男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
3rd Program *“部下”として。“上司”として。
19th Data 誕生日は女子会 ◇雅 side◇
本条課長に[infini]から送ってもらい、マンションのエントランスを走って通り過ぎる。
そして3階の自分の部屋に入ってドアを後ろ手に閉めた瞬間、体の力が一気に抜け…その場にしゃがみ込んだ。
「何やってるんだろう、私……。」
課長の〔BM〕から降りて、「中に入るまで見届けて帰りたいんだが…。」と彼から言われた"あの時"――。
瞬間的に"まだ中に入りたくない"、"もう少し…もう少し話していたい。"と思って会話を引き伸ばした。だから甘いものが苦手じゃないか聞いたり、「課長、また会いたいです……。」と言いかけてしまうなんて醜態を晒してしまった。
本条課長が今日ずっと優しかったから、離れ難かったのだ。
“彼”の傍は……とても居心地が良い――。
それは確かなことだ。
仕事はやりやすいし、私が男性社員に変な風に絡まれていないか…最低限、業務中は見てくれている。
そして、今日初めて知ったけど…… “彼”も読書家でミステリー好きだった。
だから話が弾んで…時間を忘れて、いくらでも話していたい衝動に駆られる。
そんな思いがある反面、その【感情】を認めて本条課長との【心理的距離】や【物理的距離】を縮めることを躊躇している自分がいることも事実で――。
怖いのだ――。
男女問わず「傍に居る。」と一度でも言ってくれた人が、私の元を去っていくことが……。
発作を起こした時…“大切な人”をまた傷つけてしまいそうで……。
また【優しさ】に触れてから【孤独】になるくらいなら、親しくなんかならなくていい。
だけど。そんな感情と、一緒に居て安らぎたい気持ちとが葛藤していた。
そう。心が揺れていることは、否が応でも気づいてしまう状況である。
「ハッ、部屋の中…真っ暗だった。"これ"も気にならないなんて…。どうしちゃったの…私。あっ、いけない。お礼のメッセージ送らなきゃ!」
部屋の電気を点けながら、私はリビングのローテーブルの前まで小走りして……ベッドとテーブルの間に【体育座り】した。
そしてスマホを手に…本条課長と渚さん、鳴海部長と柚ちゃんには個別に――。
残るメンバーにはグループトークに、お礼のメッセージを打った。
その数秒後から【返信の嵐】が到来した。
本条課長からの返信には、どこまでも私を気遣う言葉が並んでいた。
"別れ際"に、"あんなこと"を言いかけて【恥ずかしさ】や【戸惑い】を悟られたくなくて…逃げるような、失礼な態度を取ってしまったにもかかわらず…だ。
みんなからの返信が落ち着いた後は、お風呂に入り……疲労感を感じながらも、幸せな気持ちで眠りに就いた。
**
「うーん。何作ろっかなー。」
翌日の土曜日――。
私は、部長や課長たちに渡すお菓子を何にしようか…レシピサイトを見ながら悩んでいた。
部長や朝日奈課長…そして観月くんたちは、甘いもの好きそうだから良いんだけど――。
問題は、本条課長と堤課長だ。
あの2人は、おそらく【甘党】じゃないと思う。
「…んー。……あっ、"エスプレッソパウンドケーキ"…。これなら本条課長や堤課長も大丈夫かも。」
"そうと決まれば買い出し行こ!"と思っているところに、唯からの着信が鳴り響く。
「{もしもし。お姉ちゃん、明日…"苺タルト"か"フルーツタルト"どっちが良い?}」
開口一番が、これだ。
身内だけだけど、唐突に自分の用件を話し出すところ…ますますお母さんに似てきたわね。
「唯、唐突に用件だけ言うのやめなさい。話分かんないでしょ?手間のかからないもので良いのに…。」
「{いや、分かるでしょ。明日、お姉ちゃん誕生日なんだから。…はいはい。私にまで気なんか使わなくていいから!苺タルトね!}」
「そうじゃなくて……。まず【作る】のか【買ってくる】のか…。【私の家で作る】のか【実家で作って持って来る】のか、いろいろあるでしょ。」
「{えっ、お姉ちゃん家で作るつもりだったけど…ダメ?}」
「はいはい、それならそれで良いわよ。…あぁ、でも。明日柚ちゃんたちも来るし…オーブン足りないから、実家のも持ち出して使うことにしようかな。用意しといてね。柚ちゃん迎えに行くついでに拾ってあげるから。」
「{"ついで"ってひどくない?}」
「はいはい。私、今から明日の準備で買い出し行くとこだったんだから、そんなに唯に構ってられないの。…切るからね。」
「{えっ、"明日の準備"って何?}」
「明日、どのみち家に来るんでしょ?来たら分かるわよ。……じゃあ明日の朝9時45分ぐらい行くから、準備しとくのよ?」
「{えっ。ちょっと、お姉ちゃん――。}」
唯はまだ何か言ってたけど、私は強制的に電話を切った。
だって、"出かけよう!"と思ってるこのタイミングで昨日からの話の流れを説明するのは面倒だから。
こうして、私は大型スーパーやコーヒー専門店…最後には雑貨屋にまで車を走らせた。
「パウンドケーキの材料は買ったし、ラッピング用品も買ったし…いっかな。」と買い忘れがないか確認してから愛車を走らせ帰宅した。
帰宅後は、昼食も摂りつつ…エスプレッソパウンドケーキのレシピを【とにかく頭に入れる】という作業に集中した。
唯はあの調子だから、「手間かけないで。」と言っても苺タルトを勝手に作るだろうし、柚ちゃんは精一杯頑張ってるけど…【見守り】は必須だから。
それに、4人分の夕食も作りたい。
ただ。そこまでやろうとすると、私がみんなと一緒にお菓子を作る時間はきっとそれほど無いから。
そんな風に考えを巡らせていると、柚ちゃんから電話が――。
「もしもし、柚ちゃん?」
「{…っ、っ…姫ちゃぁぁぁぁん!クッキー焼いてみてるけどっ、やっぱり焦げちゃうよぉぉ〜!ママが『材料だってタダじゃないんだからいい加減にしなさい!』って続き作らせてくれなくなっちゃった…。…もぉ!作れないの知ってて、無理言ってくる鳴海部長なんかキライ!}」
時計を見れば、時刻は午後2時過ぎ――。
柚ちゃんのことだ、午前中からクッキーと戦ってたんだと思う。
「鳴海部長なんかキライ!」なんて…ふふっ、柚ちゃん可愛い。
「柚ちゃん、"それ"は嘘ね。鳴海部長がホントに嫌いなら、2回も3回も作らないでしょ。明日で【何度目かの正直】になるよ、絶対。鳴海部長に『キレイにできたじゃん!』とか『美味しい。』って言ってもらおうよ。…今は何枚作って何枚焦げちゃったの?…あと今回は"ダマ"にはなった?」
「ううん。今回は生地は"ダマ"にならなくてキレイにできたよ!姫ちゃんが混ぜ方とか教えてくれたからレシピノートに書いて残してあるし。焦げちゃったのは16枚中…右半分の8枚。」
片側だけ焦げたなら、オーブンの調整かもね。
「すごい、柚ちゃん!ホワイトデーの時より上達してるよ。その調子なら、明日でクッキーはマスターできるよ…頑張ろ、ね?」
「うん…。ごめんね、姫ちゃんところにいくの…毎回【失敗作】の割合多くて…。」
そして3階の自分の部屋に入ってドアを後ろ手に閉めた瞬間、体の力が一気に抜け…その場にしゃがみ込んだ。
「何やってるんだろう、私……。」
課長の〔BM〕から降りて、「中に入るまで見届けて帰りたいんだが…。」と彼から言われた"あの時"――。
瞬間的に"まだ中に入りたくない"、"もう少し…もう少し話していたい。"と思って会話を引き伸ばした。だから甘いものが苦手じゃないか聞いたり、「課長、また会いたいです……。」と言いかけてしまうなんて醜態を晒してしまった。
本条課長が今日ずっと優しかったから、離れ難かったのだ。
“彼”の傍は……とても居心地が良い――。
それは確かなことだ。
仕事はやりやすいし、私が男性社員に変な風に絡まれていないか…最低限、業務中は見てくれている。
そして、今日初めて知ったけど…… “彼”も読書家でミステリー好きだった。
だから話が弾んで…時間を忘れて、いくらでも話していたい衝動に駆られる。
そんな思いがある反面、その【感情】を認めて本条課長との【心理的距離】や【物理的距離】を縮めることを躊躇している自分がいることも事実で――。
怖いのだ――。
男女問わず「傍に居る。」と一度でも言ってくれた人が、私の元を去っていくことが……。
発作を起こした時…“大切な人”をまた傷つけてしまいそうで……。
また【優しさ】に触れてから【孤独】になるくらいなら、親しくなんかならなくていい。
だけど。そんな感情と、一緒に居て安らぎたい気持ちとが葛藤していた。
そう。心が揺れていることは、否が応でも気づいてしまう状況である。
「ハッ、部屋の中…真っ暗だった。"これ"も気にならないなんて…。どうしちゃったの…私。あっ、いけない。お礼のメッセージ送らなきゃ!」
部屋の電気を点けながら、私はリビングのローテーブルの前まで小走りして……ベッドとテーブルの間に【体育座り】した。
そしてスマホを手に…本条課長と渚さん、鳴海部長と柚ちゃんには個別に――。
残るメンバーにはグループトークに、お礼のメッセージを打った。
その数秒後から【返信の嵐】が到来した。
本条課長からの返信には、どこまでも私を気遣う言葉が並んでいた。
"別れ際"に、"あんなこと"を言いかけて【恥ずかしさ】や【戸惑い】を悟られたくなくて…逃げるような、失礼な態度を取ってしまったにもかかわらず…だ。
みんなからの返信が落ち着いた後は、お風呂に入り……疲労感を感じながらも、幸せな気持ちで眠りに就いた。
**
「うーん。何作ろっかなー。」
翌日の土曜日――。
私は、部長や課長たちに渡すお菓子を何にしようか…レシピサイトを見ながら悩んでいた。
部長や朝日奈課長…そして観月くんたちは、甘いもの好きそうだから良いんだけど――。
問題は、本条課長と堤課長だ。
あの2人は、おそらく【甘党】じゃないと思う。
「…んー。……あっ、"エスプレッソパウンドケーキ"…。これなら本条課長や堤課長も大丈夫かも。」
"そうと決まれば買い出し行こ!"と思っているところに、唯からの着信が鳴り響く。
「{もしもし。お姉ちゃん、明日…"苺タルト"か"フルーツタルト"どっちが良い?}」
開口一番が、これだ。
身内だけだけど、唐突に自分の用件を話し出すところ…ますますお母さんに似てきたわね。
「唯、唐突に用件だけ言うのやめなさい。話分かんないでしょ?手間のかからないもので良いのに…。」
「{いや、分かるでしょ。明日、お姉ちゃん誕生日なんだから。…はいはい。私にまで気なんか使わなくていいから!苺タルトね!}」
「そうじゃなくて……。まず【作る】のか【買ってくる】のか…。【私の家で作る】のか【実家で作って持って来る】のか、いろいろあるでしょ。」
「{えっ、お姉ちゃん家で作るつもりだったけど…ダメ?}」
「はいはい、それならそれで良いわよ。…あぁ、でも。明日柚ちゃんたちも来るし…オーブン足りないから、実家のも持ち出して使うことにしようかな。用意しといてね。柚ちゃん迎えに行くついでに拾ってあげるから。」
「{"ついで"ってひどくない?}」
「はいはい。私、今から明日の準備で買い出し行くとこだったんだから、そんなに唯に構ってられないの。…切るからね。」
「{えっ、"明日の準備"って何?}」
「明日、どのみち家に来るんでしょ?来たら分かるわよ。……じゃあ明日の朝9時45分ぐらい行くから、準備しとくのよ?」
「{えっ。ちょっと、お姉ちゃん――。}」
唯はまだ何か言ってたけど、私は強制的に電話を切った。
だって、"出かけよう!"と思ってるこのタイミングで昨日からの話の流れを説明するのは面倒だから。
こうして、私は大型スーパーやコーヒー専門店…最後には雑貨屋にまで車を走らせた。
「パウンドケーキの材料は買ったし、ラッピング用品も買ったし…いっかな。」と買い忘れがないか確認してから愛車を走らせ帰宅した。
帰宅後は、昼食も摂りつつ…エスプレッソパウンドケーキのレシピを【とにかく頭に入れる】という作業に集中した。
唯はあの調子だから、「手間かけないで。」と言っても苺タルトを勝手に作るだろうし、柚ちゃんは精一杯頑張ってるけど…【見守り】は必須だから。
それに、4人分の夕食も作りたい。
ただ。そこまでやろうとすると、私がみんなと一緒にお菓子を作る時間はきっとそれほど無いから。
そんな風に考えを巡らせていると、柚ちゃんから電話が――。
「もしもし、柚ちゃん?」
「{…っ、っ…姫ちゃぁぁぁぁん!クッキー焼いてみてるけどっ、やっぱり焦げちゃうよぉぉ〜!ママが『材料だってタダじゃないんだからいい加減にしなさい!』って続き作らせてくれなくなっちゃった…。…もぉ!作れないの知ってて、無理言ってくる鳴海部長なんかキライ!}」
時計を見れば、時刻は午後2時過ぎ――。
柚ちゃんのことだ、午前中からクッキーと戦ってたんだと思う。
「鳴海部長なんかキライ!」なんて…ふふっ、柚ちゃん可愛い。
「柚ちゃん、"それ"は嘘ね。鳴海部長がホントに嫌いなら、2回も3回も作らないでしょ。明日で【何度目かの正直】になるよ、絶対。鳴海部長に『キレイにできたじゃん!』とか『美味しい。』って言ってもらおうよ。…今は何枚作って何枚焦げちゃったの?…あと今回は"ダマ"にはなった?」
「ううん。今回は生地は"ダマ"にならなくてキレイにできたよ!姫ちゃんが混ぜ方とか教えてくれたからレシピノートに書いて残してあるし。焦げちゃったのは16枚中…右半分の8枚。」
片側だけ焦げたなら、オーブンの調整かもね。
「すごい、柚ちゃん!ホワイトデーの時より上達してるよ。その調子なら、明日でクッキーはマスターできるよ…頑張ろ、ね?」
「うん…。ごめんね、姫ちゃんところにいくの…毎回【失敗作】の割合多くて…。」