男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「はい、意味あり気に【にこにこ】しないの。それは唯が今楽しいだけでしょう。私を冷やかして。」

私も唯に負けないぐらいの"眩しい笑顔"で応戦してあげた。

「うぅ、お母さんやお姉ちゃんの"きれいすぎる笑顔"ほど怖いもの無いんだった。……ごめん。」

「分かればよろしい。」

そして、「メッセージが来た。」と事実を先に告げるあまり…内容にしっかり目を通していない。

私は改めてスマホに視線を移し、その内容を黙読する。

――――
[本条 昴]
姫野さん、誕生日おめでとう。
良い休日を過ごして。
――――

本条課長――。
相変わらず、“あったかい人” ――。

メッセージの内容としては、二行のシンプルなものだけれど…私には"これ"が良い!

“彼”は弁が達つ人だから、【相手が退屈するような会話】は絶対にしない。
【余分なことは言わず要点だけ伝える】か、【相手が話す話題を、相手が満足するまで聞く】かどちらかで…今日は前者のようだ。

そんな課長の性格を掴みかけてきた今だからこそ、この"二行のメッセージ"に温かみを感じ…嬉しいのだ。
一昨日の【お酒の席】で何度か見た、みんなを気遣う本条課長の【穏やかな表情(かお)】を思い出し、私も穏やかな気分になる。

「“課長さん”、なんて?」

「それは…唯には、ちょっと言いたくないかなー。」

私のそんな返答を聞き、唯はまた「えー。何でよ!」と不服そうな声を出した。
そして、そんな私たちの様子を見て…柚ちゃんと立花さんは「2人とも楽しそう。」と笑った。

さて、返信しなきゃね。
とはいえ、楽しく女子会をしているのは柚ちゃんとのやり取りで十分伝わっていると思うし、もう一度書く必要ないと思う。

そして会社では忙しい“彼”だ、休みの日はゆっくりしてほしい。
だから、こちらも“彼”が考え込んでしまうような返しはしたくない。

私はお祝いをもらえた感謝と、"女子会が楽しい"という事実だけを素直に書いて返信する。

――――
[姫野 雅]
本条課長!?
ありがとうございます。(^_^)
柚ちゃんと…今やり取りがあったのは作業しながら
小耳に挟んで聞いてますけど…
まさか私にメッセージを下さると思ってなかったので
ビックリしました!
女子会楽しんでます!(^_^)
――――

返信したあとは、それぞれがお菓子作りを再開させていた。

そこからまた2時間半ほど作業し、それぞれが【お礼の品】として作った…エスプレッソパウンドケーキ、クッキー、ラスクが完成した。

「こっちもできた!」

どうやら、苺タルトも完成したようだ。

そしてその後はお菓子作りから夕食の準備へと移り、4人でテーブルを囲んで華やかなディナーを楽しむ。

「美味しっ!やっぱ、お姉ちゃんのチーズリゾット…最高!」

唯は満足そうに綻ばせる。

「ありがとう!唯もお菓子作りの"腕"、落ちてないわね。タルト美味しいわ。…柚ちゃんのクッキーとか立花さんのラスクも美味しいです。」

「姫野さんのパウンドケーキも美味しいわ、これは本条課長も堤課長も気に入るんじゃないかしら。それに、ラッピングまで相手に合わせて変えてるなんて…。私、何もこだわらずに100均とかで売ってる"透明の袋"にしちゃった…しまったな。」

「私もだー。こんなだから、いつまでも経っても"からかいの対象"なんだろうなぁ…。私、女として見てもらえてないのかなー。」

柚ちゃんと立花さんは、2人して"やっちゃったー。"とでも言うように顔を見合わせている。

「そんなことないでしょ。鳴海部長は鈴原さんのこと大好きだと思うけど…。ただ、ちょっと【愛情表現】が下手よねー。」

「うーん。ホントに【愛情表現】下手なのかな…。わざと【表】に出してないように見えるよ、私には…。」

「どういうこと?」

柚ちゃんと立花さんが、間髪入れずに聞いてくる。

「1つの理由じゃないと思う。……きっとね、部長が柚ちゃんに本気でアプローチ掛け出したら柚ちゃんオーバーヒートしちゃうんじゃないかな…。私たちはもう【いい大人】なんだし、【夜2人きりになった時にどう過ごしたいか】を考えてない男性は居ない。でも、部長は柚ちゃんが【その手の話題】に免疫がないことをちゃんと分かってる…。…時々"ブレーキ掛けてるのかな?"って思うことあるから。」

「あー。言われてみれば……。」

立花さんも、思うところがあったみたい。

「あとは"鳴海家"っていう家柄ね。部長自身の【覚悟】が決まってないか、"自分と交際したら、柚ちゃんにプレッシャーを掛けるんじゃないか"って心配してるのかもしれない。柚ちゃん、素直すぎて【人から言われたことを流せない】ところがあるから。“大切な人”だからこそ、悪いことが降りかかるのを避けたくて…まだ【踏み込んでない】のかもよ?」

「あー。それはありそう、柚奈さん純粋だから。正直なところ、男性の【性に対しての想い】と…女性の【異性に愛されてる女性(ひと)を見た時の嫉妬】ほど怖いものはないですからね。"うちの会社"のパーティーで、いろんな人見てきましたけど…。」

唯も、うんうんと頷きながら話に混ざる。

「ごめんね…。唯が大学になってからはパーティーに出るの…任せちゃって。」

「それはいいのー。気にしなくて!お父さんとお母さんも心配はしてるけど…『〈PTSD〉の克服には時間が必要だし、私たち家族や“白石先生”、柚ちゃん以外に味方が増えて【安心できる人間関係】を作ることさえできれば…雅はグンと前に進めるわ。』って、お姉ちゃんがもともと持ってる【良さ】を信じてる…。」

お母さん、お父さん……。

「それにね…。『雅なら…私たちが言わなくても行動する時や、しなきゃいけない時が来たら…状況に合わせて“一番適してる人”にお願いして、根回しもちゃんとして動けるわ。“あの子”はそういう子よ。だって、私の娘だもの。』ってお母さんが自信満々に言ってたしね。」

「さっすが“百合花ママ”!頼りになるね!」

「さすが“世界のYURIKA”……。肝が座ってるわ。」

やっぱり“母”って偉大…。
ありがとう、お母さん。私を信じてくれて…。

「だから、私も『そうだね、お姉ちゃんなら自分で動くよね!』とか『〔営業〕に異動できて…上司さんもすっごく良い人らしいよ。』って言っといた。自分からも言ってるかもしれないけど。……今日、立花さんに会ったことも言っとかなきゃ!」

そんな、お菓子作りの話から"柚ちゃんの恋バナ"まで、いろんなガールズトークに花を咲かせた。

そして、時間の許す限り4人で過ごし、【お開き】となった。
立花さんは「電車で帰る。」と言ってくれたけど、"2人送るのも3人送るのも一緒だ"と思った私は「よかったら送りますよ。」と言って、3人をそれぞれの自宅まで車で送り届けた。

そして私が帰宅したのは、午後10時半を回った頃だった。


「皆さんの口に合うと良いけれど…。」

お風呂に入って、ベッドに潜って入眠するまでの間にふと考えたことは…これだった。

観月くんや津田くんあたり、すごく良いリアクションしてくれそうな気がするけど…どうだろうなぁ。


今日は本当に良い日だったな……。


"――良い休日を過ごして。"


本当に、"素敵な休日"になりましたよ、課長。

入眠する直前に思い浮かんだのは、そんなメッセージをくれた本条課長のことだった。
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