男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「不安感とか嫌悪感が強い時は…今、皆さんが見たような発作がよく出ます。症状が軽度な場合は蕁麻疹で済みますが、出るものは相手が誰であっても出ます。完全に出なくなったのは、私の父と、本条課長のお兄様…そして彼らと白石先生のお父様である“本条院長”ぐらいです。“院長先生”は確か初めてお会いした時でも蕁麻疹出なかった気がします。」
本条課長が隣で息を吞むのが分かった。
“院長先生”と面識があることは話してないから驚きますよね。
「ありがとうございます、姫野さん。"僕のせいじゃない"と改めて説明して下さったんですよね?安心しました。……“おじさん”すごいな、さすが“院長先生”。」
ご理解いただけて良かったです、鳴海部長。
そっか。部長からしたら“院長先生”というより…“親友のお父さん”なんだ。だから“おじさん”なのね。
「…ん?“本条副院長”?…あぁ、そうか。“副院長先生”は内科全般だったね。それにしても。“本条院長”、さすがですね。〈PTSD〉の影響で男性が苦手な患者さんに対し、初回から安心感を与えて心を開いてもらえるなんて……。」
そう話す中瀬先生からは、“院長先生”に対しての尊敬の念をものすごく感じた。
さすがは、日本の“心理・精神の第一人者”として功績を残した先生だ。
「さて、姫野さん。話を続けますが……。先ほどのフラッシュバックと過呼吸は、ご自身では何が要因だと思われますか?」
「想像エクスポージャーの実践によるものと思われます。」
中瀬先生からの問い掛けに、私は真っ直ぐ彼の目を見て答えた。
「あぁ、想像エクスポージャーの実践をして下さっていたんですね。"あの瞬間"、すごく頑張っていただいてたんですね。ありがとうございます。」
「姫野さん、すごい。【〈PTSD〉の原因】を話すにあたって、"あの言葉"を言ってくれようとしたんですね。……不安感が強くなるからって、口に出すことも怖がっていたのに…。」
「でも…。白石先生ごめんなさい。結局、口に出せませんでした。」
"情けないな…私。"と軽い自己嫌悪に陥りながら、私はそんな言葉を呟いていた。
「いいえ。謝ることなんて無いんですよ、頑張りましたね。……私が、姫野さんが何を言おうとしていたのか…中瀬先生にだけ伝えても良いですか?」
そんな提案をしてくる白石先生の手には、メモ帳とボールペンの用意があった。
「"えっ、直接口で言うんですか!?"って思いましたけど、先生に限ってそれはあり得ないですもんね。…メモとペン、しっかり握られました!……そうですね、良いですよ。中瀬先生なら"最後まで"お伝えいただいても…。私と同じような目に遭われた患者さんもきっと診られているでしょうし。」
「当たり前じゃないですか。ご本人が口に出せないものを私たち医療従事者が口に出しては言えないですよ。それに、私と姫野さんの仲じゃないですか。…じゃあ、そうしましょう。」
私が戯けた感じでそう言えば、先生も同じように笑って返してくれる。
「…中瀬先生、姫野さんが言った『大学4年の夏に…。』の続きは"コレ"ですね。」
―「性犯罪に遭いました。」
当時、新聞にも載りました。
『女子大生 連続集団強姦事件』の
被害者の1人です、彼女は。―
「……。」
白石先生から【真実】が書かれたメモを受け取った中瀬先生は無言で頷いてくれた。
この表情を見ると、私がこの場に居なかった時に白石先生からの、皆さんへの事前説明の時点で理解してくれていたんだろうとは思う。
……立花さんも泣いていたし。
「大変でしたね、姫野さん。こんな経験をされたのであれば、男性が怖くなるのは当然ですし、よく…えっと、5年ぐらいですか。ここまで回復させましたね。あなたは努力家だ、よく頑張りましたね。」
そう言いながら、中瀬先生はとても優しく笑ってくれた。
「もちろん、今も頑張ってくれてますからね。」
白石先生もすかさず同意してくれる。
「そうだな。頑張ってくれてるな、自分のためにも俺たちのためにも…ありがとう。…話が一段落したら、しっかり休憩取ろうな。」
「先生方、本条課長、ありがとう…っ…っ!」
先生たちや本条課長が優しいから泣けてきたのか、緊張の糸が切れて泣けてきたのか分からないけど…私は静かに涙を流した。
「落ち着いたようですね。…セッションを続けます。…姫野さん。ちなみにですが、先ほどの【〈PTSD〉の原因となる出来事】について…どなたなら話せそうとかありますか?…"今すぐ"というお話ではなく、将来的にでもいいですし…『医療従事者以外には話したくない。』という答えもアリです。」
…中瀬先生は何を"答え"として求めてるんだろう?
掴みきれないけど、今は直感で答えた方が良い気がする…。
「…いろんな含みがありそうな質問ですが…。そうですね…。今は不安なことがたくさんあるので、踏み切れないですが…きっと恋人や将来的に“旦那様になる人”には発作が起きようが蕁麻疹が出ようが、話すんだと思います。“大切な人との赤ちゃん”欲しいですから。」
「さすが姫野さん。皆さんにも分かりにくいように…あえて曖昧にお尋ねしましたが、私の質問の意図をやはりご理解いただけてましたね。……“恋人”や“夫”というキーワードが出てきましたからね。……そうですよね、“赤ちゃん” 欲しいですよね。…焦らず、ゆっくりと“素敵なパートナー”を見つけていけると良いですね。」
「良かったです、解釈が合ってて。中瀬先生……ありがとうございます。」
「焦らず、ゆっくりと“素敵なパートナー”を見つけていけると良いですね。」――。
中瀬先生からのこの言葉は、私の中にストンと落ちてきたし…心を温かくしてくれた。
なんて優しいんだろう。
「"誰になら話せるか"を明確にすることで…姫野さんが“話していいと思えた方々”に【事の重大さ】が伝わりますし、“その人たち”の中でも、【原因】までは“話せない・話したくない人”が居るかもしれない。そんな時でも、ここが明確になっていれば『それ以上は聞かないで。』と詮索されるのを拒否できますよね。」
【事の重大さ】と【“話せない・話したくない人”への詮索拒否】ね、なるほど。
「…というわけで、皆さん。【〈PTSD〉の根本的な原因】についてはご本人から切り出される分には構いませんが、そうでない限り相手側からの詮索は厳禁と心得て下さい。本来はこのように、【ごく一部の身近な人にしか話したくないデリケートな内容】ということです。……いいですね?」
「はっ、はい!」
あぁ、そっか…。
みんなに釘を刺してくれたんだ、さすが先生。
「さて。それではここで、エクスポージャー療法の説明を簡単にしたいと思います。…用語だけ聞かされて、皆さん疑問に思ったでしょうから。」
そう言って中瀬先生は、私の後ろに呼び掛ける。
「そうですね。"エクスポジャーって何だろう?"って思っていましたから。」
「俺も思いました、説明お願いします。」
私は、背中で立花さんと観月くんの声を聞いた。
「そうですよね。立花さん、観月さん。説明しますね。」
本条課長が隣で息を吞むのが分かった。
“院長先生”と面識があることは話してないから驚きますよね。
「ありがとうございます、姫野さん。"僕のせいじゃない"と改めて説明して下さったんですよね?安心しました。……“おじさん”すごいな、さすが“院長先生”。」
ご理解いただけて良かったです、鳴海部長。
そっか。部長からしたら“院長先生”というより…“親友のお父さん”なんだ。だから“おじさん”なのね。
「…ん?“本条副院長”?…あぁ、そうか。“副院長先生”は内科全般だったね。それにしても。“本条院長”、さすがですね。〈PTSD〉の影響で男性が苦手な患者さんに対し、初回から安心感を与えて心を開いてもらえるなんて……。」
そう話す中瀬先生からは、“院長先生”に対しての尊敬の念をものすごく感じた。
さすがは、日本の“心理・精神の第一人者”として功績を残した先生だ。
「さて、姫野さん。話を続けますが……。先ほどのフラッシュバックと過呼吸は、ご自身では何が要因だと思われますか?」
「想像エクスポージャーの実践によるものと思われます。」
中瀬先生からの問い掛けに、私は真っ直ぐ彼の目を見て答えた。
「あぁ、想像エクスポージャーの実践をして下さっていたんですね。"あの瞬間"、すごく頑張っていただいてたんですね。ありがとうございます。」
「姫野さん、すごい。【〈PTSD〉の原因】を話すにあたって、"あの言葉"を言ってくれようとしたんですね。……不安感が強くなるからって、口に出すことも怖がっていたのに…。」
「でも…。白石先生ごめんなさい。結局、口に出せませんでした。」
"情けないな…私。"と軽い自己嫌悪に陥りながら、私はそんな言葉を呟いていた。
「いいえ。謝ることなんて無いんですよ、頑張りましたね。……私が、姫野さんが何を言おうとしていたのか…中瀬先生にだけ伝えても良いですか?」
そんな提案をしてくる白石先生の手には、メモ帳とボールペンの用意があった。
「"えっ、直接口で言うんですか!?"って思いましたけど、先生に限ってそれはあり得ないですもんね。…メモとペン、しっかり握られました!……そうですね、良いですよ。中瀬先生なら"最後まで"お伝えいただいても…。私と同じような目に遭われた患者さんもきっと診られているでしょうし。」
「当たり前じゃないですか。ご本人が口に出せないものを私たち医療従事者が口に出しては言えないですよ。それに、私と姫野さんの仲じゃないですか。…じゃあ、そうしましょう。」
私が戯けた感じでそう言えば、先生も同じように笑って返してくれる。
「…中瀬先生、姫野さんが言った『大学4年の夏に…。』の続きは"コレ"ですね。」
―「性犯罪に遭いました。」
当時、新聞にも載りました。
『女子大生 連続集団強姦事件』の
被害者の1人です、彼女は。―
「……。」
白石先生から【真実】が書かれたメモを受け取った中瀬先生は無言で頷いてくれた。
この表情を見ると、私がこの場に居なかった時に白石先生からの、皆さんへの事前説明の時点で理解してくれていたんだろうとは思う。
……立花さんも泣いていたし。
「大変でしたね、姫野さん。こんな経験をされたのであれば、男性が怖くなるのは当然ですし、よく…えっと、5年ぐらいですか。ここまで回復させましたね。あなたは努力家だ、よく頑張りましたね。」
そう言いながら、中瀬先生はとても優しく笑ってくれた。
「もちろん、今も頑張ってくれてますからね。」
白石先生もすかさず同意してくれる。
「そうだな。頑張ってくれてるな、自分のためにも俺たちのためにも…ありがとう。…話が一段落したら、しっかり休憩取ろうな。」
「先生方、本条課長、ありがとう…っ…っ!」
先生たちや本条課長が優しいから泣けてきたのか、緊張の糸が切れて泣けてきたのか分からないけど…私は静かに涙を流した。
「落ち着いたようですね。…セッションを続けます。…姫野さん。ちなみにですが、先ほどの【〈PTSD〉の原因となる出来事】について…どなたなら話せそうとかありますか?…"今すぐ"というお話ではなく、将来的にでもいいですし…『医療従事者以外には話したくない。』という答えもアリです。」
…中瀬先生は何を"答え"として求めてるんだろう?
掴みきれないけど、今は直感で答えた方が良い気がする…。
「…いろんな含みがありそうな質問ですが…。そうですね…。今は不安なことがたくさんあるので、踏み切れないですが…きっと恋人や将来的に“旦那様になる人”には発作が起きようが蕁麻疹が出ようが、話すんだと思います。“大切な人との赤ちゃん”欲しいですから。」
「さすが姫野さん。皆さんにも分かりにくいように…あえて曖昧にお尋ねしましたが、私の質問の意図をやはりご理解いただけてましたね。……“恋人”や“夫”というキーワードが出てきましたからね。……そうですよね、“赤ちゃん” 欲しいですよね。…焦らず、ゆっくりと“素敵なパートナー”を見つけていけると良いですね。」
「良かったです、解釈が合ってて。中瀬先生……ありがとうございます。」
「焦らず、ゆっくりと“素敵なパートナー”を見つけていけると良いですね。」――。
中瀬先生からのこの言葉は、私の中にストンと落ちてきたし…心を温かくしてくれた。
なんて優しいんだろう。
「"誰になら話せるか"を明確にすることで…姫野さんが“話していいと思えた方々”に【事の重大さ】が伝わりますし、“その人たち”の中でも、【原因】までは“話せない・話したくない人”が居るかもしれない。そんな時でも、ここが明確になっていれば『それ以上は聞かないで。』と詮索されるのを拒否できますよね。」
【事の重大さ】と【“話せない・話したくない人”への詮索拒否】ね、なるほど。
「…というわけで、皆さん。【〈PTSD〉の根本的な原因】についてはご本人から切り出される分には構いませんが、そうでない限り相手側からの詮索は厳禁と心得て下さい。本来はこのように、【ごく一部の身近な人にしか話したくないデリケートな内容】ということです。……いいですね?」
「はっ、はい!」
あぁ、そっか…。
みんなに釘を刺してくれたんだ、さすが先生。
「さて。それではここで、エクスポージャー療法の説明を簡単にしたいと思います。…用語だけ聞かされて、皆さん疑問に思ったでしょうから。」
そう言って中瀬先生は、私の後ろに呼び掛ける。
「そうですね。"エクスポジャーって何だろう?"って思っていましたから。」
「俺も思いました、説明お願いします。」
私は、背中で立花さんと観月くんの声を聞いた。
「そうですよね。立花さん、観月さん。説明しますね。」