたは優しすぎるっ!そんなわけっ…ないっ!…もう、1人で頑張らないでっ…つらかったねっ。」
「――っ。立花さん、ありがとうっ。」
2人は少しの間、抱き合って静かに泣いていた。
…この、場の雰囲気から感じ取ったんだな。
関わるようになってから、ずっと感じてたことだが…やっぱり姫野さんは“感受性が豊かな人”なんだろう。
立花さんとのやり取りを終えて姉さんの前に戻ってくる間に、鈴原には「ごめんね、柚ちゃん。思い出させて…。」と、観月たちには「驚かせたでしょ、ごめんね。」とそれぞれに声を掛ける姫野さん。
この人はただ優しいだけじゃない、【底なしの優しさ】がある人だ。他人にはどこまでも優しいのに、自分のことは一番最後に考える。
本当は、人の気持ちが汲み取れて優しさで溢れている人なのに、気持ちを汲み取りすぎて他人のマイナス感情さえも流せず…受け止めてしまう。そしてその【受け止めたマイナス感情】に引っ張られ、一緒に落ち込む。
その結果、暗い表情になってしまったり、引きつった表情をしてしまったりして“冷たい印象の人”や“表情が乏しくて何を考えてるのか分からない人”という、誤解を周囲に与えてしまっているのではないだろうか…。
これが、【彼女が日常的に受けているストレス】なのだとしたら……相当な負荷だ。
本当に、“誰か”…“姫野さんの隣で寄り添い、本気で支える人間”が必要だな。
俺がそんなことをぼんやりと考えている間に、姫野さんは姉さんのところまで戻ってきていた。
「白石先生……。」
観月、桜葉、津田の3人は…今、姉さんがあえて口に出したようなことを本当に気にしたんだろう。
"頼りないから打ち明けてくれないのだろう"と――。
3人は姉さんの言葉に、心の底から安堵したようで"ふぅー!"と大きく息を吐いた。
「彼女は、見た目では"1人で居る方が好きそう"な印象を周りに与えていますが、本当は友情的であれ…恋愛的であれ…"自分が好きだと思ってる人に嫌われたくない"と思っています。【慕っているからこそ言えること】、【慕っているからこそ言えないこと】があるんです。…大人ですし…。みなまで言わずとも、あなたたちに姫野さんの真意が伝わっていますように。」
「そうですよね。俺たちにもう少し【空気を読む力】と【経験値】があれば、聞かずに済むことだと思うんですけど…。大人ですし…。」
「いいえ。聞いてもいいかどうか…気遣えている時点で今は十分ですよ、桜葉さん。むしろ、今のあなたの年齢で“鳴海さん”や“本条さん”並みの【経験値】がある方が驚きますよ。…今日は【良い社会勉強の日】ですね。」
そう言って、姉さんは桜葉に優しく微笑む。
「さて…。“鈴原さん”、“鳴海さん”、“朝日奈さん”、“堤さん”、立花さん、大丈夫ですか?…まぁ、“鈴原さん”についてはある意味当事者同然ですから無理もありませんね。…それ以外の皆さんの表情からも察するに、姫野さんが〈PTSD〉を発症した原因の【出来事】について、なんとなく見当がついたのでしょう。皆さん【やるせない顔】されているので。」
「白石先生…私――。」
「立花さん、無理しなくていいですよ。泣いて下さい。そして、姫野さんがお話される時も耐えられなくなったら、今姫野さんが居る部屋やお店の外などへ遠慮なく移動して下さい。そのことに対して姫野さんは絶対にあなたを責めることはありません。私が保証します。」
「――っ…っ…うぅっ…っ…っ――。」
立花さんは、"耐えきれず"といった感じで声を殺して涙を流し、そんな彼女を隣に座る蛍が静かに慰めている。
「また姫野さんご本人から後ほど伝えて下さると思いますが、彼女が今回〈PTSD〉のことを打ち明ける決心をした背景には…“部長さん”や“課長さん”たちの会議が多いこと、離席していることも多いこと…そして、“課長さん”が不在のでも"営業"に行くことになった場合のことを考えて、皆さんには話しておきたい…話しておかなくてはいけないと言っていました。なので、そこは真摯に受け止めて下さい。」
姫野さん、本当にあなたという人は――。
「そして……。“本条さん”――。先ほどから、私はあなたを一番心配しています。…あなたのことです。きっと【事の発端の出来事】や彼女が経験した【仕打ち】についても、私の話から全て…予測がついていることでしょう。……あなたが、皆さんの中でも一番悲痛な面持ちですよ。気づいていらっしゃいますか?」
姉さんの言葉に、俺はハッと息を吞んだ。
――何やってんだか、俺は。一番つらいのは姫野さんだ。
彼女が話したいと思えるところまで全部話せるように、環境を整えてやるんだろ…しっかりしろ。
「…きっと、受け止めすぎたんですね。姫野さんもこの事実は嬉しく思われるんじゃないでしょうか。"共感してくれる人"が居るというのは今の彼女にもっとも必要なことです。……ただ。先ほど桜葉さんにもお伝えしましたが、あまりネガティブ感情の方に一緒になって引っぱられていかないようにして下さい。」
姉さんの言葉で我に返る。
「表面的にでもいいです。あなたが余裕を持って穏やかな表情で姫野さんの傍に居てあげること…これが、今の彼女にとっての【一番の特効薬】です。先日の定期受診の時、姫野さんから…あなたのお話をたくさん聞かせていただきましたよ。“本条さん”。…これから皆さんに打ち明けられるであろう話を、あなたには先に話したとか…。」
「…え?…あ、えぇ。そうでしたね。」
「皆さんと一緒に社員食堂でランチした時のお話も聞かせていただきました。『本条課長は"苦手なら無理して来るな!"とか否定的なことは一切言わずに、【どうして食堂でランチをしたかったのか】を聞いてくれたし、"人が多いところ苦手なのに頑張ってるんだな。"って褒めてくれた。』と…。ありがとうございます。私たち手が届かないところのカバーをして下さって。」
姉さんが思ってるより、俺は姫野さんのサポートはできていない。……【力及ばず】もいいところだ。
「私たちもできる限りクライアントには寄り添いますが、〈PTSD〉は長い目で見て付き合っていかなければいけないケースもあります。そうなると、私たち医療従事者だけの力では支えきれないんです。クライアントと生活を共にするわけにもいきませんから。」
「それはそうですね。」
「だから【会社】という組織の中に居る姫野さんの状況が把握できている皆さんの力も必要ですし、彼女も求めているんです。そして、あなたはその役割を見事に担ってくれています。自信を持って下さい。そして彼女の話の最中は、私と中瀬先生と共に…笑顔でいて下さると助かります。…ゴホン!しっかりしなさい、昴!あんたと雅ちゃんの様子見てたら、私もあんたを頼らざるを得なくなったんだから!… …ゴホン!失礼しました。」
「はは、このタイミングで喝入れかよ!…ったく。容赦ねぇな。分かったよ、笑顔でいるように心掛ける。」
その言葉を聞き、にこやかに姉さんが笑う。
「…さて、それじゃ中瀬先生。姫野さんを呼んでいただけますか。」
「分かりました。」
俺たちにそう断ってから、中瀬さんは姫野さんを呼びに向かった。
そしてほんの少し待っていると、彼は姫野さんと一緒に戻ってきた。
「…さて。姫野さん、今から皆さんに話していくわけだけど――。」
「ごめんなさい、白石先生…お話の途中で。ちょっと待って下さい。」
「え?えぇ、分かりました。」
姉さんの返事を聞いてから姫野さんが向かった先は――。立花さんのところだった。
「…立花さん。私のことで泣いてくれて…ありがとうございます。……引きましたか?」
「…っ。姫野さんっ!あなたは優しすぎるっ!そんなわけっ…ないっ!…もう、1人で頑張らないでっ…つらかったねっ。」
「――っ。立花さん、ありがとうっ。」
2人は少しの間、抱き合って静かに泣いていた。
…この、場の雰囲気から感じ取ったんだな。
関わるようになってから、ずっと感じてたことだが…やっぱり姫野さんは“感受性が豊かな人”なんだろう。
立花さんとのやり取りを終えて姉さんの前に戻ってくる間に、鈴原には「ごめんね、柚ちゃん。思い出させて…。」と、観月たちには「驚かせたでしょ、ごめんね。」とそれぞれに声を掛ける姫野さん。
この人はただ優しいだけじゃない、【底なしの優しさ】がある人だ。他人にはどこまでも優しいのに、自分のことは一番最後に考える。
本当は、人の気持ちが汲み取れて優しさで溢れている人なのに、気持ちを汲み取りすぎて他人のマイナス感情さえも流せず…受け止めてしまう。そしてその【受け止めたマイナス感情】に引っ張られ、一緒に落ち込む。
その結果、暗い表情になってしまったり、引きつった表情をしてしまったりして“冷たい印象の人”や“表情が乏しくて何を考えてるのか分からない人”という、誤解を周囲に与えてしまっているのではないだろうか…。
これが、【彼女が日常的に受けているストレス】なのだとしたら……相当な負荷だ。
本当に、“誰か”…“姫野さんの隣で寄り添い、本気で支える人間”が必要だな。
俺がそんなことをぼんやりと考えている間に、姫野さんは姉さんのところまで戻ってきていた。