男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
17th Data 努力家のあなたへ ◆昴 side◆
姫野さんが好きだと言っていた"【落ち葉】にまつわるこの曲"を弾き始めた直後……。
――「フッ、本条さん。やるねぇ……。」
――「雅ちゃんの【感動】と【涙】を攫っていくなんて…。昴ったら罪作りなことしちゃって…。」
姉さんと中瀬さんがそう言っているのを、俺は背中で聞いた。
フッ。泣いてるのか……。
俺のこんな拙い演奏で感動してくれるなら、衝動的にではあったが…弾いて正解だったな。
明後日が誕生日だって言うし、"プレゼント"とか"ご褒美"ぐらいになれば良い。
あなたは、自分が「好きだ。」と言った"この曲"を聴きながら…癒されてくれれば良い。
“努力を惜しまないあなた”に、俺は"この曲"を贈りたい――。
そう思ったんだ。
そんな"想い"を乗せるように、俺は一音一音を丁寧に弾いた。
最後の一音を鳴した時、音の余韻と交わる形で複数の拍手が聞こえてきた。
演奏後の一礼をしようと振り返ると、俺から2mほどの距離を空けて姫野さんが立っていた。そして頬には涙を伝わせていたが…表情は笑顔だった。
【泣き笑い】という言葉は、こんな時に使うのだろう。
「本条課長、ありがとうございます。"私の大好きな曲"を弾いて下さって…。でもこのタイミングで、この選曲はズルイですよ。だからモテるんでしょうね。」
「モテるどころか…俺が『冷徹人間。』って呼ばれてるのを…姫野さんだって知ってるだろ?ところで少しはリラックスできたか?」
「はい、とても。2日早いですけど…とても素敵な【誕生日プレゼント】をいただいたと勝手に思っています。…課長が『冷徹人間。』って言われているのは、あなたがそう仕向けているからですよね?そうしないと【面倒なこと】が多々ありますから…。課長は…優しい方です。」
「はは。そう思ってもらえるなら演奏した甲斐があるよ。…姫野さん……参ったな、あなたに噓はつけないな。」
ホント、あなたには敵わない…。
そんな俺と姫野さんの会話に――。
「お前、狙ってやったの?」だの……
「お前、カッコつけすぎじゃない?」だの……
「昴ったら、カッコつけちゃって。女の涙を攫っていくなんて…この罪は重いわよー。」だの……
何だかんだと言いながら入ってくるのは、“先輩”と蛍と姉さんだ。
「うるさい。黙れよー。」
冗談だと分かっているから、こちらも軽口であえて言葉悪く返してやる。
姉さんは義兄さんとやってろ…。
“先輩”と蛍は人に言うより先に、自分が鈴原と立花さんを落とせよ…。
「いや、ここはカッコつけるとこでしょ。姫野さんが幸せそうだから、これはカッコつけた甲斐があるってもんでしょ。…ね、姫野さん。」
中瀬さんはそう言って姫野さんにサラッとウィンクしていた。
そして彼女もまた、それに応えるように茶目っ気たっぷりにこう切り返す。
「中瀬さん、どうしてそれ言っちゃうんですかー。『課長には内緒にして下さい。』ってお願いしたのにー。…なーんて。ふふっ。」
…っ!姫野さん、それは反則だろ。可愛いすぎる。
「“雅姉さん”、かわいい。」
観月も反応早いし…悠長なことはしてられないが、姫野さんを怖がらせるわけにはいかないし…。複雑だよなー。
「やめてよ~!観月くんったら…。可愛くないから。」
「フフッ。さすが姫野さん、ノリも良いね。これは“追いかける男たち”は大変だねー。……でも、このタイミングで“昴くん”をイジるの…僕としては【いただけない】かなー。だって。今カッコつけなかったら、いつつけるの?…まぁ。“なぎちゃん”の言い方には【冷やかし】やら【褒め】やら【女性の代弁】やら、いろいろ含んでるのも分かるけど。“弟くん”イジメたら可哀想だよ。」
「俺も、この話題に関しては中瀬さんに同意するな。カッコつけたい時も…カッコつけなきゃいけない時あるからな…。」
「それは…何となく、私たちも分かります。姫ちゃんの好きな曲をセレクトして弾いた本条課長…カッコイイなって思いました。」
「"気遣い"だって、分かるか…分からないかぐらいでやってのけちゃうから憎いんですよねー。姫野さんの好きな曲の情報なんて、いつ入手したんですか?」
さすがは中瀬さんと柊…。よく見てる。
はは。鈴原と立花さんもありがとう。
個人トークでのことは…何となく他のメンツには言いたくない気分だ。
「立花さん、それは黙秘権を行使しておくことにするよ。」
「えっ!?」
揃いも揃って、そんなに驚いた顔するなよ。
「あらー。あんたがハッキリ拒否するなんて珍しい。…昴の口から『黙秘権の行使』なんて言葉を聞いちゃったら、それ以上の深掘りはできないと思った方がいいわよー。それにしても。ホント、昴と柊くんって…空気感似てるわよね。あなたたちの大学時代から思ってたけど…。」
そう言った姉さんに対し、蛍がすかさず「中瀬さんと渚さんも【ただの同業者】ってだけじゃないように見えるんですけど…。さっきも『“なぎちゃん”の言い方は――。』みたいなこと言ってたし。…もしかして付き合ってたことあるとか?」なんて涼しい顔で問い掛ける。
蛍…!お前、【あえて誰も聞かなかったところ】を…!
「“僕たち”は…そこまでいかなかったんだ。“なぎちゃん”のことはずっと大好きだけど、僕と彼女はそういう巡り合わせじゃなかった…。僕の…“永遠の片想いの人”なんだろうね…彼女は。でも奏士さんと居る“なぎちゃん”幸せそうだからね、それ見て満足してるかな。響くんも花純ちゃんも可愛いしね。」
そう教えてくれる中瀬さんは、一瞬その表情に【憂い】を滲ませた。
今日ここに来てから、何となく感じてはいたが――。
やっぱり中瀬さんは、姉さんに惚れてたんだな…。
「やだ、まだそんな気持ち悪いこと言ってる。やめなさいって、中学生じゃあるまいし。こんな“自由奔放な男”、私は願い下げだったのよ。すぐ海外旅行へ行くし、将来は同業になるんだし。“医者じゃない私”になれる時がないなんて、疲れてしょーがない。家に帰っても症例の話ばっかりとか…想像したら嫌だったのよ。」
なるほどな。そんな理由か……。
確かに、パートナーが【同業者】っていうのは良し悪しありそうだ。
姉さんの言葉は辛辣だが、中瀬さんとの信頼関係があるからこその言い回しだと分かる。発言を聞く限り、姉さんも彼を嫌ってはいない。
「まだそんなこと言ってる。」という会話から、彼が告白し…失恋も含めて紆余曲折あったことが窺える。
姉さんがさっき言った「“医者じゃない私”になれる時がない。」って言葉の中に含まれる【真意】を彼はきっと受け止めたんだ。
そして姉さんの幸せを一番に考え、願って……恋愛に進展させない道を彼は選択した。
中瀬さんにとって、姉さんは…それほどまでに“大事な女”だったんだ。
これが中瀬さんの【好きな女の愛し方】か。
尊敬するな……。
さすがは姉さんが紹介してくれた人だ。
「……さて。姫野さん、本条さんの演奏に聴き入ってたから声掛けなかったけど…レモンティーどうぞ。」
「…あっ。ごめんなさい、ラップまで…。お気遣いありがとうございます。…頂きます。」
「召し上がれ。」
「…あの、中瀬さん…。」
「はい?」
「先ほど…。1杯目のストロベリーティーを"これ"で出していただいた時から気になっていたのですが、このカップとソーサーはどこかから譲り受けたものですか?」
――「フッ、本条さん。やるねぇ……。」
――「雅ちゃんの【感動】と【涙】を攫っていくなんて…。昴ったら罪作りなことしちゃって…。」
姉さんと中瀬さんがそう言っているのを、俺は背中で聞いた。
フッ。泣いてるのか……。
俺のこんな拙い演奏で感動してくれるなら、衝動的にではあったが…弾いて正解だったな。
明後日が誕生日だって言うし、"プレゼント"とか"ご褒美"ぐらいになれば良い。
あなたは、自分が「好きだ。」と言った"この曲"を聴きながら…癒されてくれれば良い。
“努力を惜しまないあなた”に、俺は"この曲"を贈りたい――。
そう思ったんだ。
そんな"想い"を乗せるように、俺は一音一音を丁寧に弾いた。
最後の一音を鳴した時、音の余韻と交わる形で複数の拍手が聞こえてきた。
演奏後の一礼をしようと振り返ると、俺から2mほどの距離を空けて姫野さんが立っていた。そして頬には涙を伝わせていたが…表情は笑顔だった。
【泣き笑い】という言葉は、こんな時に使うのだろう。
「本条課長、ありがとうございます。"私の大好きな曲"を弾いて下さって…。でもこのタイミングで、この選曲はズルイですよ。だからモテるんでしょうね。」
「モテるどころか…俺が『冷徹人間。』って呼ばれてるのを…姫野さんだって知ってるだろ?ところで少しはリラックスできたか?」
「はい、とても。2日早いですけど…とても素敵な【誕生日プレゼント】をいただいたと勝手に思っています。…課長が『冷徹人間。』って言われているのは、あなたがそう仕向けているからですよね?そうしないと【面倒なこと】が多々ありますから…。課長は…優しい方です。」
「はは。そう思ってもらえるなら演奏した甲斐があるよ。…姫野さん……参ったな、あなたに噓はつけないな。」
ホント、あなたには敵わない…。
そんな俺と姫野さんの会話に――。
「お前、狙ってやったの?」だの……
「お前、カッコつけすぎじゃない?」だの……
「昴ったら、カッコつけちゃって。女の涙を攫っていくなんて…この罪は重いわよー。」だの……
何だかんだと言いながら入ってくるのは、“先輩”と蛍と姉さんだ。
「うるさい。黙れよー。」
冗談だと分かっているから、こちらも軽口であえて言葉悪く返してやる。
姉さんは義兄さんとやってろ…。
“先輩”と蛍は人に言うより先に、自分が鈴原と立花さんを落とせよ…。
「いや、ここはカッコつけるとこでしょ。姫野さんが幸せそうだから、これはカッコつけた甲斐があるってもんでしょ。…ね、姫野さん。」
中瀬さんはそう言って姫野さんにサラッとウィンクしていた。
そして彼女もまた、それに応えるように茶目っ気たっぷりにこう切り返す。
「中瀬さん、どうしてそれ言っちゃうんですかー。『課長には内緒にして下さい。』ってお願いしたのにー。…なーんて。ふふっ。」
…っ!姫野さん、それは反則だろ。可愛いすぎる。
「“雅姉さん”、かわいい。」
観月も反応早いし…悠長なことはしてられないが、姫野さんを怖がらせるわけにはいかないし…。複雑だよなー。
「やめてよ~!観月くんったら…。可愛くないから。」
「フフッ。さすが姫野さん、ノリも良いね。これは“追いかける男たち”は大変だねー。……でも、このタイミングで“昴くん”をイジるの…僕としては【いただけない】かなー。だって。今カッコつけなかったら、いつつけるの?…まぁ。“なぎちゃん”の言い方には【冷やかし】やら【褒め】やら【女性の代弁】やら、いろいろ含んでるのも分かるけど。“弟くん”イジメたら可哀想だよ。」
「俺も、この話題に関しては中瀬さんに同意するな。カッコつけたい時も…カッコつけなきゃいけない時あるからな…。」
「それは…何となく、私たちも分かります。姫ちゃんの好きな曲をセレクトして弾いた本条課長…カッコイイなって思いました。」
「"気遣い"だって、分かるか…分からないかぐらいでやってのけちゃうから憎いんですよねー。姫野さんの好きな曲の情報なんて、いつ入手したんですか?」
さすがは中瀬さんと柊…。よく見てる。
はは。鈴原と立花さんもありがとう。
個人トークでのことは…何となく他のメンツには言いたくない気分だ。
「立花さん、それは黙秘権を行使しておくことにするよ。」
「えっ!?」
揃いも揃って、そんなに驚いた顔するなよ。
「あらー。あんたがハッキリ拒否するなんて珍しい。…昴の口から『黙秘権の行使』なんて言葉を聞いちゃったら、それ以上の深掘りはできないと思った方がいいわよー。それにしても。ホント、昴と柊くんって…空気感似てるわよね。あなたたちの大学時代から思ってたけど…。」
そう言った姉さんに対し、蛍がすかさず「中瀬さんと渚さんも【ただの同業者】ってだけじゃないように見えるんですけど…。さっきも『“なぎちゃん”の言い方は――。』みたいなこと言ってたし。…もしかして付き合ってたことあるとか?」なんて涼しい顔で問い掛ける。
蛍…!お前、【あえて誰も聞かなかったところ】を…!
「“僕たち”は…そこまでいかなかったんだ。“なぎちゃん”のことはずっと大好きだけど、僕と彼女はそういう巡り合わせじゃなかった…。僕の…“永遠の片想いの人”なんだろうね…彼女は。でも奏士さんと居る“なぎちゃん”幸せそうだからね、それ見て満足してるかな。響くんも花純ちゃんも可愛いしね。」
そう教えてくれる中瀬さんは、一瞬その表情に【憂い】を滲ませた。
今日ここに来てから、何となく感じてはいたが――。
やっぱり中瀬さんは、姉さんに惚れてたんだな…。
「やだ、まだそんな気持ち悪いこと言ってる。やめなさいって、中学生じゃあるまいし。こんな“自由奔放な男”、私は願い下げだったのよ。すぐ海外旅行へ行くし、将来は同業になるんだし。“医者じゃない私”になれる時がないなんて、疲れてしょーがない。家に帰っても症例の話ばっかりとか…想像したら嫌だったのよ。」
なるほどな。そんな理由か……。
確かに、パートナーが【同業者】っていうのは良し悪しありそうだ。
姉さんの言葉は辛辣だが、中瀬さんとの信頼関係があるからこその言い回しだと分かる。発言を聞く限り、姉さんも彼を嫌ってはいない。
「まだそんなこと言ってる。」という会話から、彼が告白し…失恋も含めて紆余曲折あったことが窺える。
姉さんがさっき言った「“医者じゃない私”になれる時がない。」って言葉の中に含まれる【真意】を彼はきっと受け止めたんだ。
そして姉さんの幸せを一番に考え、願って……恋愛に進展させない道を彼は選択した。
中瀬さんにとって、姉さんは…それほどまでに“大事な女”だったんだ。
これが中瀬さんの【好きな女の愛し方】か。
尊敬するな……。
さすがは姉さんが紹介してくれた人だ。
「……さて。姫野さん、本条さんの演奏に聴き入ってたから声掛けなかったけど…レモンティーどうぞ。」
「…あっ。ごめんなさい、ラップまで…。お気遣いありがとうございます。…頂きます。」
「召し上がれ。」
「…あの、中瀬さん…。」
「はい?」
「先ほど…。1杯目のストロベリーティーを"これ"で出していただいた時から気になっていたのですが、このカップとソーサーはどこかから譲り受けたものですか?」