男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
――ピンポーン!
私たちが…無事に私の家に着いて、10分ぐらい経った頃だろうか――。
チャイムが鳴った。
「はーい。」
玄関まで向かい、インターフォンで確認すると――。
「{こんにちはー。ごめんなさい、姫野さん。ちょっと迷っちゃって遅くなっちゃった!}」
立花さんの姿があった。
――ガチャ!
「こんにちは、立花さん。どうぞ、中へ。」
「お邪魔します。……あら?玄関にお花飾ってあるなんて、金曜日に聞いた通りね。あなたらしいわ。…綺麗に咲いてる、癒されるわね。」
さすが立花さん。目ざとく見つけてくれましたね。
「お姉ちゃん。“立花さん”いらっしゃった?」
キッチンからパタパタと唯が小走りでやってくる。
「うん。」
「…あら?姫野さん似の女の人。…もしかして、あなたが“姫野さんの妹さん”かしら?」
「はい、姫野 唯と申します。姉がお世話になっております。」
「立花 静香と申します。こちらこそ、あなたのお姉様にはいろいろと助けていただいています。」
「そんなそんな!とんでもない、私の方が立花さんにお世話になりっぱなしですから!」
「姉は勉強熱心で"新しいこと"を覚えていくのが好きなので仕事はそつなくこなす人ですけど、人に感情移入しすぎるぐらい優しい人です。他人のことはよく気がつくのに自分のことは後回しで…。いろいろ事情があって、【人に頼ること】とか【感情表現】が苦手で…本人も気づいてないんですけど、すぐ無理します。」
唯……。
「さすが妹さんね、“お姉さん”のことよく分かってるし…大好きなのね。唯さん、大丈夫よ。私ね、“お姉さん”と一昨日飲みに行ったの。その時にいろいろ聞かせてもらったわ、〈PTSD〉のこととか。“私たちの上司”や同僚の男性陣も一緒に。……状況把握はできたし、“お姉さん”だけに負担がかかるようなことはうちの《2トップ》が絶対にやらせないから…。だから安心してね。」
「えっ!お姉ちゃんが〈PTSD〉のこと打ち明けたんですか!?……すごい、しかも"その場"に男性も居たなんて…。お姉ちゃんっ…よかったぁぁ!」
そう言って、唯は泣きながら私に飛びついてきた。
私はビックリしつつも、“心優しい妹”を抱き止め…宥める。
「…っ。立花さん。姉のこと、今後もよろしくお願いします。」
「こちらこそ。今後はあなたとも仲良くしたいから、ぜひよろしくね…唯さん。」
立花さんは、唯の目を見てハッキリと力強くそう言った。そして、そのあと優しく微笑みかけていた。
「さぁ、柚ちゃんが奮闘してるから早く戻ってあげないと。」
玄関先でのやり取りを終えた私たちは、立花さんとともにキッチンへ戻る。
「あっ、鈴原さん。こんにちは。クッキー作り…奮闘してるわね。」
「あ…立花さん、こんにちは。そうなんです、戦ってます。」
「柚ちゃん、良い感じ。でも、ちょっとこの端っこのやつだけもう一回練って型取りやり直しした方が良いよ。薄いから焦げちゃうと思う。」
「はい、“先生”!」
「ふふっ。柚ちゃん、大袈裟よ。」
「ふふっ。鈴原さん、やっぱり癒しよねー。鳴海部長も人が悪い。こんな素直な人をからかって遊んでるんだから。……あっ、姫野さん。ラスクってどう思う?本条課長と堤課長は【甘さ控えめ】が好きみたいだから…。ラスクなら調整きくかなと思ったんだけど…。そういえば、姫野さんは?何作るの?」
そっか、だから食パン持参なのね。
「ラスク!良いですね!それは思いつかなかったなー。…えっと、私は…。【甘党】の人たちには普通のパウンドケーキで…本条課長と堤課長には砂糖控えめで作るエスプレッソパウンドケーキにしようかなって……。」
「エスプレッソ!良いじゃない。2人ともコーヒー好きだし、喜ばれるわよ…きっと。」
「え?待って待って、お姉ちゃん。お姉ちゃんも作るの!?しかも男性に!?聞いてない聞いてない。なんで?経緯は!?」
私と立花さんの会話を聞いて、ものすごい勢いで話に入ってくる唯。
勘弁してよ。私だって、自分の【感情】に戸惑ってるんだから…。
「落ち着きなさいよ、唯。さっき立花さんが言ってたでしょ?飲みに行ったって。その時の食事代、部長や課長たちが全部出してくれたのよ。もともと〈PTSD〉の件を聞いてもらうために集まった【飲み会】だから、私が払わなきゃいけないぐらいだったのに。だからその【お礼】よ。」
「本当に"それだけ"?」
「お願い。"今"はもうそれ以上は詮索しないで。私だって戸惑ってるのよ。いろいろ感情が動いてた【飲み会】だったことは事実だから……。」
「お姉ちゃん……。ごめん。」
さすがに踏み込みすぎたと思ったのか、唯はシュンと肩を竦めた。
「姫ちゃん……。」
「姫野さん……。うん。焦って"答え"見つけなくてもいいんじゃないかしら。大丈夫、あなたならきっと自分で見つけられる。“大切な人との間の赤ちゃん”が、本当は欲しいって言ってたあなたなら…ね。」
「立花さん…。また何かあったらお願いします。」
「もちろんよ。相談になってなくて、ただ吐き出すだけでも聞くから。言ってきてね。」
「柚ちゃんも、よろしくね。」
「任せて!」
さすが私の大親友。
自信たっぷりのその笑顔に、私は今日も勇気づけられる。
「唯にも、"そんな時"が来たらちゃんと話すわよ。だから待ってて。…さて、お昼ごはん何がいい?唯さん。」
「お姉ちゃんの料理なら…リゾットが食べたいけど、今は重いかも。うーん、食パンと野菜ある?…あるならサンドイッチがいい。いろんなの食べたい。」
「OK。じゃあ、リゾットは夕食の一品にしてあげるわ。もー。注文多いんだから。一口サンドイッチね、はいはい。」
「もー。注文多いんだから。」とは言いつつ、リクエストに応えてしまうのは"可愛い妹の頼みだから"というのと、私が料理好きだからである。
「姫野さんは…お菓子作るの、後でいいの?」
「お気遣いありがどうございます、立花さん。私は午後からでも大丈夫です。クッキーやタルトの方が時間がかかるので、柚ちゃんや唯からの方が効率的かと…。」
「えっ。唯さん、タルト作ってるの!?すごい。簡単に作れるものなの?作り方知りたい!よかったら後で教えてー。」
「はい、お姉ちゃんがタルト好きなので。ちょっと手間かかりますけど…お菓子作りが初心者じゃなければ勘もあるでしょうし、できると思いますよ。では、お昼から伝授します。」
「やったぁ〜!姫野さん家に来て大収穫だわ、レパートリー増える!……あっ!ごめんなさい、姫野さん。何か手伝うわ。」
こうして、私と立花さんで昼食の準備をしつつ…柚ちゃんを見守った。
4人でキッチンに立つのは少し狭かったけど、これはこれで楽しい。