男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「神崎、今年もか。()りねぇな…ったく。工藤、ありがとう。ひとまず今は上手く【撒いて】くれたようだからな…。」

他の電話対応を終えた本条課長が、"Aチーム"のデスクへやって来た。

「いえ、とんでもないです。【飛び入り枠】、今年も5人分で良いですか?」

「本音を言えば"0(ゼロ)"でいいがな…。…まぁ、良いんじゃないか。5人分あれば…。」

本当に(わずら)わしいんですね、“彼女たち”と関わるのが…。まぁ、気持ちは…とてもよく分かりますけど。

「ククッ。本当に嫌そうですね、課長。…でも。津田が、眉間にシワを寄せて…しかめっ面をしてるあなたに怯えていますから、そろそろ業務の話題に切り替えませんか?…今手に持ってる"それ"、[南総合]を訪問する時の資料でしょう?」

「笑うな、工藤。…あぁ、そうだった。観月、桜葉、今から姫野さんと津田も交えて4人で【どの順番で回るか】の優先順位を…自分たちなりに考えてみろ。PC一台ずつの事前情報をまとめた一覧が"これ"だ。」

課長は工藤さんに「笑うな。」と返しつつ、観月くんたちに業務の指示を出す。

「えっ!?もう課長がやって下さったんですか!?いつも通り、俺と“シュウ”でやったのに…。」

「データの整理をするよりも、今は“新人”2人に説明しなきゃならないことがあるだろ。説明するのとデータの整理を同時進行でやるのは非効率だ。少なからず入力ミスも起きる…集中力が分散するから。だったら、俺が資料を作ればいい。お前たちが【今一番優先すべき仕事】は【人材育成】だ。2人ができる限り、早く【1人立ち】できるように考えてやることが必要だ。即戦力は居れば居てくれるだけ助かるからな。明後日、姫野さんと津田が【俺たちの会話や作業についてこられない】ってことがないようにしてやってほしい。……言ってる意味は分かるな?」

「はい!」

真剣な課長の声につられるように、観月くんと桜葉くんも“体育会系の部活に所属する部員”のような感じで…勢いのある返事をしている。

「よし、頼むぞ。……姫野さんや津田も、4人で話す中で【気づいたこと】があったら物怖じせずに言ってみること。それで観月や桜葉が、気づくこともあるから。」

「はい!」

私と津田くんも、観月くんたちと同じようにハッキリと返事する。

「よし。じゃあ、また時々様子見に来るな。」

課長はそう言い残し、自席に戻ろうとする。

「あっ!本条課長、伝え忘れました。」

「…ん?どうした?桜葉。」

振り返った課長に桜葉くんは二つ折りのメモを投げ、それを見た“彼”は…先ほどまでの表情と雰囲気を一変させる。

そして私に視線を投げて来たかと思えば…その後、そのまま爽やかに笑ったのだ。


"えっ、何なに?…どうしてあんなに爽やかに微笑まれたの?"


そう思っている間に課長は自席に着き、業務を再開させていた。

「桜葉。お前、課長に渡したメモに何て書いたんだよ。休憩時間以外で滅多に見せない表情してたぞ。“あの人”。」

「実はですね、工藤さん――。」

そう切り出した桜葉くんは、先週の金曜日に【飲み会】をしたことと、その時の支払いを部長や課長がしてくれたこと…。また、そのお礼に私が今日お菓子を差し入れたこと…などを掻い摘んで話していて――。
メモには、"【姫野さんが作ってくれたお菓子がご褒美であるじゃないですか!金曜の憂鬱な飲み会のことはいったん忘れて、昼休憩の時…お菓子をゆっくり食べようとか考えませんか?】"と書いた…と続けて喋っていた。

もちろん。私の〈PTSD〉の件は伏せてくれているし、工藤さんにしか聞こえない音量で話してくれていた。

「なるほど、そういう理由(わけ)か…。さて、俺も仕事するかな。」

そう言って私たちの【デスクの島】から離れていく際、工藤さんは私にメモを置いていった。

――――
姫野さんなら…大丈夫かもしれない。
本条課長を"支えて"あげて下さい。
…あ。でも、あなたは男性苦手ですよね。
無神経で申し訳ありません。……忘れて下さい。
――――

工藤さん…。"これ"はどういうことですか?

"私なら大丈夫"って? "課長を支える"って?
いろんな意味に取れる書き方ですけど――。

そう思って右方向に視線を流すと、すでにキーボードを叩いている工藤さんの姿が目に入る。

ま、いっか。 急いで聞くこともないし…。

「さて。それじゃあ、俺たちもやりますか!仕事。」

観月くんのその一声で、私たちは[新宿南総合病院]の訪問時の順路を考え始める。

「あぁ、そうだ。言い忘れていたが、今回は一番最初に〔院長室〕へ挨拶に行く。まずは院長に姫野さんと津田の顔を覚えてもらうんだ。」

もちろん、そんな声を飛ばすのは本条課長だ。

ふふっ、そうだった。
“営業の姫野 雅”を、院長先生にぜひ覚えていただかなくちゃ!

「そうでしたね。…で、その後〔副院長室〕の【マスターPC】である【PL-X327(ピー・エル・エックス-スリー・ツー・セブン-)】のメンテから始めることになります。」

「【PL-Xシリーズ】!?…さすが【マスターPC】ね!でも…だとすると、課長しか触れない部分とかありそう…。」

【PL-Xシリーズ】は医療システムの管理に特化した高性能コンピューターである。
【マスターPC】とは別名【システムPC】とも呼ばれており、セキュリティーやデータベースの仕組みなど、組織全てのPCに必要なプログラムの動作や制御をコントロールするコンピューターのこと。

分かりやすく言えば、マンションや会社の【マスターキー】のようなものだ。

このPCの調子が悪いとネットワークが不安定になったり、セキュリティーシステムが正常に作動しないといった問題が起こりうるのだと聞いている。だから、それらを未然に防ぐためにも定期的なメンテナンスは必須であり、重要視される。
しかし、システムコンピューターであるが故にプログラミングが複雑で、細部の調整まで完璧にできるのは“〔開発課〕に所属経験のある社員”が(おも)だと言われている。

「“雅姉さん”、すげぇ!品番聞いて…システムPCだって分からないですよ、なかなか…。そう。実際、"Aチーム"の中だと課長しか"まだ"分からないシステムの部分もあります。」

「俺たち、今勉強中なのでまだ触れない部分もありますけど…そのうちシステム調整できるぐらいにはならないと。……あっ、課長と工藤さんがビックリした顔でこっち見てる。」

"えっ!?"と思って2人に視線を送ると、工藤さんにはクールに微笑まれ…課長には目を逸らされた気がした。

「明後日は、きっと“PCを触ってるカッコイイ課長”が見れますよ。」

「(ゴホン!)…観月、桜葉。いいから進めろ。」

クスッ! 課長、照れたんですね。

「知識としてはね…。もちろん知ってるよ。我が社の商品だし、もっと言えば【特許商品】だもの。品番の頭に付いてる"PL"は…"Platina"の"PL"よ。」

「あっ、確かに。大学でそう聞いた気がします。」

津田くんのそんな話も交えながら、私たちは話し合いを続けた。

そして、話し合いを進めながら…私は【自分に注目を集めてしまう発言】を何度かしてしまい、その度に恥ずかしくて伏せ目がちになったのだった。
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