男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「…あっ、そうそう。今、誠さんが柚奈ちゃん迎えに行ってるわ。着替え必要でしょ?柚奈ちゃんが来たら鍵預けてね。」
柚ちゃんしか私の家を知らないから、必然的にそうなっちゃうんだけど…巻き込んでる。申し訳ない。
どうしよう、鳴海開発営業部長と会ってる日だったら…。邪魔してる…。
確か、今日あたりって聞いた気する…。
「すみません。何から何まで…。せっかくお2人とも今日は早く帰られた日で、『誠さんとゆっくりするわ。』って、ご予定も聞いていたのに…。」
婚約関係にあって同棲中のお2人だけど、お2人とも仕事が多忙だからプライベートな時間は貴重なはずなのに…。本当に申し訳ない…。
「いいのよ、私たちのことは気にしなくても。それに『何かあったら遠慮なく連絡してね。』って言ったのは私たちなんだから。」
「ありがとうございます。」
「それに。誠さんから聞いたけど…。男性が苦手な雅ちゃんに強引に迫るようなことをするなんて…。どう考えても剛さんが悪いもの。あんなに怒ってる誠さん初めて見たわ。」
「専務がそんなに怒って下さったなんて…。そうだ、常務…。常務はどうしたんですか?」
「レストランの従業員さんが先に119番して下さったみたいで、私たちがお店に着いた時には雅ちゃんは搬送されてたんだけど…。雅ちゃん、倒れる前に誠さんの番号に掛けてくれたでしょ?スマホから誠さんの声が聞こえたからだと思うけど、そのまま従業員さんが状況を知らせてくれたの。雅ちゃんのことも剛さんのこともね。」
叶先輩が、私が搬送された後のことを詳しく教えてくれた。
「それで、とりあえずは剛さんも一緒に来たんだけど…。いったん雅ちゃんの顔見るために3人でここを覗いたの。その後、私に雅ちゃんを託して2人は席外したわ。おそらく発作が出た時の状況聞いたんだと思う。……話を終えて戻ってきた時に剛さんはすでに居なくて。…聞いたら『憔悴しきってたからタクシーで帰した。』って言ってたわね。」
私の〈PTSD〉のことは…常務に知られてしまったのかな。
「そうだったんですね。」
常務のことが落ち着いた後、専務は柚ちゃんに連絡してくれたり…〔ベンツ〕の運転代行を手配するなど、諸々やってくれていたという。
「あっ。そうだ、ごめん。一番大事なこと伝えてなかったわね。雅ちゃんの〈PTSD〉のことは、もちろん剛さんには『言ってない。』って言ってたから安心して。」
言わずにいてくれたんだ…さすがは専務。
「ありがとうございます。」
そう。私は〈心的外傷後ストレス障害(PTSD)〉を患って、診断が出てから治療を続けている。
〈PTSD〉とは、身体的にあるいは精神的に極めて大きなトラウマを負った後に起こる様々なストレス障害あるいは情緒障害のこと。
4年前…大学4年の夏に、トラウマの原因となっている【強姦事件】が起きた。
その後、不眠や絶えずビクビクしている状態が続き…異変に気づいた祖母が病院に付き添ってくれ、〈急性ストレス障害〉と診断される。
でも、その後1ヶ月以内にまた別の【事件】に巻き込まれ、【強姦事件】のことがフラッシュバックした。それで、症状が治っていないと判断し…再受診。
結果、"〈PTSD〉の疑いあり"ということになり…この病院の白石先生宛に紹介状を書いてもらい、診てもらって正式な診断が下りた。
白石先生や本条先生とはそこからのお付き合いで、日本と海外を行ったり来たりして生活する私の両親に代わって、柚ちゃんと一緒にいろいろと気に掛けてくれている。
妹は日本に居るけど、勤務地が大阪で…そう頻繁には来れない。
診断書などの書類とか、1人分のサインで済む時はお願いしたりもするけど…基本的には国際郵便で両親の元へ。
“遠くの家族より、近くの親友とドクター”だ。
専務や叶先輩に〈PTSD〉であることは打ち明けられたけど、原因が【強姦事件】によるものだということまでは伝えきれていない。
事件当日のことを知っているのは、私の家族と柚ちゃんと彼女のご家族…。そして、院長先生と白石先生と本条先生だ。
**
――コンコン。
「はい、どうぞ。」
「(ガチャ)…姫ちゃん?…あっ、起きてる。鳴海専務、姫野さん意識戻ってます!」
「あっ、姫野さん意識戻ったね。よかった。」
専務と柚ちゃんと…専務と常務の弟さんである鳴海開発営業部長が入ってきた。
「大変だったね、姫ちゃん。ちょっと『発作もいつもより大きかった』って聞いたよ?」
「柚ちゃん、ありがとう。……常務、怖かった。」
「そっか、怖かったね。大丈夫、大丈夫。白石先生、まだ来てなさそうだね。【何をされた】かまでは私に無理して言わなくていいから、先生にはちゃんと言うんだよ?」
柚ちゃんの優しさが心に染みて…安心して泣けてきた。
「うん……。柚ちゃんいつもありがとう。…うぅ。ごめんね、鳴海っ…部長と会ってる時に。邪魔…しちゃった。専務もっ…ごめんなさい。叶先輩との貴重な時間を…。」
「姫ちゃん。自分が疲れきっちゃった時ほど『ごめん』は言わない約束でしょ。先生たちとの4人での約束忘れた?【自分を責めちゃう言葉】はナシだよ。大丈夫、部長とのご飯…美味しかったし、楽しかったからいいよ。気にしないで。ちょうどお店出て帰るとこだったんだー。」
泣き出した私の背中を、トントンと…柚ちゃんが優しく叩いてくれる。
「そうですよ。姫野さん、本当にあと帰るだけでしたから気にしないで下さいね。…それより。剛兄さんがご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
ただ、柚ちゃんに付き合って突然連れてこられて…巻き込まれて、状況が掴みきれていないはずの鳴海部長に…頭を下げられた。
そんなそんな!…むしろ巻き込んでしまって申し訳ないです…。
「姫野さん。本当に…僕と叶のことも気にしなくて大丈夫。僕たちは、何だかんだ言って…2人の時間も作ってるから。それより…。剛から事情を聞いたけど、本当に毎度申し訳ない。」
そう言って鳴海部長に続き、専務にまで頭を下げられる。
この人たちに…こんなことをさせてしまうなんて…。
私は居た堪れない気持ちを感じつつ、ここに居る全員の【優しさ】と【器の大きさ】に心から感謝した。
「姫ちゃん、家の鍵貸して?着替え取ってくる。早くしないと、面会時間内に戻ってこれなくなるから。」
嗚咽が止まるのを見計らって柚ちゃんにそう促されたので、私は慌てて彼女に鍵を預けた。
柚ちゃんしか私の家を知らないから、必然的にそうなっちゃうんだけど…巻き込んでる。申し訳ない。
どうしよう、鳴海開発営業部長と会ってる日だったら…。邪魔してる…。
確か、今日あたりって聞いた気する…。
「すみません。何から何まで…。せっかくお2人とも今日は早く帰られた日で、『誠さんとゆっくりするわ。』って、ご予定も聞いていたのに…。」
婚約関係にあって同棲中のお2人だけど、お2人とも仕事が多忙だからプライベートな時間は貴重なはずなのに…。本当に申し訳ない…。
「いいのよ、私たちのことは気にしなくても。それに『何かあったら遠慮なく連絡してね。』って言ったのは私たちなんだから。」
「ありがとうございます。」
「それに。誠さんから聞いたけど…。男性が苦手な雅ちゃんに強引に迫るようなことをするなんて…。どう考えても剛さんが悪いもの。あんなに怒ってる誠さん初めて見たわ。」
「専務がそんなに怒って下さったなんて…。そうだ、常務…。常務はどうしたんですか?」
「レストランの従業員さんが先に119番して下さったみたいで、私たちがお店に着いた時には雅ちゃんは搬送されてたんだけど…。雅ちゃん、倒れる前に誠さんの番号に掛けてくれたでしょ?スマホから誠さんの声が聞こえたからだと思うけど、そのまま従業員さんが状況を知らせてくれたの。雅ちゃんのことも剛さんのこともね。」
叶先輩が、私が搬送された後のことを詳しく教えてくれた。
「それで、とりあえずは剛さんも一緒に来たんだけど…。いったん雅ちゃんの顔見るために3人でここを覗いたの。その後、私に雅ちゃんを託して2人は席外したわ。おそらく発作が出た時の状況聞いたんだと思う。……話を終えて戻ってきた時に剛さんはすでに居なくて。…聞いたら『憔悴しきってたからタクシーで帰した。』って言ってたわね。」
私の〈PTSD〉のことは…常務に知られてしまったのかな。
「そうだったんですね。」
常務のことが落ち着いた後、専務は柚ちゃんに連絡してくれたり…〔ベンツ〕の運転代行を手配するなど、諸々やってくれていたという。
「あっ。そうだ、ごめん。一番大事なこと伝えてなかったわね。雅ちゃんの〈PTSD〉のことは、もちろん剛さんには『言ってない。』って言ってたから安心して。」
言わずにいてくれたんだ…さすがは専務。
「ありがとうございます。」
そう。私は〈心的外傷後ストレス障害(PTSD)〉を患って、診断が出てから治療を続けている。
〈PTSD〉とは、身体的にあるいは精神的に極めて大きなトラウマを負った後に起こる様々なストレス障害あるいは情緒障害のこと。
4年前…大学4年の夏に、トラウマの原因となっている【強姦事件】が起きた。
その後、不眠や絶えずビクビクしている状態が続き…異変に気づいた祖母が病院に付き添ってくれ、〈急性ストレス障害〉と診断される。
でも、その後1ヶ月以内にまた別の【事件】に巻き込まれ、【強姦事件】のことがフラッシュバックした。それで、症状が治っていないと判断し…再受診。
結果、"〈PTSD〉の疑いあり"ということになり…この病院の白石先生宛に紹介状を書いてもらい、診てもらって正式な診断が下りた。
白石先生や本条先生とはそこからのお付き合いで、日本と海外を行ったり来たりして生活する私の両親に代わって、柚ちゃんと一緒にいろいろと気に掛けてくれている。
妹は日本に居るけど、勤務地が大阪で…そう頻繁には来れない。
診断書などの書類とか、1人分のサインで済む時はお願いしたりもするけど…基本的には国際郵便で両親の元へ。
“遠くの家族より、近くの親友とドクター”だ。
専務や叶先輩に〈PTSD〉であることは打ち明けられたけど、原因が【強姦事件】によるものだということまでは伝えきれていない。
事件当日のことを知っているのは、私の家族と柚ちゃんと彼女のご家族…。そして、院長先生と白石先生と本条先生だ。
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――コンコン。
「はい、どうぞ。」
「(ガチャ)…姫ちゃん?…あっ、起きてる。鳴海専務、姫野さん意識戻ってます!」
「あっ、姫野さん意識戻ったね。よかった。」
専務と柚ちゃんと…専務と常務の弟さんである鳴海開発営業部長が入ってきた。
「大変だったね、姫ちゃん。ちょっと『発作もいつもより大きかった』って聞いたよ?」
「柚ちゃん、ありがとう。……常務、怖かった。」
「そっか、怖かったね。大丈夫、大丈夫。白石先生、まだ来てなさそうだね。【何をされた】かまでは私に無理して言わなくていいから、先生にはちゃんと言うんだよ?」
柚ちゃんの優しさが心に染みて…安心して泣けてきた。
「うん……。柚ちゃんいつもありがとう。…うぅ。ごめんね、鳴海っ…部長と会ってる時に。邪魔…しちゃった。専務もっ…ごめんなさい。叶先輩との貴重な時間を…。」
「姫ちゃん。自分が疲れきっちゃった時ほど『ごめん』は言わない約束でしょ。先生たちとの4人での約束忘れた?【自分を責めちゃう言葉】はナシだよ。大丈夫、部長とのご飯…美味しかったし、楽しかったからいいよ。気にしないで。ちょうどお店出て帰るとこだったんだー。」
泣き出した私の背中を、トントンと…柚ちゃんが優しく叩いてくれる。
「そうですよ。姫野さん、本当にあと帰るだけでしたから気にしないで下さいね。…それより。剛兄さんがご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
ただ、柚ちゃんに付き合って突然連れてこられて…巻き込まれて、状況が掴みきれていないはずの鳴海部長に…頭を下げられた。
そんなそんな!…むしろ巻き込んでしまって申し訳ないです…。
「姫野さん。本当に…僕と叶のことも気にしなくて大丈夫。僕たちは、何だかんだ言って…2人の時間も作ってるから。それより…。剛から事情を聞いたけど、本当に毎度申し訳ない。」
そう言って鳴海部長に続き、専務にまで頭を下げられる。
この人たちに…こんなことをさせてしまうなんて…。
私は居た堪れない気持ちを感じつつ、ここに居る全員の【優しさ】と【器の大きさ】に心から感謝した。
「姫ちゃん、家の鍵貸して?着替え取ってくる。早くしないと、面会時間内に戻ってこれなくなるから。」
嗚咽が止まるのを見計らって柚ちゃんにそう促されたので、私は慌てて彼女に鍵を預けた。