男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「本当に良いの?…そこまで言われたらありがたく受け取りたくなるけど。…じゃあ、スイーツ好きの僕としては楽しみに待ってますね。苦手な物は無いので何でもウェルカムです。」
「ふふっ、分かりました。…でも、もしお礼のタイミングが同じだったら…柚ちゃんの作ったものを一番最初に食べてあげて下さいね。」
「ひ、姫ちゃんっ!私のことは…!」
はは。鈴原、顔真っ赤だな。
「クスッ!…姫野さん、あなたは本当に優しい人だ。分かりました。そうしますね。……さぁ、昴。お前、車回してこいよ。」
「はい。……姫野さん、姉さん、ちょっと待っててくれ。車回してくるから。」
「えっ…。私も、ですか?」
"まさか"って顔してるな。電車で帰るつもりだったか?
「【車】っていう狭い空間が怖いなら電車で送るが…。どっちが姫野さんにとってリラックスできるかだな、どうしたい?…ちなみに、俺の車で帰るなら今日のドライブミュージックはジャズセレクションだ。」
「――っ!本条課長っ、ズルイですよ。カッコよすぎます。アルコールを口にしてない"あの時"から…そのつもりだったんですね。渚さんの【足】の確保はもちろんですけど。……課長が"乗せても良い"と思って下さるなら、ぜひ乗せて下さい。それと、すみません。課長が今日アルコールを口にできなかったのは、私が【理由】でもあったんですね。」
――っ!俺から言わせれば、狡いのはあなたの方だよ……。
なんて表情してるんだよ…。
そんな切なそうな表情されたら、男の方が放っておけなくなることは、あなた自身が身をもって経験してるだろうに…。
やっぱり、1人でなんて帰らせられない。
いや、俺が公共交通機関で帰したくないんだ…。
他の男にあなたのそんな紅潮した顔なんて見せたくない。
「いいんだよ、俺のことは。また飲みに来たらいいんだから。今日は姫野さんのことを知る機会が作れて本当に良かった。……よし。じゃあ決まり。……車の価値が分かるあなたなら、俺は喜んで乗せるさ。」
「課長……。」
そして俺は愛車を取りに行き、店の裏の駐車場から入口の前へ回してくると全員が外に出ており、姉さんと姫野さんを中心にして集まっていた。
「姫野さん。今、助手席空けるな。ちょっと待っててくれ。」
俺が運転席から降りて、助手席のドアに手を掛けると……。
「ちょっと待って下さい、課長。…あの、ちょっと後部座席に乗ってみて良いですか?…乗りかけてみて"やっぱり無理"って止めるかもしれませんけど…。」
姫野さんからの予想外の申し出に、姉さんを筆頭にこの場に居る全員が驚いて目を見開いた。
「えっ!?雅ちゃん大丈夫?無理してないかしら?今日はもう十分すぎるぐらい頑張ったんだからいいのよ?また別の機会でも。」
「実はちょっと無理してるかもしれません。でも、〔BMW〕には助手席と運転席だけじゃなく後部座席にも乗れるようになっておきたいんです。私も"好きで憧れてる車"だから……。」
「そういうことかぁ。事情は分かったわ。…というか。雅ちゃんも車好きなのね、知らなかったわ。昴が気に入るわけねー。」
うるせぇな、ほっとけよ。
「ちょっと待っててね。……昴。ちょっと来なさい。…律くーん。」
「姫野さん。少し待たせるけど、ごめんな。姉さん、俺と中瀬さんを呼びながらまた店内入ってったから…おそらく何かの相談だと思う。すぐ戻る、待ってて。」
「はい、待ってます。」
俺が再び店内に入ると、「“なぎちゃん”、どうしたの?」と中瀬さんはすでに姉さんとの会話を始めていて、彼への要望を伝え終わると今度は俺に向かってこう告げる。
「…昴。雅ちゃんだけど…。おそらく症状が出るとしたら【ドアを開けて車内を見た瞬間】か【車に乗り込む動作の最中】だと思う。そこは私たち3人で気を張ってましょ。あとは本当はあまり良くないけど、途中で路肩駐車できるポイントがたくさんあるルートを通って彼女を送り届けられるように考えてもらえる?」
「その手の相談じゃないかと思ったよ、姉さん。分かった、そのようにするよ。」
「お願いね。」
「あぁ。」
こんな打ち合わせを瞬間的に繰り広げて、俺と姉さんは中瀬さんと共に姫野さんたちの元へ急いで戻った。
「姫野さん、待たせて申し訳ない。さぁ、どうぞ。」
俺はそう言って後部座席のドアを開ける。
さて。どう出るだろうな…。
「――っ、嫌ッ…怖いっ!また、駆け巡って……。」
姫野さんがそう言って、怯えた様子で二歩ほど後ずさった。それとほぼ同時のタイミングで、姉さんが口を開く。
「雅ちゃん!!」
受け止めようと思った俺の手も一瞬遅れた。しかし姫野さんの真後ろで見守っていた中瀬さんが、彼女の全身を上手く受け止めてくれていた。
「おっと、姫野さん。大丈夫ですか?フラッシュバックですね。…ここには、あなたと面識のある人しか居ませんから危険は無いですよ。大丈夫、安心して下さい。」
「中瀬さん…あっ、ごめんなさい。そして受け止めて下さってありがとうございます。……やっぱりまだ乗れない…。なんか悔しい、情けないですっ。」
中瀬さんにお礼を告げた後、姫野さんは自然に溢れ出てきた涙を堪えようと、絞り出すように自分の思いを口にする。
「えぇ。悔しいですね、歯がゆいですね…。」
中瀬さんは姫野さんに最大限の共感を示すように、彼女から発せられた言葉をオウム返ししていた。
「次の機会に頑張れば良いんじゃないか?」、「無理することはない、助手席へどうぞ。」
……どの言葉がこの状況に適しているのだろうか。
思い浮かぶ言葉はどれも…感情の込もらない【安っぽく薄い言葉】になりそうで、何か違う気がする。
俺は【正解】を探し出すことができないまま、姫野さんに気の利いた言葉も掛けられず…ドアに片手を置き口を結んだ。
姉さんや中瀬さんは、姫野さんが発した言葉を繰り返し口にすること以外のことはしていない。
こんな時は言葉を掛けない方がいいのだろうか?
「姫野さん(雅ちゃん)、落ち着いてきましたか?……今日のところは助手席に乗せてもらいましょう。またチャレンジする機会は作れますよ、きっと。」
「そうですね…。」
2人が、静寂を破って姫野さんに再び声を掛けるまでの間は、時間にすれば十数秒だったとは思うが…俺にとっては5分にも1時間にも感じられた瞬間だった。
「…昴?助手席、開けてあげて。」
「あぁ、悪い…。……どうぞ、姫野さん。」
「失礼します。」
そう言って恥じらいながら静かに助手席へ乗り込む彼女は、可愛いなと思った。
「ほら。姉さんも。」
「なに、この対応の差は〜。」
「はいはい。開けただけいつもよりサービス良いと思えよ。」
文句言うなら…おいてってやろうか。
「ふふっ。」
良かった。笑ったな…姫野さん。
「…あっ!“なぎちゃん”、本条さん、ちょっと待って。“響くんたち”のアップルパイ持ってくる。」
そう言って少し慌てて店内へ戻っていく中瀬さん。
そして彼を待っている間に、姉さんが後部座席に乗り込むのを見届け…俺も運転席に乗り込んだ。
「ふふっ、分かりました。…でも、もしお礼のタイミングが同じだったら…柚ちゃんの作ったものを一番最初に食べてあげて下さいね。」
「ひ、姫ちゃんっ!私のことは…!」
はは。鈴原、顔真っ赤だな。
「クスッ!…姫野さん、あなたは本当に優しい人だ。分かりました。そうしますね。……さぁ、昴。お前、車回してこいよ。」
「はい。……姫野さん、姉さん、ちょっと待っててくれ。車回してくるから。」
「えっ…。私も、ですか?」
"まさか"って顔してるな。電車で帰るつもりだったか?
「【車】っていう狭い空間が怖いなら電車で送るが…。どっちが姫野さんにとってリラックスできるかだな、どうしたい?…ちなみに、俺の車で帰るなら今日のドライブミュージックはジャズセレクションだ。」
「――っ!本条課長っ、ズルイですよ。カッコよすぎます。アルコールを口にしてない"あの時"から…そのつもりだったんですね。渚さんの【足】の確保はもちろんですけど。……課長が"乗せても良い"と思って下さるなら、ぜひ乗せて下さい。それと、すみません。課長が今日アルコールを口にできなかったのは、私が【理由】でもあったんですね。」
――っ!俺から言わせれば、狡いのはあなたの方だよ……。
なんて表情してるんだよ…。
そんな切なそうな表情されたら、男の方が放っておけなくなることは、あなた自身が身をもって経験してるだろうに…。
やっぱり、1人でなんて帰らせられない。
いや、俺が公共交通機関で帰したくないんだ…。
他の男にあなたのそんな紅潮した顔なんて見せたくない。
「いいんだよ、俺のことは。また飲みに来たらいいんだから。今日は姫野さんのことを知る機会が作れて本当に良かった。……よし。じゃあ決まり。……車の価値が分かるあなたなら、俺は喜んで乗せるさ。」
「課長……。」
そして俺は愛車を取りに行き、店の裏の駐車場から入口の前へ回してくると全員が外に出ており、姉さんと姫野さんを中心にして集まっていた。
「姫野さん。今、助手席空けるな。ちょっと待っててくれ。」
俺が運転席から降りて、助手席のドアに手を掛けると……。
「ちょっと待って下さい、課長。…あの、ちょっと後部座席に乗ってみて良いですか?…乗りかけてみて"やっぱり無理"って止めるかもしれませんけど…。」
姫野さんからの予想外の申し出に、姉さんを筆頭にこの場に居る全員が驚いて目を見開いた。
「えっ!?雅ちゃん大丈夫?無理してないかしら?今日はもう十分すぎるぐらい頑張ったんだからいいのよ?また別の機会でも。」
「実はちょっと無理してるかもしれません。でも、〔BMW〕には助手席と運転席だけじゃなく後部座席にも乗れるようになっておきたいんです。私も"好きで憧れてる車"だから……。」
「そういうことかぁ。事情は分かったわ。…というか。雅ちゃんも車好きなのね、知らなかったわ。昴が気に入るわけねー。」
うるせぇな、ほっとけよ。
「ちょっと待っててね。……昴。ちょっと来なさい。…律くーん。」
「姫野さん。少し待たせるけど、ごめんな。姉さん、俺と中瀬さんを呼びながらまた店内入ってったから…おそらく何かの相談だと思う。すぐ戻る、待ってて。」
「はい、待ってます。」
俺が再び店内に入ると、「“なぎちゃん”、どうしたの?」と中瀬さんはすでに姉さんとの会話を始めていて、彼への要望を伝え終わると今度は俺に向かってこう告げる。
「…昴。雅ちゃんだけど…。おそらく症状が出るとしたら【ドアを開けて車内を見た瞬間】か【車に乗り込む動作の最中】だと思う。そこは私たち3人で気を張ってましょ。あとは本当はあまり良くないけど、途中で路肩駐車できるポイントがたくさんあるルートを通って彼女を送り届けられるように考えてもらえる?」
「その手の相談じゃないかと思ったよ、姉さん。分かった、そのようにするよ。」
「お願いね。」
「あぁ。」
こんな打ち合わせを瞬間的に繰り広げて、俺と姉さんは中瀬さんと共に姫野さんたちの元へ急いで戻った。
「姫野さん、待たせて申し訳ない。さぁ、どうぞ。」
俺はそう言って後部座席のドアを開ける。
さて。どう出るだろうな…。
「――っ、嫌ッ…怖いっ!また、駆け巡って……。」
姫野さんがそう言って、怯えた様子で二歩ほど後ずさった。それとほぼ同時のタイミングで、姉さんが口を開く。
「雅ちゃん!!」
受け止めようと思った俺の手も一瞬遅れた。しかし姫野さんの真後ろで見守っていた中瀬さんが、彼女の全身を上手く受け止めてくれていた。
「おっと、姫野さん。大丈夫ですか?フラッシュバックですね。…ここには、あなたと面識のある人しか居ませんから危険は無いですよ。大丈夫、安心して下さい。」
「中瀬さん…あっ、ごめんなさい。そして受け止めて下さってありがとうございます。……やっぱりまだ乗れない…。なんか悔しい、情けないですっ。」
中瀬さんにお礼を告げた後、姫野さんは自然に溢れ出てきた涙を堪えようと、絞り出すように自分の思いを口にする。
「えぇ。悔しいですね、歯がゆいですね…。」
中瀬さんは姫野さんに最大限の共感を示すように、彼女から発せられた言葉をオウム返ししていた。
「次の機会に頑張れば良いんじゃないか?」、「無理することはない、助手席へどうぞ。」
……どの言葉がこの状況に適しているのだろうか。
思い浮かぶ言葉はどれも…感情の込もらない【安っぽく薄い言葉】になりそうで、何か違う気がする。
俺は【正解】を探し出すことができないまま、姫野さんに気の利いた言葉も掛けられず…ドアに片手を置き口を結んだ。
姉さんや中瀬さんは、姫野さんが発した言葉を繰り返し口にすること以外のことはしていない。
こんな時は言葉を掛けない方がいいのだろうか?
「姫野さん(雅ちゃん)、落ち着いてきましたか?……今日のところは助手席に乗せてもらいましょう。またチャレンジする機会は作れますよ、きっと。」
「そうですね…。」
2人が、静寂を破って姫野さんに再び声を掛けるまでの間は、時間にすれば十数秒だったとは思うが…俺にとっては5分にも1時間にも感じられた瞬間だった。
「…昴?助手席、開けてあげて。」
「あぁ、悪い…。……どうぞ、姫野さん。」
「失礼します。」
そう言って恥じらいながら静かに助手席へ乗り込む彼女は、可愛いなと思った。
「ほら。姉さんも。」
「なに、この対応の差は〜。」
「はいはい。開けただけいつもよりサービス良いと思えよ。」
文句言うなら…おいてってやろうか。
「ふふっ。」
良かった。笑ったな…姫野さん。
「…あっ!“なぎちゃん”、本条さん、ちょっと待って。“響くんたち”のアップルパイ持ってくる。」
そう言って少し慌てて店内へ戻っていく中瀬さん。
そして彼を待っている間に、姉さんが後部座席に乗り込むのを見届け…俺も運転席に乗り込んだ。