男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
16th Data 打ち明け話とサプライズ ◇雅 side◇
「姫野さんが戻って来たところで……。」
私が、立花さんのところから白石先生の前に移動したタイミングで、彼女は先ほど言いかけた言葉の続きを口にする。
「さて。姫野さん、どういう形…ポジショニングで話をしていきましょうか?…誰に隣に座ってほしいか、誰にカウンセラーをお願いしたいか決めて下さい。」
「分かりました。…中瀬先生、カウンセラーをお願いできますか?」
中瀬先生は驚いた様子で軽く目を見開き、私にもう一度問い掛けてきた。
「私で良いんですか?」
「はい、ぜひお願いします。そして柚ちゃんは中瀬先生の隣に。」
「分かりました。」
私の返事を聞き安心できたようで、彼は穏やかに笑って応じてくれた。
「姫ちゃん、了解。そっち行くね!」
柚ちゃんは慣れた様子で、素早く私たちの元へ来てくれる。
…鳴海部長と引き離しちゃってごめんね、柚ちゃん。
「それから白石先生は右隣に、そして左隣には…本条課長、お願いします。」
「喜んで座らせていただくわね、雅ちゃん。」
「先生、先生。【お仕事モード】、【お仕事モード】。」
「もちろん、"わざと"よ。」
「ふふっ。知ってます。」
白石先生が茶目っ気たっぷりにウィンクしてきたから、私も微笑んで返事した。
「あぁ、喜んで座らせてもらうよ。信頼してくれてありがとう、姫野さん。」
「はい、よろしくお願いします。……頼りにしてます、課長。」
こうして。フロアの真ん中に、私と…“私が指名した4人”が座った。
「さて。それじゃ、他の皆さんは私や姫野さんの後ろに半円を描くように座ってて下さい。」
「分かりました。」
白石先生のそんな一言でメンバー全員のポジショニングが決まったところで、「BGM静かめに流しておこうか。」と提案があって「お願いします。」と言ったら、中瀬さんが止まっていたBGMを再び流してくれた。
そして全ての準備を整えて、中瀬さんもとい、“中瀬先生”と私のセッションがいよいよ始まる。
ちなみに。セッションとは、カウンセラー(先生)とクライアント(私)が問題となっている出来事について【お互いに話し合うこと】だ。
一方的にクライアント側が話す場合は【ヒヤリング】と言うらしい。
「カウンセラーの中瀬 律です。今日はよろしくお願いします、姫野 雅さん。」
「はい。よろしくお願いします。中瀬先生。」
「本日はどうされましたか?」
今は、ここに来る時に【不可抗力で起こってしまった鳴海部長との接触】の話題から入るのが自然な気がする。
「先生。私、実は〈心的外傷後ストレス障害(PTSD)〉と診断されていまして…。男性に触れられたり、恋愛的なアプローチを掛けられると反射的に拒絶してしまうんです。今日、こちらに来る時に職場の上司…男性の方と一緒に来たんですが、途中で転びそうだったところを支えて助けていただいたんです。……蕁麻疹は出たんですけど、失神するほど嫌なわけじゃなくて。でも、それが上手く上司に伝えられなくて…その人が自己嫌悪になってて困ってるんです。」
「そうでしたか。それはその上司の方にちゃんと伝えて誤解を解きたいですね。そのお手伝いを私にさせていただけませんか。」
「ご協力いただけるなら心強いです。ぜひお願いします。」
「それでは。【事の発端】となっている〈PTSD〉のことについてお話を伺っても良いですか?……もし話している最中にフラッシュバックが起きたり、動悸がしたりしたら、その話題については話すのを中止していただいても結構です。無理のないようにお話して下さい。」
「はい。」
中瀬先生もさすが。
自然な感じで、【鳴海部長との話】と【〈PTSD〉のことについて】…同時に聞こうとしてくれている。
「では、まず。【男性に触れられたり、恋愛的なアプローチを掛けられると反射的に拒絶してしまう】とのお話でしたが、【その原因となっている出来事】を私に話せますか?」
「話せるところまででも良いですか?」
「もちろんです。」
「現在26…明後日で27歳になるんですが、大学4年の夏に……。」
「性犯罪に巻き込まれました。」と、続きの言葉を口にしようとしたら事件当日の"あの状況"が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
「…嫌…嫌ッ!」
息が上がっていくのが分かる。
「姫野さん…!」
本条課長がわずかに驚きの声を上げ、後ろに座るメンバーもザワついているのを感じ取った。
「姫野さんっ!」
ダメ…落ち着かなきゃ!
「姫野さん、大丈夫ですよ。このお店に居て、あなたが危険に晒されることはありません。……大丈夫。まずは3秒ほど息を止めて、ゆっくり鼻から吸い込んで息を整えましょう。」
白石先生が、落ち着きを払った声でそんな風に言って導いてくれる。そして私は先生の手をギュッと握った。
「姉さん。この場合、このタイミングで彼女に声を掛けるのは?」
「静かに落ち着いた口調なら、むしろ掛けてあげてほしいわ。その時、『大丈夫。』って言葉も言ってくれると…なお安心するでしょうね。」
「姫野さん。呼吸するのも焦らなくていい、ゆっくり吸ったり吐いたりしようか。今あなたは1人じゃない、俺も“白石先生”も居るから大丈夫だ。安心していい。」
本条課長……。
そうだ、焦らなくていいんだ。
みんなを驚かせちゃうと思って焦っちゃった。
いつも通り、いつも通りにやるだけ…。
「そうそう。姫野さん、上手に呼吸できてますよ。“本条さん”、ご協力ありがとうございます。この状況下の彼女にとって、先ほどの言葉はどれも心強かったと思いますよ。」
「本当にそうですね、白石先生。…そして。さすがです、本条さん。……姫野さん、中瀬です。…呼吸、上手くできてますね。…そろそろ腹式呼吸に変えていきましょうか。」
そうだ、【腹式】――。
腹式呼吸を意識し、過呼吸を止めるための呼吸を続けること2分――。
私の呼吸は正常な状態に戻り、中断されていた【打ち明け話】が再開される。
「過呼吸、止まったわね。…ちょっと脈取るから手首失礼するわね…。……うん。過呼吸起こした後だから少し速いけど、正常値ね。体は?つらくないかしら?」
「はい、大丈夫です。」
「それなら、話を続けましょうか。」
「はい。」
「…中瀬先生、引き続きよろしくお願いします。」
白石先生のその言葉を合図に、再び中瀬先生が話を進めてくれる。
「はい、白石先生。…さて。姫野さん、先ほどは失礼しました。おそらく私が〈PTSD〉の原因について聞こうとしたことによるフラッシュバック…いわゆる再体験から過呼吸が誘発されたものだと認識してますが…いかがですか?」
「いえ、大丈夫です。中瀬先生。私はある意味"いつものこと"なのでお気になさらず。…はい、合ってます。それについては後ほどお話します。それより、気になるのは…皆さんのことです。すみません、驚かせてしまって……。」
「僕はあなたの【異動の話し合い】の際に見てますから大丈夫です。他のメンバーは驚いたと思いますが…過呼吸というのは"こんな風になるのか"と…事実が、理解できたかと思います。」
鳴海部長がそう言い、その他のメンバーも彼の言葉に同意するように頷いてくれる。
「本条課長が声を掛けて下さったのも心強かったです、ありがとうございます。」
「俺は…声を掛けるぐらいしかできないから。だが、あなたが良かったなら…よかったよ。」
そう言って口角だけを上げて笑った課長は、いつもに増してカッコよく…色香すら感じられた。
課長がカッコイイのは事実だけど、私がそこに気づいてはいけない気がして――。
"お店の雰囲気も手伝ってるはず"と言い聞かせて、あえて曖昧にした。
私が、立花さんのところから白石先生の前に移動したタイミングで、彼女は先ほど言いかけた言葉の続きを口にする。
「さて。姫野さん、どういう形…ポジショニングで話をしていきましょうか?…誰に隣に座ってほしいか、誰にカウンセラーをお願いしたいか決めて下さい。」
「分かりました。…中瀬先生、カウンセラーをお願いできますか?」
中瀬先生は驚いた様子で軽く目を見開き、私にもう一度問い掛けてきた。
「私で良いんですか?」
「はい、ぜひお願いします。そして柚ちゃんは中瀬先生の隣に。」
「分かりました。」
私の返事を聞き安心できたようで、彼は穏やかに笑って応じてくれた。
「姫ちゃん、了解。そっち行くね!」
柚ちゃんは慣れた様子で、素早く私たちの元へ来てくれる。
…鳴海部長と引き離しちゃってごめんね、柚ちゃん。
「それから白石先生は右隣に、そして左隣には…本条課長、お願いします。」
「喜んで座らせていただくわね、雅ちゃん。」
「先生、先生。【お仕事モード】、【お仕事モード】。」
「もちろん、"わざと"よ。」
「ふふっ。知ってます。」
白石先生が茶目っ気たっぷりにウィンクしてきたから、私も微笑んで返事した。
「あぁ、喜んで座らせてもらうよ。信頼してくれてありがとう、姫野さん。」
「はい、よろしくお願いします。……頼りにしてます、課長。」
こうして。フロアの真ん中に、私と…“私が指名した4人”が座った。
「さて。それじゃ、他の皆さんは私や姫野さんの後ろに半円を描くように座ってて下さい。」
「分かりました。」
白石先生のそんな一言でメンバー全員のポジショニングが決まったところで、「BGM静かめに流しておこうか。」と提案があって「お願いします。」と言ったら、中瀬さんが止まっていたBGMを再び流してくれた。
そして全ての準備を整えて、中瀬さんもとい、“中瀬先生”と私のセッションがいよいよ始まる。
ちなみに。セッションとは、カウンセラー(先生)とクライアント(私)が問題となっている出来事について【お互いに話し合うこと】だ。
一方的にクライアント側が話す場合は【ヒヤリング】と言うらしい。
「カウンセラーの中瀬 律です。今日はよろしくお願いします、姫野 雅さん。」
「はい。よろしくお願いします。中瀬先生。」
「本日はどうされましたか?」
今は、ここに来る時に【不可抗力で起こってしまった鳴海部長との接触】の話題から入るのが自然な気がする。
「先生。私、実は〈心的外傷後ストレス障害(PTSD)〉と診断されていまして…。男性に触れられたり、恋愛的なアプローチを掛けられると反射的に拒絶してしまうんです。今日、こちらに来る時に職場の上司…男性の方と一緒に来たんですが、途中で転びそうだったところを支えて助けていただいたんです。……蕁麻疹は出たんですけど、失神するほど嫌なわけじゃなくて。でも、それが上手く上司に伝えられなくて…その人が自己嫌悪になってて困ってるんです。」
「そうでしたか。それはその上司の方にちゃんと伝えて誤解を解きたいですね。そのお手伝いを私にさせていただけませんか。」
「ご協力いただけるなら心強いです。ぜひお願いします。」
「それでは。【事の発端】となっている〈PTSD〉のことについてお話を伺っても良いですか?……もし話している最中にフラッシュバックが起きたり、動悸がしたりしたら、その話題については話すのを中止していただいても結構です。無理のないようにお話して下さい。」
「はい。」
中瀬先生もさすが。
自然な感じで、【鳴海部長との話】と【〈PTSD〉のことについて】…同時に聞こうとしてくれている。
「では、まず。【男性に触れられたり、恋愛的なアプローチを掛けられると反射的に拒絶してしまう】とのお話でしたが、【その原因となっている出来事】を私に話せますか?」
「話せるところまででも良いですか?」
「もちろんです。」
「現在26…明後日で27歳になるんですが、大学4年の夏に……。」
「性犯罪に巻き込まれました。」と、続きの言葉を口にしようとしたら事件当日の"あの状況"が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
「…嫌…嫌ッ!」
息が上がっていくのが分かる。
「姫野さん…!」
本条課長がわずかに驚きの声を上げ、後ろに座るメンバーもザワついているのを感じ取った。
「姫野さんっ!」
ダメ…落ち着かなきゃ!
「姫野さん、大丈夫ですよ。このお店に居て、あなたが危険に晒されることはありません。……大丈夫。まずは3秒ほど息を止めて、ゆっくり鼻から吸い込んで息を整えましょう。」
白石先生が、落ち着きを払った声でそんな風に言って導いてくれる。そして私は先生の手をギュッと握った。
「姉さん。この場合、このタイミングで彼女に声を掛けるのは?」
「静かに落ち着いた口調なら、むしろ掛けてあげてほしいわ。その時、『大丈夫。』って言葉も言ってくれると…なお安心するでしょうね。」
「姫野さん。呼吸するのも焦らなくていい、ゆっくり吸ったり吐いたりしようか。今あなたは1人じゃない、俺も“白石先生”も居るから大丈夫だ。安心していい。」
本条課長……。
そうだ、焦らなくていいんだ。
みんなを驚かせちゃうと思って焦っちゃった。
いつも通り、いつも通りにやるだけ…。
「そうそう。姫野さん、上手に呼吸できてますよ。“本条さん”、ご協力ありがとうございます。この状況下の彼女にとって、先ほどの言葉はどれも心強かったと思いますよ。」
「本当にそうですね、白石先生。…そして。さすがです、本条さん。……姫野さん、中瀬です。…呼吸、上手くできてますね。…そろそろ腹式呼吸に変えていきましょうか。」
そうだ、【腹式】――。
腹式呼吸を意識し、過呼吸を止めるための呼吸を続けること2分――。
私の呼吸は正常な状態に戻り、中断されていた【打ち明け話】が再開される。
「過呼吸、止まったわね。…ちょっと脈取るから手首失礼するわね…。……うん。過呼吸起こした後だから少し速いけど、正常値ね。体は?つらくないかしら?」
「はい、大丈夫です。」
「それなら、話を続けましょうか。」
「はい。」
「…中瀬先生、引き続きよろしくお願いします。」
白石先生のその言葉を合図に、再び中瀬先生が話を進めてくれる。
「はい、白石先生。…さて。姫野さん、先ほどは失礼しました。おそらく私が〈PTSD〉の原因について聞こうとしたことによるフラッシュバック…いわゆる再体験から過呼吸が誘発されたものだと認識してますが…いかがですか?」
「いえ、大丈夫です。中瀬先生。私はある意味"いつものこと"なのでお気になさらず。…はい、合ってます。それについては後ほどお話します。それより、気になるのは…皆さんのことです。すみません、驚かせてしまって……。」
「僕はあなたの【異動の話し合い】の際に見てますから大丈夫です。他のメンバーは驚いたと思いますが…過呼吸というのは"こんな風になるのか"と…事実が、理解できたかと思います。」
鳴海部長がそう言い、その他のメンバーも彼の言葉に同意するように頷いてくれる。
「本条課長が声を掛けて下さったのも心強かったです、ありがとうございます。」
「俺は…声を掛けるぐらいしかできないから。だが、あなたが良かったなら…よかったよ。」
そう言って口角だけを上げて笑った課長は、いつもに増してカッコよく…色香すら感じられた。
課長がカッコイイのは事実だけど、私がそこに気づいてはいけない気がして――。
"お店の雰囲気も手伝ってるはず"と言い聞かせて、あえて曖昧にした。