男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「お気遣いありがとうございます、課長。"この空気感"なら大丈夫です。」
みんなに気遣っていただいて、こんなに【優しい空気】が流れているのに気分が悪いわけがないですよ。…大丈夫です、課長。
「体調悪くなりそうだったら、すぐ言って下さいね。」
「ありがとう、観月くん。」
「クスッ、お2人とも初々しくて…なんか良いですね。大丈夫ですよ、院長は温厚な人ですから。リラックスして下さい。……あっ。本当に姫野さんの体調の件、ご本人からお聞きいただいたんですね!安心しました。主治医としてお礼を申し上げます。ありがとうございます。観月さん、“本条課長”。」
私と津田くんの様子を見て、本条先生は穏やかに笑ってそう言ってくれた。
「いえ。今後とも彼女の対応についてはご指導下さいますよう、よろしくお願い致します…“本条ドクター”。それから、姫野さんに津田。…上司がこんなこと言うものじゃないが、名刺交換は最悪失敗しても良いよ。ただ、【笑顔で挨拶する】…これだけは絶対にやり遂げろ。それ以外はいくらでもフォローしてやるから。」
「そうそう、【笑顔】は万能の武器よ。使いこなしていきましょ。あとは座るタイミングだけ気をつけて…。『掛けて。』って言われてから座ってね。」
「は、はい。」
そして〔院長室〕のドアの前で、「心の準備はできましたか?」と本条先生に問われたことで津田くんは覚悟を決めたらしく「はい!」と返事し、私は今一度背筋を伸ばした。
私たちの準備ができたことを確認すると、本条先生は「開けますね…。」と私たちに一言予告をしてくれた後、〔院長室〕のドアを静かにノックする。
――コンコン。
「院長。〔Platina Computer〕の方たちがいらっしゃいましたので、お連れしました。」
「あぁ、来られたか。入ってもらいなさい。」
――ガチャ!
「失礼します、院長。」
「院長先生、ご無沙汰しておりました。」
「やぁ。“本条課長”に……観月くんに桜葉くん。対面して会うのは久しぶりだが、いつもパソコンの点検や交換ありがとう。点検日に私が不在のことも多いが、院内を動き回っている時に活躍を見てはいるよ。」
「ありがとうございます。」
本条課長の後ろに観月くんと桜葉くんが続き、その後に私と津田くんが続いて入室する流れだ。
「津田くん、ひとまずは入ろ?…“副院長先生”が扉閉めて下さるから。ほら、いくよ。」
〔院長室〕の雰囲気に圧倒されてしまったのか、入室できずに固まっている津田くん。
よくドラマなんかで見る〔社長室〕のような光景が広がっていたら…確かに驚くのかもしれない。
私には、エグゼクティブデスク…いわゆる【社長机】と言われているものやソファーがあるのを目にすることはあまりにも日常的で、何の違和感も無く普通に〔この部屋〕に入って来てしまったけれど。
私は彼を迎えに行き、背中をポンと軽く叩いて「大丈夫だから。」と声を掛けて一緒に部屋に入った。
「やぁ、“雅さん”。あなたともしばらくでしたね。お元気でしたか?」
「はい、院長先生。4月に入ってからは特に体調良好です。課長が様々なシーンでご配慮して下さるおかげもありまして。」
私はニコリと微笑んで答えた。
その時の声が、心なしか弾んでいることに…自分の声を聞いて自覚した。
「院長、いつもの癖を出さないで下さい。いきなりだから皆さんが戸惑ってますよ。それに彼女も業務中ですし、下の名前で呼ぶのはどうかと思いますが…。」
「“お堅い院長先生”よりは良いと思うが、あまりにフレンドリーになるのも気をつけないとセクハラになるぞ、父さん。…ゴホン。それはそうと、新人2人の挨拶と紹介をちゃんとさせて下さい…院長。そのために、ここに寄ったので。」
私を名前で呼んだ院長先生は、息子2人にそれを咎められて肩を竦めて見せた後、こう切り返していた。
「別に良いじゃないか、名前で呼ぶくらい。私と彼女の仲だし。それとも何だ、彼女を名前で呼ぶと不都合でもあるのか?昴?…フッ。」
院長先生は、意味深に口角を上げる。
あ、これはわざと…課長をからかってるわ。ふふっ。
「いえ、姫野さんが嫌でなければ良いですが。ただ、業務中であることは確かなので…節度は保っていただきたいです。」
課長は…苦笑いを浮かべている。
「さて、息子をからかうのはこれぐらいにして…。そうだ、挨拶がまだだったね。一応、この病院で“名ばかりの院長”をしている本条 徹です。うちの次男が、皆さんには本当にお世話になっているね。父親としては感謝しかありません、いつもありがとう。これからも、この“気難しい息子”をよろしくお願いしますね。」
「気難しいって……。まぁ、否定はしないが…。じゃあ、姫野さんから自己紹介して?」
「はい、課長。改めてになりますが、〔Platina Computer 開発営業部 営業第1課〕の姫野 雅と申します。よろしくお願い致します。3月までは同社の〔経営部 秘書課〕に在籍しておりましたが、異動により4月1日付で〔営業1課〕配属となりました。〔営業〕ではまだ3週間足らずの未熟者ですが、上司や先輩の下で学び…精進して参ります。何卒よろしくお願い致します、本条院長先生。」
「さすがは秘書経験があるだけあって、名刺交換はスムーズだし…姿勢やお辞儀も綺麗だね。あなたのような、“清潔感があり、真面目な方”にこれからも営業に来ていただけるなら安心だ。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。」
お互いすでに顔見知りではあるけど、院長先生と名刺交換をした。
津田くんの【お手本】に、ちゃんとなれたかな。
私は隣に立つ津田くんに、"続いて?"と視線で合図した。
「…えっと、同じく〔営業第1課〕所属の津田 護と申します、よろしくお願い致します。この春…新卒採用で入社したばかりなので、右も左も分からず至らないところばかりかと思いますが、本条課長をはじめとした先輩方から学んで…精進します!よろしくお願いします、院長先生。」
「はは、津田くんの挨拶は元気があっていいなー。“新人さん”が元気なのは良いことだ。これからよろしくお願いしますね。……緊張したかい?よく頑張ったね。私はもうただの“老ぼれ”だから気負うことはない。…とは言っても、若い君には難しいかもしれないが。この部屋の雰囲気にも圧倒されていたしね。一度掛けて…。リラックスするといい。“本条課長”や皆さんも掛けなさい。」
「ありがとうございます、院長先生。…し、失礼します!」
院長先生に優しく誘導されて、津田くんは黒い革張りの3人掛けソファーの端に少し慄きながら身を沈めた。
あぁ。この【どんなに気持ちが沈んでいる人でも引き上げてしまう優しい笑顔】と、【褒め上手】は健在なのですね。
院長先生は、まだまだ【現役】ですよ。
みんなに気遣っていただいて、こんなに【優しい空気】が流れているのに気分が悪いわけがないですよ。…大丈夫です、課長。
「体調悪くなりそうだったら、すぐ言って下さいね。」
「ありがとう、観月くん。」
「クスッ、お2人とも初々しくて…なんか良いですね。大丈夫ですよ、院長は温厚な人ですから。リラックスして下さい。……あっ。本当に姫野さんの体調の件、ご本人からお聞きいただいたんですね!安心しました。主治医としてお礼を申し上げます。ありがとうございます。観月さん、“本条課長”。」
私と津田くんの様子を見て、本条先生は穏やかに笑ってそう言ってくれた。
「いえ。今後とも彼女の対応についてはご指導下さいますよう、よろしくお願い致します…“本条ドクター”。それから、姫野さんに津田。…上司がこんなこと言うものじゃないが、名刺交換は最悪失敗しても良いよ。ただ、【笑顔で挨拶する】…これだけは絶対にやり遂げろ。それ以外はいくらでもフォローしてやるから。」
「そうそう、【笑顔】は万能の武器よ。使いこなしていきましょ。あとは座るタイミングだけ気をつけて…。『掛けて。』って言われてから座ってね。」
「は、はい。」
そして〔院長室〕のドアの前で、「心の準備はできましたか?」と本条先生に問われたことで津田くんは覚悟を決めたらしく「はい!」と返事し、私は今一度背筋を伸ばした。
私たちの準備ができたことを確認すると、本条先生は「開けますね…。」と私たちに一言予告をしてくれた後、〔院長室〕のドアを静かにノックする。
――コンコン。
「院長。〔Platina Computer〕の方たちがいらっしゃいましたので、お連れしました。」
「あぁ、来られたか。入ってもらいなさい。」
――ガチャ!
「失礼します、院長。」
「院長先生、ご無沙汰しておりました。」
「やぁ。“本条課長”に……観月くんに桜葉くん。対面して会うのは久しぶりだが、いつもパソコンの点検や交換ありがとう。点検日に私が不在のことも多いが、院内を動き回っている時に活躍を見てはいるよ。」
「ありがとうございます。」
本条課長の後ろに観月くんと桜葉くんが続き、その後に私と津田くんが続いて入室する流れだ。
「津田くん、ひとまずは入ろ?…“副院長先生”が扉閉めて下さるから。ほら、いくよ。」
〔院長室〕の雰囲気に圧倒されてしまったのか、入室できずに固まっている津田くん。
よくドラマなんかで見る〔社長室〕のような光景が広がっていたら…確かに驚くのかもしれない。
私には、エグゼクティブデスク…いわゆる【社長机】と言われているものやソファーがあるのを目にすることはあまりにも日常的で、何の違和感も無く普通に〔この部屋〕に入って来てしまったけれど。
私は彼を迎えに行き、背中をポンと軽く叩いて「大丈夫だから。」と声を掛けて一緒に部屋に入った。
「やぁ、“雅さん”。あなたともしばらくでしたね。お元気でしたか?」
「はい、院長先生。4月に入ってからは特に体調良好です。課長が様々なシーンでご配慮して下さるおかげもありまして。」
私はニコリと微笑んで答えた。
その時の声が、心なしか弾んでいることに…自分の声を聞いて自覚した。
「院長、いつもの癖を出さないで下さい。いきなりだから皆さんが戸惑ってますよ。それに彼女も業務中ですし、下の名前で呼ぶのはどうかと思いますが…。」
「“お堅い院長先生”よりは良いと思うが、あまりにフレンドリーになるのも気をつけないとセクハラになるぞ、父さん。…ゴホン。それはそうと、新人2人の挨拶と紹介をちゃんとさせて下さい…院長。そのために、ここに寄ったので。」
私を名前で呼んだ院長先生は、息子2人にそれを咎められて肩を竦めて見せた後、こう切り返していた。
「別に良いじゃないか、名前で呼ぶくらい。私と彼女の仲だし。それとも何だ、彼女を名前で呼ぶと不都合でもあるのか?昴?…フッ。」
院長先生は、意味深に口角を上げる。
あ、これはわざと…課長をからかってるわ。ふふっ。
「いえ、姫野さんが嫌でなければ良いですが。ただ、業務中であることは確かなので…節度は保っていただきたいです。」
課長は…苦笑いを浮かべている。
「さて、息子をからかうのはこれぐらいにして…。そうだ、挨拶がまだだったね。一応、この病院で“名ばかりの院長”をしている本条 徹です。うちの次男が、皆さんには本当にお世話になっているね。父親としては感謝しかありません、いつもありがとう。これからも、この“気難しい息子”をよろしくお願いしますね。」
「気難しいって……。まぁ、否定はしないが…。じゃあ、姫野さんから自己紹介して?」
「はい、課長。改めてになりますが、〔Platina Computer 開発営業部 営業第1課〕の姫野 雅と申します。よろしくお願い致します。3月までは同社の〔経営部 秘書課〕に在籍しておりましたが、異動により4月1日付で〔営業1課〕配属となりました。〔営業〕ではまだ3週間足らずの未熟者ですが、上司や先輩の下で学び…精進して参ります。何卒よろしくお願い致します、本条院長先生。」
「さすがは秘書経験があるだけあって、名刺交換はスムーズだし…姿勢やお辞儀も綺麗だね。あなたのような、“清潔感があり、真面目な方”にこれからも営業に来ていただけるなら安心だ。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。」
お互いすでに顔見知りではあるけど、院長先生と名刺交換をした。
津田くんの【お手本】に、ちゃんとなれたかな。
私は隣に立つ津田くんに、"続いて?"と視線で合図した。
「…えっと、同じく〔営業第1課〕所属の津田 護と申します、よろしくお願い致します。この春…新卒採用で入社したばかりなので、右も左も分からず至らないところばかりかと思いますが、本条課長をはじめとした先輩方から学んで…精進します!よろしくお願いします、院長先生。」
「はは、津田くんの挨拶は元気があっていいなー。“新人さん”が元気なのは良いことだ。これからよろしくお願いしますね。……緊張したかい?よく頑張ったね。私はもうただの“老ぼれ”だから気負うことはない。…とは言っても、若い君には難しいかもしれないが。この部屋の雰囲気にも圧倒されていたしね。一度掛けて…。リラックスするといい。“本条課長”や皆さんも掛けなさい。」
「ありがとうございます、院長先生。…し、失礼します!」
院長先生に優しく誘導されて、津田くんは黒い革張りの3人掛けソファーの端に少し慄きながら身を沈めた。
あぁ。この【どんなに気持ちが沈んでいる人でも引き上げてしまう優しい笑顔】と、【褒め上手】は健在なのですね。
院長先生は、まだまだ【現役】ですよ。