男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「あ、それもそうか。悪い…無意識だった。次から気をつける。……閉めるな?」

そう言いながらドアを閉める課長の表情からは【何とも言えない雰囲気】が(ただよ)っている。
同乗させる時、女性相手には毎回ドアを開け閉めしてあげてたってこと?

でも、どうしてだろう…。
一瞬、切なそうな…苦しそうな表情をしているように見えたのは――。

「それでは皆さん。行ってらっしゃい。」

「ありがとうございます、鈴原さん。行ってきますので、しばらく〔1課〕をお願いします。」

柚ちゃんにそう告げた後、本条課長は運転席に乗り込んできた。
そして、もう一度私と課長から「行ってきます。」と彼女に伝えた後、〔BM〕はゆっくりと発進した。

「あの…。本条課長、さっきの…。」

「…ん?さっき?」

でも…「複雑な表情をしてた。」なんて、言われたくないかもしれない。聞かないでおこう。

「やっぱり何でもないです…。」

「そうか…。」

"変な空気にしちゃった?大丈夫かな?"と内心ちょっと焦っていると、観月くんが話題を提供してくれた。

「〔BM〕の乗り心地…最高ですね!」

「それはシートのことか?シートはオプションで良いもの選んでるからな。間違いないと思うぞ。」

「やだなぁ、課長。シートもですけど、課長の運転もですよ。全然変に揺れないですもんね。」

「それ、僕も思いました。…実は僕酔いやすいので乗せていただくの緊張してたんですけど…。」

「観月、サンキュ。ドライバー冥利に尽きるよ。……津田、そういうことは最初に言え?…今は大丈夫だな?」

「あっ。はい、すみません。」

そっか、津田くん酔いやすいのね。彼を乗せることがあったら私も気をつけてあげないとね。

「“シュウ”、乗り心地良いからって寝んなよ?…お前、車だとすぐ寝るんだから。」

「え…(いつき)、何?お前ケンカ売ってんの?…お前ん()のバーベキューに誘われた時とは状況が違うだろ。仕事中だし、課長の車だし…寝るわけないじゃん!」

冗談めかして言う桜葉くんに、観月くんも冗談として笑って返していた。

「電車だとそんな印象受けなかったが…そうなのか、桜葉?…就業中だし、約10分の距離で寝ようとするなよ。観月。寝たら…今からのお前の分担多くするからな。」

本条課長はニヤリと笑った顔を見せ、2人の会話に入っていった。
彼は傍聴するだけかと思っていたのに、入っていくから私と津田くんは意表を突かれて笑ってしまった。

「えぇー!“鬼課長”反対!権限乱用反対!“紳士な課長”求む!」

「観月先輩、“鬼課長”って…。心の声ダダ漏れてますけど…。後でどうなっても知りませんよー。僕も桜葉先輩も助けに行かないですからね?」

"こんな冗談を言い合えるチームって素敵よね。私、このチームの配属で良かった…幸せ者ね。"

…なんて思いながら、私は“男性陣”のユーモアあるブラックジョークをクスクス笑いながら傍聴していた。


**


香坂(こうさか)さん、こんにちは。いつもお世話になっております。〔Platina Computer 営業1課〕の本条です。コンピューターの定期点検に参りました。“本条副院長”お願いできますか。14時からでアポイントは取ってあります。」

…あっ!今日のカウンター当番、香坂さんだ!
この笑顔を見られるのはラッキーだわ…。ツイてる!
明らかに…私にも会釈をくれた、気づいてくれるのはさすがね。

「あっ。本条さん、こんにちは。いつもお世話になっております。すぐ副院長をお呼びしますので少々お待ち下さいませ。」

「きゃぁぁ!本条さん、(昴さん)…ご無沙汰しておりまーす!」

「観月くんや桜葉くんにも会いたかったわー!」

「何よ、邪魔しないでよ!」

香坂さんの後ろから、複数の女性事務員さんたちの黄色い声が聞こえてくる。

あー。予想はしてたけど、やっぱり"こうなる"のね。

「(ニコッ!)…皆さん、こんにちは。お世話になっております。」

わー。3人とも笑顔が眩しい!【作り笑い】って大変よね…。
心中はお察しします。私も含めてだけど、表情筋…引き()らないようにしないと…。

本条先生、早く来て下さーい。

「皆さん、落ち着いて下さい。患者さんや他の訪問者さんの対応もありますから……。」

「出た!【良い子ちゃんアピール】…。香坂さん。あなた、この中で一番年下なんだから私たちを敬う気持ちを持ちなさいよ。」

あの事務員さんが、このフロアの“お(つぼね)”みたいね。

「先輩、今は来客対応中なので単なる【お叱り】なら後ほどお受けします。業務を妨げないようお願いします。……お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。……さて、姫野さん。本日は受診でしたか?」

「…あっ。いえ、香坂さん。本日は受診ではなく、仕事です。この4月より〔営業1課〕に配属されまして…こちらのコンピューターの点検に伺いました。」

「あっ、姫野さんのお勤め先でもあったんですね。よろしくお願いします。」

「はい、こちらこそ。院長先生にご挨拶をした後、順番に回ることになりますので戻ってきますね。」

そんな風に香坂さんと談笑していると、本条先生がこちらに向かって歩いてくるのが見える。

「すみません、お待たせしました。皆さん。私が副院長で昴の兄の本条 忍(ほんじょう しのぶ)です。今日もよろしくお願いします。……はいはい。また君たちは!毎回絡まないの。…騒がしいの、結構遠くまで響いてるよ。さっさと仕事に戻って!……香坂さん連絡ありがとう、助かりました。……何もされていないかい?」

最後の一言は小声で言っている本条先生。
先生が状況を知ってるなら、ひとまずは良いかな。

「いいえ、とんでもないです。副院長先生。…はい、大丈夫です。……姫野さん、頑張って下さい!」

「はい、大丈夫です。」の部分だけ先生同様に声を潜めた香坂さん。

「ありがとうございます、香坂さん。初の【外回り】、頑張ります!」

「顔色良好だし、笑顔も見られる…。体調良さそうですね、姫野さん。さて、あなたの経過観察も済んだところで行きましょうか…〔院長室〕へ。こちらです、どうぞ。」

こうして。私たち5人は、本条忍先生とともに院長先生こと…“本条課長のお父様”が待つ〔院長室〕へ向かうのだった――。


**


「津田くん、大丈夫?緊張してるね。」

「僕、名刺…ちゃんと渡せますかね…。緊張してきた!やばい、心配だな…。」

エレベーターの中で、ふと津田くんの顔が視界に入ってきて、緊張しているように見えたので声を掛けてみると…彼は小さな声で不安を口にした。

「昨日、私とミーティングルームで何回か練習したじゃない。それを落ち着いてやるだけだよ。……それに、緊張してるのは津田くんだけじゃないわ。私もよ、だから大丈夫。」

「えっ、“姫野先輩”も緊張してるんですか。全然そんな風には見えないですけど――。」

「緊張してるよ。今日は今までみたいに【患者】じゃなくて【営業マン】として…【仕事】として来たんだもの。しかも初営業だしね。」

「姫野さんは気分悪かったりしないか?…エレベーターの中だし、男ばかりだから……。」
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