男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
柚ちゃんが初めてお菓子作りに挑戦したのが、今年のバレンタインに向けてだった――。
柚ちゃんいわく、「鳴海部長に『手作りのお菓子ちょうだい。』とものすごく懇願されちゃった。」という話だった。
それでお菓子作りの経験が無かった彼女は、泣きながら私に相談してきたのだ。
結局、バレンタイン当日に鳴海部長に渡すつもりだったクッキーは「こんなの渡せない…。市販のチョコ買ってくる。」と柚ちゃん本人が言ったので、私は見守ったのだけれど……そこから頑張るのが彼女なのだ。
バレンタインからホワイトデーまでの間に、"いろいろ作り方は調べてまとめたんだぁ…。"というのが分かる形で【レシピノート】が作られていて、さらにそれを見ながら分からないところは具体的に聞きに来てくれるようにまでなっていた。
こんな柚ちゃんだからこそ、みんなが【構いたくなる】のだと思う。
例年の業務内容から、3月は私が秘書業務に忙殺されることを熟知している彼女は、ホワイトデーの1,2日前に「『作って。』って言われたから持ってきたけど、絶対美味しくないよ。」と前置きしつつも私に【2度目のクッキー】をくれたのだ。
パサついてるものや焦げたものも、確かにあったけれど…キレイに美味しくできているものもあったから1回目より確実に上達していたのを、私はしっかりと覚えている。
「いいの、いいの。それは。私が『柚ちゃんの努力の結晶食べる!』って勝手に食べてるんだから。」
「{姫ちゃん…大好き。}」
「私も大好きだよ、柚ちゃん。…今日はパパ・ママに止められたかもしれないけど、明日は私の家で思う存分作っていいからね!材料買っといたから。」
「{よろしくお願いします、“雅先生!}」
「ふふっ、大袈裟よ。」
そんなやり取りの後に、「明日は唯も来ることになった。」と伝えると、「わぁ、唯ちゃんにも久しぶりに会えるなんて嬉しいなー。」と喜んでくれる柚ちゃん。
もう、ホント可愛い! "ギュー!"ってしたい!
そんな考えを巡らせつつ、勝手に"癒されるなぁ。"なんて思いながら、明日の迎え時間などの話を最終的に確認して私たちは通話を終えた。
さて、明日は何年振りかに賑やかな誕生日になりそうね。
**
「雅ちゃん!久しぶりねー!元気だった?それから…お誕生日おめでとう。」
「ご無沙汰してます、日曜の朝からすみません。お祝いありがとうございます。“柚葉ママ”。」
「いいえ。…柚奈ったら、無理を言ったでしょう?『お菓子作りたい。』だなんて…。」
翌朝、柚ちゃんの実家に彼女を迎えに行くと…柚ちゃんのお母さんに出迎えられる。
「柚奈〜。今日も失敗したら、パパが食べてあげるから。」
「どうして失敗する前提なの!?今日は姫ちゃんのために作るの!そんなこと言うパパの分なんか無いし、キライ!」
そう言って、お父さんから逃げるようにリビングから出てくるのは柚ちゃん。
「ふふっ、相変わらず柚ちゃんが大好きなんですね。“聖真パパ”は。」
「父親というのは、いくつになっても娘が好きなものですよ…雅さん。それにしても、相変わらず美人だね。柚奈が『羨ましい!』って言ってよく話題に出るよ。」
「もう、“パパさん”ったら。“柚葉ママ”と柚ちゃん差し置いて私を褒めるなんて、ダメですよ。」
「はは、さすが雅さん。大人の対応だ。“ママ”と柚奈にはいつも伝えてるから大丈夫。それに今日はあなたが【主役の日】でしょう。……誕生日おめでとう。本当に毎年ありがとう、柚奈と過ごしてくれて。」
「いえ、むしろ私の方が"毎年ありがとうございます!"って感じです。」
「あぁ、そうだ。雅さん、“これ”持っていって。昨日ママと用意したんだ。この前、うちの高校に来たお客様へのお茶菓子に"これ"を出して…評判だったって教頭が言ってたから美味しいと思うんだけど。」
聖真さんは高校の英語教師、柚葉さんは保育士の仕事をしていて……出会いは合コンだったとか。
「わぁ![Luna]のマカロン!ありがとうございます。後ほど美味しく頂きます。…そうだ、私からもお2人にパウンドケーキを…。」
「あらあら、いつも気にしなくていいって言ってるのに…。毎度お気遣いありがとうね。手作り?」
「はい。」
少し談笑してから私と柚ちゃんは鈴原家を後にして、私の実家へ向かった。
「柚奈さん、お久しぶりです!お元気でしたか?」
「唯ちゃーん!久しぶり!元気だった?」
実家の玄関先で、唯と柚ちゃんが悠長に抱擁を交わし始めたから、私は2人に少し急ぐように伝える。
「2人とも【感動の再会】に浸ってるとこ悪いんだけど、オーブン運んで車の中で落ち着いてからにしてほしいな。…10時30分ぐらいに立花さんが家に来る予定だから。」
「あっ、待たせちゃいけないね。」
「早く言ってよ、お姉ちゃん。…っていうか、立花さんって誰?…会社の人?」
「そう。〔営業〕に異動してから仲良くなった先輩よ。」
「えっ、〔営業〕の先輩ってことは半月で仲良くなったの!?…しかも誕生日教えるぐらい。快挙だよ、快挙!やったね!」
少し戯けた口調でそう言いながら私の車に乗り込む唯を見て、"つくづくよく出来た妹だ"と思う。
空気が暗くならないようにあえて戯けて言っているけど、私を心配しての言葉であることも理解している。
「ありがと、唯。」
「えっ。なに、いきなり。」
「…何でもないわ。」
こうして柚ちゃんと唯を無事に乗せ、私の愛車は横浜と東京を結ぶ高速道路を軽やかに走行する。
「そういえば…。柚奈さん、“お姉ちゃんの直属の上司”って…どんな人か分かりますか?主治医の“白石先生たちの弟さん”だって聞いたんですけど。……あと、お姉ちゃんと関わってる時の様子って見たことありますか?」
「うん?本条課長のこと、だよね?…あっ、そうそう。“弟さん”だよ。……あぁ、なるほど。男性だから心配だったんだね。えっと、“真面目で、仕事熱心で優しい人”だよ。大丈夫。“お姉ちゃん”、本条課長と関わってる時…すっごく楽しそうに仕事してるよ。」
「そうなんですね。…でも、こんなこと言うのも変なんですけど。"仕事中は真面目で会社から出たらチャラ男だった"みたいなことって…ありますか?」
「それは無い!」
私と柚ちゃんは同時に言った。
「“彼”は【硬派】よ。」
「人によっては【堅物】って受け取ってる人も居るけど。」
「お姉ちゃんがそこまで言い切るなんて…相当“良い人”なんだぁ…。でも。柚奈さんの言う、"人によっては【堅物】って印象"っていうのも気になる…。」
「どこかで、本条課長に会ったとしても…唯なら大丈夫。基本、課長はね…。【理数系】なのよ、思考が。だから【理詰め】に苦手意識があれば身構えるだろうけど、それに当てはまらなければ苦手にはならないわよ。…【評価】もちゃんとしてくれるし。」
「あー。"そういう意味"の【堅さ】ね。…なら、私も大丈夫かな。そうなると、“仕事サボるタイプの人”には【堅物】ってなるかもねー。でも、お姉ちゃんとは相性良さそう。それは【硬派】だわ。」
そこまで説明すると、唯は"納得"とでも言うように「あぁ。」と声を上げた。
「あと、隙が無いようには振る舞ってるのは…女性からの過剰なアプローチを煙たがってるから。」
「うわっ、出た!【女絡みの面倒くさい話】。…“課長さん”、イケメンなんだ。…ホントどこにでも居るよね、"そういう女"。」
そんな話をしながら、私たちは帰宅した。
柚ちゃんいわく、「鳴海部長に『手作りのお菓子ちょうだい。』とものすごく懇願されちゃった。」という話だった。
それでお菓子作りの経験が無かった彼女は、泣きながら私に相談してきたのだ。
結局、バレンタイン当日に鳴海部長に渡すつもりだったクッキーは「こんなの渡せない…。市販のチョコ買ってくる。」と柚ちゃん本人が言ったので、私は見守ったのだけれど……そこから頑張るのが彼女なのだ。
バレンタインからホワイトデーまでの間に、"いろいろ作り方は調べてまとめたんだぁ…。"というのが分かる形で【レシピノート】が作られていて、さらにそれを見ながら分からないところは具体的に聞きに来てくれるようにまでなっていた。
こんな柚ちゃんだからこそ、みんなが【構いたくなる】のだと思う。
例年の業務内容から、3月は私が秘書業務に忙殺されることを熟知している彼女は、ホワイトデーの1,2日前に「『作って。』って言われたから持ってきたけど、絶対美味しくないよ。」と前置きしつつも私に【2度目のクッキー】をくれたのだ。
パサついてるものや焦げたものも、確かにあったけれど…キレイに美味しくできているものもあったから1回目より確実に上達していたのを、私はしっかりと覚えている。
「いいの、いいの。それは。私が『柚ちゃんの努力の結晶食べる!』って勝手に食べてるんだから。」
「{姫ちゃん…大好き。}」
「私も大好きだよ、柚ちゃん。…今日はパパ・ママに止められたかもしれないけど、明日は私の家で思う存分作っていいからね!材料買っといたから。」
「{よろしくお願いします、“雅先生!}」
「ふふっ、大袈裟よ。」
そんなやり取りの後に、「明日は唯も来ることになった。」と伝えると、「わぁ、唯ちゃんにも久しぶりに会えるなんて嬉しいなー。」と喜んでくれる柚ちゃん。
もう、ホント可愛い! "ギュー!"ってしたい!
そんな考えを巡らせつつ、勝手に"癒されるなぁ。"なんて思いながら、明日の迎え時間などの話を最終的に確認して私たちは通話を終えた。
さて、明日は何年振りかに賑やかな誕生日になりそうね。
**
「雅ちゃん!久しぶりねー!元気だった?それから…お誕生日おめでとう。」
「ご無沙汰してます、日曜の朝からすみません。お祝いありがとうございます。“柚葉ママ”。」
「いいえ。…柚奈ったら、無理を言ったでしょう?『お菓子作りたい。』だなんて…。」
翌朝、柚ちゃんの実家に彼女を迎えに行くと…柚ちゃんのお母さんに出迎えられる。
「柚奈〜。今日も失敗したら、パパが食べてあげるから。」
「どうして失敗する前提なの!?今日は姫ちゃんのために作るの!そんなこと言うパパの分なんか無いし、キライ!」
そう言って、お父さんから逃げるようにリビングから出てくるのは柚ちゃん。
「ふふっ、相変わらず柚ちゃんが大好きなんですね。“聖真パパ”は。」
「父親というのは、いくつになっても娘が好きなものですよ…雅さん。それにしても、相変わらず美人だね。柚奈が『羨ましい!』って言ってよく話題に出るよ。」
「もう、“パパさん”ったら。“柚葉ママ”と柚ちゃん差し置いて私を褒めるなんて、ダメですよ。」
「はは、さすが雅さん。大人の対応だ。“ママ”と柚奈にはいつも伝えてるから大丈夫。それに今日はあなたが【主役の日】でしょう。……誕生日おめでとう。本当に毎年ありがとう、柚奈と過ごしてくれて。」
「いえ、むしろ私の方が"毎年ありがとうございます!"って感じです。」
「あぁ、そうだ。雅さん、“これ”持っていって。昨日ママと用意したんだ。この前、うちの高校に来たお客様へのお茶菓子に"これ"を出して…評判だったって教頭が言ってたから美味しいと思うんだけど。」
聖真さんは高校の英語教師、柚葉さんは保育士の仕事をしていて……出会いは合コンだったとか。
「わぁ![Luna]のマカロン!ありがとうございます。後ほど美味しく頂きます。…そうだ、私からもお2人にパウンドケーキを…。」
「あらあら、いつも気にしなくていいって言ってるのに…。毎度お気遣いありがとうね。手作り?」
「はい。」
少し談笑してから私と柚ちゃんは鈴原家を後にして、私の実家へ向かった。
「柚奈さん、お久しぶりです!お元気でしたか?」
「唯ちゃーん!久しぶり!元気だった?」
実家の玄関先で、唯と柚ちゃんが悠長に抱擁を交わし始めたから、私は2人に少し急ぐように伝える。
「2人とも【感動の再会】に浸ってるとこ悪いんだけど、オーブン運んで車の中で落ち着いてからにしてほしいな。…10時30分ぐらいに立花さんが家に来る予定だから。」
「あっ、待たせちゃいけないね。」
「早く言ってよ、お姉ちゃん。…っていうか、立花さんって誰?…会社の人?」
「そう。〔営業〕に異動してから仲良くなった先輩よ。」
「えっ、〔営業〕の先輩ってことは半月で仲良くなったの!?…しかも誕生日教えるぐらい。快挙だよ、快挙!やったね!」
少し戯けた口調でそう言いながら私の車に乗り込む唯を見て、"つくづくよく出来た妹だ"と思う。
空気が暗くならないようにあえて戯けて言っているけど、私を心配しての言葉であることも理解している。
「ありがと、唯。」
「えっ。なに、いきなり。」
「…何でもないわ。」
こうして柚ちゃんと唯を無事に乗せ、私の愛車は横浜と東京を結ぶ高速道路を軽やかに走行する。
「そういえば…。柚奈さん、“お姉ちゃんの直属の上司”って…どんな人か分かりますか?主治医の“白石先生たちの弟さん”だって聞いたんですけど。……あと、お姉ちゃんと関わってる時の様子って見たことありますか?」
「うん?本条課長のこと、だよね?…あっ、そうそう。“弟さん”だよ。……あぁ、なるほど。男性だから心配だったんだね。えっと、“真面目で、仕事熱心で優しい人”だよ。大丈夫。“お姉ちゃん”、本条課長と関わってる時…すっごく楽しそうに仕事してるよ。」
「そうなんですね。…でも、こんなこと言うのも変なんですけど。"仕事中は真面目で会社から出たらチャラ男だった"みたいなことって…ありますか?」
「それは無い!」
私と柚ちゃんは同時に言った。
「“彼”は【硬派】よ。」
「人によっては【堅物】って受け取ってる人も居るけど。」
「お姉ちゃんがそこまで言い切るなんて…相当“良い人”なんだぁ…。でも。柚奈さんの言う、"人によっては【堅物】って印象"っていうのも気になる…。」
「どこかで、本条課長に会ったとしても…唯なら大丈夫。基本、課長はね…。【理数系】なのよ、思考が。だから【理詰め】に苦手意識があれば身構えるだろうけど、それに当てはまらなければ苦手にはならないわよ。…【評価】もちゃんとしてくれるし。」
「あー。"そういう意味"の【堅さ】ね。…なら、私も大丈夫かな。そうなると、“仕事サボるタイプの人”には【堅物】ってなるかもねー。でも、お姉ちゃんとは相性良さそう。それは【硬派】だわ。」
そこまで説明すると、唯は"納得"とでも言うように「あぁ。」と声を上げた。
「あと、隙が無いようには振る舞ってるのは…女性からの過剰なアプローチを煙たがってるから。」
「うわっ、出た!【女絡みの面倒くさい話】。…“課長さん”、イケメンなんだ。…ホントどこにでも居るよね、"そういう女"。」
そんな話をしながら、私たちは帰宅した。