男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「…あぁ。そうだ、出発前に…。姫野さんに良い意味で【大事な話】があるんだ。…ごめんね、ずっと希望出されていたのに。こっちが"後任探し"に思いの外、手間取って…。加々美さん。出向期間満了だから…戻ってくるように手配したし、姫野さんには他部署へ異動してもらう方向で話を進めてるからね。ただ、剛が素直に納得するかどうか…。まぁ、そこは新一とも考えるよ。でも安心して、アイツのところからは完全に逃がしてあげる。」
異動の件、考えて下さってたんだ。
1年前に、重役の方々に〈PTSD〉であることを打ち明けた際…実は部署異動の打診もしたことがあった。
でも、「前向きに検討していきたいと思います。」とその時は回答いただいたものの、そのあと何のアクションも無かったから"やっぱりそう簡単な話じゃないか…。"と諦めていたのに…。
そっか。茉莉子先輩、戻ってくるのね。
これで常務がどうなるか、かな…。落ち着くかしら。
「それと。半年ほど様子を見てたけど、"美島さんたちからの嫌がらせ"も収まらないし…。まぁ。ほぼ決定事項だから伝えたけど…ちゃんと説明したいし、姫野さんの意思を大切にしたいから詳しいことは近日中に改めて会社で…。」
嫌がらせのことまで気にして下さるなんて……。
「専務…ありがとうございます。」
もう…胸がいっぱいで「ありがとう。」しか言えなくなってしまう。
「どういたしまして。異動の件…もし気になるなら、叶に聞いてくれても構わないけど。…叶、【僕が君に話したところ】までは彼女に話してくれても良いから。メリット・デメリット含めてね。」
「分かったわ、誠さん。」
異動の件の話をした後、専務から「プライベートでは下の名前で呼んでもらえると嬉しい」という申し出があった。
"どうして?…恐れ多い!"と思いながら理由を尋ねると、「剛や新一と3人で一緒に居ることも多いから紛らしくてね。」とか「プライベートな時間にまで"専務”って呼ばれると、ずっと仕事してる気分になるから落ち着かなくてね」という返答が返ってきて妙に納得してしまう。
こんな流れで、プライベートでは“誠さん”とお呼びすることになった。
実は…この話は前々から言いたかったらしいのだが、変に『深い意味で捉えられたくない。』ということで伝え方を迷っていたのだとか。
ただ、叶先輩の反応が気になる。
彼女が、嫌な気持ちになってなければいいのだけれど…。
そんな私の思考が叶先輩に伝わっていたのか、「名前で呼んだぐらいで妬かないし、こんなことで妬いていたらこの人の婚約者なんて務まらないもの。」と笑っていた。
そして、誠さんからも「大丈夫だよ、僕のこと名前で呼ぶくらいは。叶が妬いたら…僕が後フォローをしっかりすれば良いだけだし。」と伝えられる。
この時、叶先輩にはとっても優しい笑みが向けられていた。
「ふふっ。でも、そんなことまで考えてくれたの?ありがとう。雅ちゃんの、そういう優しいところ大好きよ。」
私も、こんなこと言ってくれる…優しい叶先輩が大好きだ。
「さぁ。じゃあ、姫野さんの着替え預かってくるから。叶、あとまた頼むね。」
「えぇ。雅ちゃんのことは任せて。誠さんこそ…新一くんと柚奈ちゃんが困らないところで降ろしてあげてね。」
「分かってるよ。…新一、鈴原さん、行こうか。」
そう言って誠さんは…柚ちゃんと鳴海部長に声を掛け、3人で病室を後した。
**
「白石先生と本条先生、遅いわね。忙しいのかしら。」
「もう少し待ってみます。コールして、遅れてる時はだいたい他の患者さんの処置か救急の対応ですから。」
「そうなのね。雅ちゃんが疲れたりして…早く休みたいわけじゃなければ、待ちましょ。……さっきの異動の話、気になってるでしょ?きっと。話すわね。」
「はい、お願いします。」
叶先輩が、先ほど誠さんが話してくれたことの詳細を教えてくれた。
「今から話すことは、あくまでも…社長や誠さんの頭にある【構想】の話ね。」
「はい。」
「まずはデメリット部分の話から…。おそらく、このままいけば…雅ちゃんは4月から〔開発営業部〕の〔営業第1課〕へ異動することになりそう。」
…えっ!? 嘘でしょ?
男性が苦手な私が、よりにもよって男性比率の高い〔開発営業部〕へ異動だなんて……。
〔開発営業部〕の〔営業第1課〕では、確かに今年1月から欠員が出ている。
女性社員が辞めた理由は、その人の家族の事情だとも…見向きもされないのに、営業課長の3人を口説き続けていたとも言われている。
「そうよね、女性より男性の方が圧倒的に多い部署だから…不安よね。分かる。でも、とりあえず最後まで聞いて?」
思っていることが顔に出てしまっていたらしい。
「はい……。」
「……確かに。1月から〔営業第1課〕に欠員が出てて困ってた。…どこも人手不足だから。でも〔開発営業部〕は男性比率の高いし…"雅ちゃんが不安だろうな‟とも思ったから、社長や誠さんにも言っておいたの。」
私の心配…。叶先輩、ありがとうございます。
「そしたら、『欠員補充のためだけなら他の人を動かしましょう。』ってなったんだけど…。…ここからはメリット部分の話ね。2週間くらい前だったかな…。部長である新一くんと、〔第1課〕の課長である本条さんが直訴に来たのよ。『うちの商品をもっと海外の市場に売り出すつもりなら、姫野さんの語学力をぜひうちの部署で貰いたい。』って。」
私の語学力を…技量を評価の上で〔営業1課〕から呼ばれているの?
こんなこと…久しぶりかもしれない。
ルックスや、立ち振る舞いの面で“傍に居ても恥ずかしくない女”として最近は常務に同行させられていた気がする。
だからそれ以外で求められているのは…嬉しい。
「"さすが本条さんね"と思ったわ。開口一番がその一言で、会社の利益を口にするんだもの。話を聞かないわけにはいかないじゃない?……しかも、そう切り出して話し始めてからがすごかったのよ。まさに"本領発揮"って感じだった。」
「……というと?」
異動の件、考えて下さってたんだ。
1年前に、重役の方々に〈PTSD〉であることを打ち明けた際…実は部署異動の打診もしたことがあった。
でも、「前向きに検討していきたいと思います。」とその時は回答いただいたものの、そのあと何のアクションも無かったから"やっぱりそう簡単な話じゃないか…。"と諦めていたのに…。
そっか。茉莉子先輩、戻ってくるのね。
これで常務がどうなるか、かな…。落ち着くかしら。
「それと。半年ほど様子を見てたけど、"美島さんたちからの嫌がらせ"も収まらないし…。まぁ。ほぼ決定事項だから伝えたけど…ちゃんと説明したいし、姫野さんの意思を大切にしたいから詳しいことは近日中に改めて会社で…。」
嫌がらせのことまで気にして下さるなんて……。
「専務…ありがとうございます。」
もう…胸がいっぱいで「ありがとう。」しか言えなくなってしまう。
「どういたしまして。異動の件…もし気になるなら、叶に聞いてくれても構わないけど。…叶、【僕が君に話したところ】までは彼女に話してくれても良いから。メリット・デメリット含めてね。」
「分かったわ、誠さん。」
異動の件の話をした後、専務から「プライベートでは下の名前で呼んでもらえると嬉しい」という申し出があった。
"どうして?…恐れ多い!"と思いながら理由を尋ねると、「剛や新一と3人で一緒に居ることも多いから紛らしくてね。」とか「プライベートな時間にまで"専務”って呼ばれると、ずっと仕事してる気分になるから落ち着かなくてね」という返答が返ってきて妙に納得してしまう。
こんな流れで、プライベートでは“誠さん”とお呼びすることになった。
実は…この話は前々から言いたかったらしいのだが、変に『深い意味で捉えられたくない。』ということで伝え方を迷っていたのだとか。
ただ、叶先輩の反応が気になる。
彼女が、嫌な気持ちになってなければいいのだけれど…。
そんな私の思考が叶先輩に伝わっていたのか、「名前で呼んだぐらいで妬かないし、こんなことで妬いていたらこの人の婚約者なんて務まらないもの。」と笑っていた。
そして、誠さんからも「大丈夫だよ、僕のこと名前で呼ぶくらいは。叶が妬いたら…僕が後フォローをしっかりすれば良いだけだし。」と伝えられる。
この時、叶先輩にはとっても優しい笑みが向けられていた。
「ふふっ。でも、そんなことまで考えてくれたの?ありがとう。雅ちゃんの、そういう優しいところ大好きよ。」
私も、こんなこと言ってくれる…優しい叶先輩が大好きだ。
「さぁ。じゃあ、姫野さんの着替え預かってくるから。叶、あとまた頼むね。」
「えぇ。雅ちゃんのことは任せて。誠さんこそ…新一くんと柚奈ちゃんが困らないところで降ろしてあげてね。」
「分かってるよ。…新一、鈴原さん、行こうか。」
そう言って誠さんは…柚ちゃんと鳴海部長に声を掛け、3人で病室を後した。
**
「白石先生と本条先生、遅いわね。忙しいのかしら。」
「もう少し待ってみます。コールして、遅れてる時はだいたい他の患者さんの処置か救急の対応ですから。」
「そうなのね。雅ちゃんが疲れたりして…早く休みたいわけじゃなければ、待ちましょ。……さっきの異動の話、気になってるでしょ?きっと。話すわね。」
「はい、お願いします。」
叶先輩が、先ほど誠さんが話してくれたことの詳細を教えてくれた。
「今から話すことは、あくまでも…社長や誠さんの頭にある【構想】の話ね。」
「はい。」
「まずはデメリット部分の話から…。おそらく、このままいけば…雅ちゃんは4月から〔開発営業部〕の〔営業第1課〕へ異動することになりそう。」
…えっ!? 嘘でしょ?
男性が苦手な私が、よりにもよって男性比率の高い〔開発営業部〕へ異動だなんて……。
〔開発営業部〕の〔営業第1課〕では、確かに今年1月から欠員が出ている。
女性社員が辞めた理由は、その人の家族の事情だとも…見向きもされないのに、営業課長の3人を口説き続けていたとも言われている。
「そうよね、女性より男性の方が圧倒的に多い部署だから…不安よね。分かる。でも、とりあえず最後まで聞いて?」
思っていることが顔に出てしまっていたらしい。
「はい……。」
「……確かに。1月から〔営業第1課〕に欠員が出てて困ってた。…どこも人手不足だから。でも〔開発営業部〕は男性比率の高いし…"雅ちゃんが不安だろうな‟とも思ったから、社長や誠さんにも言っておいたの。」
私の心配…。叶先輩、ありがとうございます。
「そしたら、『欠員補充のためだけなら他の人を動かしましょう。』ってなったんだけど…。…ここからはメリット部分の話ね。2週間くらい前だったかな…。部長である新一くんと、〔第1課〕の課長である本条さんが直訴に来たのよ。『うちの商品をもっと海外の市場に売り出すつもりなら、姫野さんの語学力をぜひうちの部署で貰いたい。』って。」
私の語学力を…技量を評価の上で〔営業1課〕から呼ばれているの?
こんなこと…久しぶりかもしれない。
ルックスや、立ち振る舞いの面で“傍に居ても恥ずかしくない女”として最近は常務に同行させられていた気がする。
だからそれ以外で求められているのは…嬉しい。
「"さすが本条さんね"と思ったわ。開口一番がその一言で、会社の利益を口にするんだもの。話を聞かないわけにはいかないじゃない?……しかも、そう切り出して話し始めてからがすごかったのよ。まさに"本領発揮"って感じだった。」
「……というと?」