男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「あの、話が見えてなくてすみません。どうして、“姉さん”の家柄がバレると良くないんですか?」

そう問い掛けてくる津田に、俺は――。


姫野さんのルックス…または【一夜を過ごす】目的で男が近寄って来ること――。

姫野さんの家の財産目当てで男が近寄って来ること――。

〔Office Queen Field〕というブランドの肩書きが欲しい者……
     またはその恩恵を利用しようと男女問わず近寄って来ること――。


姫野さんの素性がバレると良くない理由を、思いつく限り津田に伝えてやる。

「それに。津田、お前ももうすでに一部は見聞きしてるはずだ。この40分間ぐらいの話もそうだが、俺と姫野さんと各部署へ挨拶回りに行った時の美島さんたちの態度覚えていないか?」

「あっ!そうだ、“姉さん”のことすごくバカにしてました。」

「そうだろ?…それでだ。彼女に姫野さんが〔OQF〕の社長令嬢だと明かしたらどうなると思う?」

「えっと…。美島さんが、“姉さん”から受ける恩恵…何だろ?」

「ちなみに、美島さんは〔美島運送〕の社長令嬢だよ。それから。彼女も、彼女の母親も〔OQFブランド〕をこよなく愛しているらしいよ?」

俺と津田の会話に、“鳴海先輩”も加わる。
ははっ。その皮肉たっぷりな言い方…。“先輩”のブラックなところ出たよ。

「…ってことは。自分とこの会社と提携を結んでもらうように()びてくるとか、逆に提携を切られないように()びてくるとか、ありそう…。『〔QOF〕の新商品が出ると運送会社も忙しい。』って言うぐらいだし。」

「あとは。商品、タダで貰おうとしたりとか…。」

分かってんじゃねぇか。桜葉、観月。
美島なら、タダで貰うなんてことも普通にやりかねない。

「それは大いにあり得ると思うわ。桜葉くん、観月くん。……私は基本的にはそういう考え、好きじゃない。だから本当のことを言わずにいたの。今までそんなことばかり考える人、たくさん見てきたけど…それって“人”を見ていない気がするから。」

そうだろうな……。
【大人の世界】という名の現実を知ってなお…“心が綺麗なあなた”にしてみれば、美島みたいな私利私欲で動く人間は嫌いだろうな。本当に"お疲れ様"と思うよ。

「“雅姉さん”……。」

観月たちも、思うところがあったようだ。

「『…まずは自分が心身ともに元気で居なさい。その次に周り人を気遣いなさいね、自分が元気じゃないと他人に気なんか使えないから。……“物を作る人”、“商品を手に取ってくれる人”、“流通を支えてくれる人”…その他大勢の人たちが居て、初めて私たちは仕事ができる。だから、できる限り1人1人をちゃんと見て“人”を大切にしなさいね。』というのが両親の口癖で…。だから“人”を大切にしない、私利私欲で動く人は…私、嫌いです。」

「…というわけだ、津田。」と言って、津田に姫野さんからのパスを投げてやった。

「なんか…僕、キャパオーバーですけど…“姉さん”の家のことがバレると“せこい奴”が汚いことを考えて動くから面倒くさいっていうのは分かりました。」

津田の返答を聞いて、俺は笑いながらこう返してやる。

「ククッ!それだけ分かれば上等だよ。」

「ありがとう、津田くん。大正解よ。」

「なるほど。本条さんが仰ってた通りの状況でしたね。…申し訳ありません、姫野さん。実はあなたがここに来る前に、あなたが〔OQF〕の社長令嬢であることは本条さんにお聞きしたんです。…ちょうど食器の話題になったものですから。それから、良いご両親だ…。」

「中瀬先生、すみません。勝手に話を進めてしまって…。両親のことは…ありがとうございます。何かの折に伝えておきます。…中瀬先生なら構いません。それに。本条課長なら、多くは語らず必要な情報だけ先生のお耳に入れたかと思うので。……ありがとうございます、課長。」

「いいえ、話を進めていただいたのは構いませんよ。むしろ、こちらもこの後お話をお伺いしようと思っているところのキーワードが聞けたので助かりました。『多くは語らず必要な情報だけ先生のお耳に。』か…。よく理解されていますね、本条さんを。…そして信頼関係ができてますね、安心しました。」

「いや、礼を言われるほどのことはしてないよ。姫野さん。…中瀬さんの方こそ、みなまで言わずとも理解して下さっていたから。」

俺は姫野さんに礼を言われて照れてしまい、話を逸らすように中瀬さんの話題にすり替えた。

「いや、もう私の場合は【職業病】ですから。」

「ふふっ。そうかもしれませんね…。…それで、話はティーカップとソーサーに戻るんですけど。…これはどういう経緯でお店に来たんですか?」

「贈り物として…お送りいただいたんです。あなたのご両親に。」

「……じゃあ。中瀬先生が、父の“スランプ解消を手伝って下さった方”だったんですね。…その節は、ありがとうございました。」

ここで中瀬さんは、先ほど俺に話してくれた【2,3年前にアメリカで姫野夫妻と会った時の話】を改めて説明していた。
それに続けるように…姫野さんも、中瀬さんに贈られたその品が【1点もの】だという裏話をしていた。

すると――。

(りつ)くん。何ちゃかり物貰ってるのよ!」とか、「えぇっ!?世界に1つだけの貴重品!…中瀬先生、羨ましいです!私も欲しーい。」とか、「えっ、マジですか!?俺も欲しいです。」とか数人から言われていた。
それに対して姫野さんが、「何かの折に、父と母に伝えておきましょうか?」と言い出したので、俺は"おいおい、大丈夫か?…それ。"と少し心配したのだった。

「いや、しかし。これが本当に【うちの店のためにデザインして下さった1点もの】だったとは……。貴重な物を…ありがとうございます。…ご縁ですね。」

「おそらく、中瀬先生に完成品を送った後だと思いますけれど…。父から『誰かのために作るって、やっぱり良いね!使ってくれる人のことを考えてやり始めたら、作れなかったのが嘘みたいにアイデアが浮かんできたよ。どんなに忙しくても、使ってくれる人のことを忘れちゃダメだね!』ってトークアプリで写真とメッセージ送ってきて、"スランプ抜けたんだな。"って…私もホッとしたんです。」

「そうでしたか。」

「その日までの数週間…本当に何もデザインできなかったみたいで…。母からは『パパが心配。』ってメッセージ来るし、父からは『デザイン浮かばない…どうしよう。でも、ママが心配してる。どうしよう、雅。』って来るし、妹からは『両親のメッセージがうるさい。お姉ちゃん、2人を黙らせて。』って来るし…私も大変だったんです。」

なるほど。
両親は娘たちを溺愛してて、娘たちはちょっと冷めてる状態か…。

大変だよな、親・姉兄(きょうだい)の相手って…。お疲れ。

妹さん…居るんだな。

俺は、いろんなことを思いながら…姫野さんの話を聞いていた。

「あはは。なるほど、ご両親がどちらかと言えば…【子離れ】できていない状態ですね?」

「そうですね。両親が過保護すぎて、私と妹は『恥ずかしいからやめて!』って言わなきゃいけない状態に…よくなりますね。ちなみに〔Queen Field〕と命名したのは、私です。両親は【princess】を入れたいようでしたが、『語呂もイマイチだし、あからさまだからやめて!』って妹と止めたんです。」
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