男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「“なぎちゃん”。はい、これ。響くんと花純ちゃんに。」
中瀬さんは響と花純との約束通り、姉さんにしっかりとアップルパイを持たせてくれた。
「ありがとう、律くん。ホントに貰っていいの?……あっ、そうだ。高宮さんと“良貴くん”にもよろしく伝えといてね。」
”高宮さん”と“良貴くん”って誰だ?
俺は姫野さんと、"誰だろうな"と顔を見合わせた。
「うん、伝えとくよ。……えっ、ちょっと待って? “良貴くん”って…。何で沢城のことを下の名前で呼んでるの?“なぎちゃん”。」
「えっ?なんでって、『名前で呼んでほしい。』って言われたから……。」
「“アイツ”……。“なぎちゃん”にちゃっかり【お願い】なんてしてんじゃないよ、まったく。よし、“アイツ”明日の夜1回締める。」
「やめなさいって、大学生相手に大人げないわねー。」
はは、なるほど。中瀬さんは妬いてるわけだ。
その、“沢城良貴くん”とやらに。
「本条さん、姫野さん。高宮 創亮はうちのシェフで、沢城良貴は僕と同じくバーテンダーです。先ほど、姫野さんに"営業"をお願いする時に話した“うちで一番機械に詳しくてアドバイスしてくれた人間”っていうのが沢城です。」
「あー。なるほど。」
俺と姫野さんは、同時に反応を返した。
「今日は〈PTSD〉のことを打ち明けるというお話だったので、2人には休んでもらったんです。通常の営業日には居ますから顔合わせした時には改めて紹介しますね。……あ。それと"これ"、お2人に渡しておきます。姫野さん、情緒不安定で助けが必要な時はそこに書いてある連絡先に遠慮なく連絡下さい。僕のプライベート用のものです。」
そう言って、俺と姫野さんに渡された[infini]へのアクセスが記載されている名刺サイズのカードの裏には……中瀬さんの連絡先が書いてあった。
「姫野さん。僕は独り身で同居してる人間も居ませんし、気なんか遣わなくていいですから。体に負担がかかるほど【感情】を溜め込まないで下さい。僕で良かったら、いつでも聞きますよ。“なぎちゃん”だと気を遣うこともあるでしょうし。」
「中瀬さん……。ありがとうございます。」
「なんなら、金土日以外でも店開けますから…いつでもどうぞ。」
中瀬さんは柔らかな笑顔で、俺たちにそう語りかけてくれる。
本当にありがとうございます、中瀬さん。
中瀬さんとの会話のキリを見計らって、“鳴海先輩”も口を開いた。
「昴、ちゃんと送ってってあげなよ。……姫野さん。昴は僕より遥かに運転上手いから安心して送ってもらって下さい。…あと気疲れも相当したと思うから、しっかり休んで下さいね。」
「はい、ありがとうございます。鳴海部長。……柚ちゃんのこと、よろしくお願いします。」
「ひ、姫ちゃんっ!」
顔を真っ赤にして抗議している鈴原を相手にしつつ、姫野さんは立花さんと蛍に…「立花さんをちゃんと送ってあげて下さいね、朝日奈課長。」とか、柊や観月たちにも「皆さん、お気をつけてお帰り下さいね。」と声を掛けていた。
気配り、本当によくできて感心するよ。
「…あっ。本条さん、出発待って!姫野さんに大事な物渡してないし、聞き忘れてる。」
そう言って中瀬さんは、再び店内へ行き…すぐ戻ってきた。
「まずは“なぎちゃん”からのプレゼントのティーパックね。それと、お好きな"アルコール"はございますか?」
フッ、なるほど。中瀬さんも"抜かりなし"だな。
「…あっ!そうでした、頂けるんでした。……えっと、スクリュードライバーが好きなんですけど……。引きますか?」
ほう、スクリュードライバーとは……。なかなかだな。
「あぁ、結構飲めますね。……いいえ。僕はお酒が苦手な女性も、お酒を楽しめる女性も、どちらも魅力的だなと思いますよ。……美味しいウォッカとオレンジジュースをご用意して、次回のご来店をお待ちしてますね。……それじゃ、ここで失礼します。」
俺たちに挨拶し、他のメンツにも挨拶したり会釈しながら中瀬さんは店内に戻っていった。
「それでは“鳴海先輩”、お先に失礼します。」
「失礼します。」
「新一くん、今日はご馳走様でした。これからも昴と雅ちゃんをよろしくね。」
「いいえ、渚さん。こちらこそありがとうございました。」
俺と姉さんは窓を開けて“先輩”に声を掛け、姫野さんは俺越しに挨拶していた。
「姫野さん、姉さん、出すからシートベルトして。」
「本条課長、よろしくお願いします。」
姫野さんのそんな一言を合図に、俺はゆっくりとアクセルを踏んだ。
「姫野さん、姉さん。肌寒かったり暑かったりしないか?」
「大丈夫ですよ、ちょうど良いです。お気遣いありがとうございます。…あの、課長。バッテリーに負荷をかけてしまうことになるので差し支えなければで良いんですが、ルームライトを…。」
「ルームライト?点ければいいか?」
「…お願いします。あの、この空間に慣れたら途中で切っていただいても大丈夫ですから最初だけ。真っ暗というわけでもないですし、雷も鳴ってないので発作までは起きないと思いますけど…。」
「あぁ、そうか。【事件】の時――。悪い、気づかなくて…。」
俺は状況を理解すると、即座にルームライトを点けた。
「いいえ、とんでもないです。そうです。【事件】の時の状況が…。」
「よく言ってくれたな。遠慮しなくていいから、そういうことは。」
「私もちょうど良いわ。…あっ、そうだった。ごめんね、雅ちゃん。……それから、昴。そのつもりしてると思うけど、雅ちゃん家に行って…私を送ってからあんた帰りなさいね。」
姫野さんと姉さんに車内が快適かどうかを聞くと2人とも「ちょうど良い。」と言い、そのあと姉さんに【俺自身も考えを巡せていたこと】を念押しされる。
「あぁ。もちろん、そのつもりだよ。」
そんなこと…言うまでもねぇよ、姉さん。
「えっ、そんなの…お手間じゃないですか!?渚さんのご自宅からでいいですよ。」
「そうすると、この車内に昴と2人で居る時間長くなるけど…大丈夫?」
「それは……。でも、恵比寿からまた新宿に戻って渚さんを送り届けて、そこから課長がご帰宅なんて……。私、やっぱり電車で…。」
「それはダメ!こんな時間に1人でなんて…またストーカーにでも遭ったら…。」
「姫野さん、ここのところ家と会社の往復だけの運転だから退屈してるんだ。夜走るのも好きなんだが、付き合ってくれないか。それに姉さんも言ってるが、この時間だ…送れる状況が作れるなら送りたいんだ、俺がな。この時間からの女性の1人歩きは危ないから。今日は、上司の顔を立てると思って甘えてくれると嬉しい。」
「課長……。優しすぎます、そこまで言われたらお言葉に甘えるしかないじゃないですか…。やっぱり“交渉の黒薔薇”様には勝てないですね。」
「はは!そりゃあ……。あなた様をお1人で帰すなんて…私にはできません。“白薔薇の淑女”。」
「ふふっ。まさか、乗ってくるなんて……。やっぱり“黒薔薇”様は紳士ですね!ありがとうございます。」
そんな会話をしていると、「“黒薔薇”とか“白薔薇”って何よ。」と姉さんからツッコミが入ったから"面倒だな"と感じながらも「会社で勝手にそう呼ばれてたりするんだよ。」と説明する。
すると、「あんたが“黒薔薇”!?」と小馬鹿にしつつも「あー。でも、なんとなく言いたいことも分かるかも…。」なんて言い出すから、俺の方が拍子抜けした。
ちなみに。姫野さんが“白薔薇の淑女”と呼ばれていることに関しては――。
"納得!"だったようだ。
「姫野さん。眠りたかったら寝ていいから……。リラックスしてるといい。…まぁ。こんな環境の方が、かえって緊張するかもしれないが……。」
中瀬さんは響と花純との約束通り、姉さんにしっかりとアップルパイを持たせてくれた。
「ありがとう、律くん。ホントに貰っていいの?……あっ、そうだ。高宮さんと“良貴くん”にもよろしく伝えといてね。」
”高宮さん”と“良貴くん”って誰だ?
俺は姫野さんと、"誰だろうな"と顔を見合わせた。
「うん、伝えとくよ。……えっ、ちょっと待って? “良貴くん”って…。何で沢城のことを下の名前で呼んでるの?“なぎちゃん”。」
「えっ?なんでって、『名前で呼んでほしい。』って言われたから……。」
「“アイツ”……。“なぎちゃん”にちゃっかり【お願い】なんてしてんじゃないよ、まったく。よし、“アイツ”明日の夜1回締める。」
「やめなさいって、大学生相手に大人げないわねー。」
はは、なるほど。中瀬さんは妬いてるわけだ。
その、“沢城良貴くん”とやらに。
「本条さん、姫野さん。高宮 創亮はうちのシェフで、沢城良貴は僕と同じくバーテンダーです。先ほど、姫野さんに"営業"をお願いする時に話した“うちで一番機械に詳しくてアドバイスしてくれた人間”っていうのが沢城です。」
「あー。なるほど。」
俺と姫野さんは、同時に反応を返した。
「今日は〈PTSD〉のことを打ち明けるというお話だったので、2人には休んでもらったんです。通常の営業日には居ますから顔合わせした時には改めて紹介しますね。……あ。それと"これ"、お2人に渡しておきます。姫野さん、情緒不安定で助けが必要な時はそこに書いてある連絡先に遠慮なく連絡下さい。僕のプライベート用のものです。」
そう言って、俺と姫野さんに渡された[infini]へのアクセスが記載されている名刺サイズのカードの裏には……中瀬さんの連絡先が書いてあった。
「姫野さん。僕は独り身で同居してる人間も居ませんし、気なんか遣わなくていいですから。体に負担がかかるほど【感情】を溜め込まないで下さい。僕で良かったら、いつでも聞きますよ。“なぎちゃん”だと気を遣うこともあるでしょうし。」
「中瀬さん……。ありがとうございます。」
「なんなら、金土日以外でも店開けますから…いつでもどうぞ。」
中瀬さんは柔らかな笑顔で、俺たちにそう語りかけてくれる。
本当にありがとうございます、中瀬さん。
中瀬さんとの会話のキリを見計らって、“鳴海先輩”も口を開いた。
「昴、ちゃんと送ってってあげなよ。……姫野さん。昴は僕より遥かに運転上手いから安心して送ってもらって下さい。…あと気疲れも相当したと思うから、しっかり休んで下さいね。」
「はい、ありがとうございます。鳴海部長。……柚ちゃんのこと、よろしくお願いします。」
「ひ、姫ちゃんっ!」
顔を真っ赤にして抗議している鈴原を相手にしつつ、姫野さんは立花さんと蛍に…「立花さんをちゃんと送ってあげて下さいね、朝日奈課長。」とか、柊や観月たちにも「皆さん、お気をつけてお帰り下さいね。」と声を掛けていた。
気配り、本当によくできて感心するよ。
「…あっ。本条さん、出発待って!姫野さんに大事な物渡してないし、聞き忘れてる。」
そう言って中瀬さんは、再び店内へ行き…すぐ戻ってきた。
「まずは“なぎちゃん”からのプレゼントのティーパックね。それと、お好きな"アルコール"はございますか?」
フッ、なるほど。中瀬さんも"抜かりなし"だな。
「…あっ!そうでした、頂けるんでした。……えっと、スクリュードライバーが好きなんですけど……。引きますか?」
ほう、スクリュードライバーとは……。なかなかだな。
「あぁ、結構飲めますね。……いいえ。僕はお酒が苦手な女性も、お酒を楽しめる女性も、どちらも魅力的だなと思いますよ。……美味しいウォッカとオレンジジュースをご用意して、次回のご来店をお待ちしてますね。……それじゃ、ここで失礼します。」
俺たちに挨拶し、他のメンツにも挨拶したり会釈しながら中瀬さんは店内に戻っていった。
「それでは“鳴海先輩”、お先に失礼します。」
「失礼します。」
「新一くん、今日はご馳走様でした。これからも昴と雅ちゃんをよろしくね。」
「いいえ、渚さん。こちらこそありがとうございました。」
俺と姉さんは窓を開けて“先輩”に声を掛け、姫野さんは俺越しに挨拶していた。
「姫野さん、姉さん、出すからシートベルトして。」
「本条課長、よろしくお願いします。」
姫野さんのそんな一言を合図に、俺はゆっくりとアクセルを踏んだ。
「姫野さん、姉さん。肌寒かったり暑かったりしないか?」
「大丈夫ですよ、ちょうど良いです。お気遣いありがとうございます。…あの、課長。バッテリーに負荷をかけてしまうことになるので差し支えなければで良いんですが、ルームライトを…。」
「ルームライト?点ければいいか?」
「…お願いします。あの、この空間に慣れたら途中で切っていただいても大丈夫ですから最初だけ。真っ暗というわけでもないですし、雷も鳴ってないので発作までは起きないと思いますけど…。」
「あぁ、そうか。【事件】の時――。悪い、気づかなくて…。」
俺は状況を理解すると、即座にルームライトを点けた。
「いいえ、とんでもないです。そうです。【事件】の時の状況が…。」
「よく言ってくれたな。遠慮しなくていいから、そういうことは。」
「私もちょうど良いわ。…あっ、そうだった。ごめんね、雅ちゃん。……それから、昴。そのつもりしてると思うけど、雅ちゃん家に行って…私を送ってからあんた帰りなさいね。」
姫野さんと姉さんに車内が快適かどうかを聞くと2人とも「ちょうど良い。」と言い、そのあと姉さんに【俺自身も考えを巡せていたこと】を念押しされる。
「あぁ。もちろん、そのつもりだよ。」
そんなこと…言うまでもねぇよ、姉さん。
「えっ、そんなの…お手間じゃないですか!?渚さんのご自宅からでいいですよ。」
「そうすると、この車内に昴と2人で居る時間長くなるけど…大丈夫?」
「それは……。でも、恵比寿からまた新宿に戻って渚さんを送り届けて、そこから課長がご帰宅なんて……。私、やっぱり電車で…。」
「それはダメ!こんな時間に1人でなんて…またストーカーにでも遭ったら…。」
「姫野さん、ここのところ家と会社の往復だけの運転だから退屈してるんだ。夜走るのも好きなんだが、付き合ってくれないか。それに姉さんも言ってるが、この時間だ…送れる状況が作れるなら送りたいんだ、俺がな。この時間からの女性の1人歩きは危ないから。今日は、上司の顔を立てると思って甘えてくれると嬉しい。」
「課長……。優しすぎます、そこまで言われたらお言葉に甘えるしかないじゃないですか…。やっぱり“交渉の黒薔薇”様には勝てないですね。」
「はは!そりゃあ……。あなた様をお1人で帰すなんて…私にはできません。“白薔薇の淑女”。」
「ふふっ。まさか、乗ってくるなんて……。やっぱり“黒薔薇”様は紳士ですね!ありがとうございます。」
そんな会話をしていると、「“黒薔薇”とか“白薔薇”って何よ。」と姉さんからツッコミが入ったから"面倒だな"と感じながらも「会社で勝手にそう呼ばれてたりするんだよ。」と説明する。
すると、「あんたが“黒薔薇”!?」と小馬鹿にしつつも「あー。でも、なんとなく言いたいことも分かるかも…。」なんて言い出すから、俺の方が拍子抜けした。
ちなみに。姫野さんが“白薔薇の淑女”と呼ばれていることに関しては――。
"納得!"だったようだ。
「姫野さん。眠りたかったら寝ていいから……。リラックスしてるといい。…まぁ。こんな環境の方が、かえって緊張するかもしれないが……。」