男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「…あと、グレースクリーンの原因調査中であることと、【マスターPC】のメンテナンスもまだ取り掛かれていないことも忘れずに伝えろ。」

「はい。」

「おっと。いけない…僕が圧倒されていました。姫野さん、内科に電話でしたね。お手伝いします。」

「ありがとうございます、本条先生。…院長先生、お電話お借りします。」

本条先生が内線の操作をしてくれ、院長先生が全員の様子を優しく微笑んで見守る中…課長は誰かに電話を掛けている。
おそらく相手は鳴海部長で、状況報告をしているんだと思う。

さて、私もやりますか!

prrrr…。

「{はい。内科病棟、神田(かんだ)です。}」

「あっ、神田さん。…もしもし、“本条jr.(ジュニア)”です。」

「{あっ、先生〜!どうされたんですかぁ?“莉乃(りの)”、嬉しいです!先生とお話しできてぇ。}」

「はいはい、僕は雑談してる暇ないんですよー。用件、手短に言います。昨日や今朝からお困りの【パソコンの画面が灰色になって操作ができない現象】について…その状況が分かる人を呼んで説明して下さい。“〔Platina Computer〕さん”、定期メンテナンスでいらっしゃってるから不具合見てもらいましょう。確か、1台は皆川(みながわ)さんのだったはず。」

皆川さんね…。
私、彼女とあんまり相性良くないけど…大丈夫かな。

「{蘭子(らんこ)せんぱーい!本条先生からパソコンのことで――。}」

「{はい。皆川です、本条先生ー!}」

「あっ、皆川さん。今朝から…『パソコンの画面が灰色になって動かない。』ってお困りでしたよね?これから〔Platina Computer〕の方にお電話代わりますから、可能な限りの状況説明お願いします。」

「{えっ、わたし〜。パソコンのことなんてホントに分からないですよ〜?…あっ、でも“先生の弟さんの昴さん”が対応して下さるなら上手く説明できなくても分かってくれますよね。説明頑張ります!}」

あー。出た出た…露骨ねー。
しかも、受話器からあなたの声漏れてるから、私にも丸聞こえなんだけど…。

本条先生、そんなに困った顔しないで下さい。
課長からの指示なので、ひとまず対応してみますから。

ここからは、私の仕事ですし。

私に心配そうな視線を向けてくる本条先生に、「大丈夫ですから代わって下さいますか?」と口パクで伝える。すると、なおも困ったように笑ってはいたけれど…受話器を渡してくれた。

大丈夫ですよ、本条先生や院長先生…そして"Aチーム"の皆さんが私の味方で居てくれますから。

「姫野さん。工藤さんが、いろいろ準備しながら5分は会社で待機してくれている状況です。その間にエラーコードを特定して下さればベターです。」

「だが、妙に慌てなくてもいいからな。」

課長が社用のスマホから受話器を耳から一瞬離し、そう言う。

「承知しました。本条課長、“桜葉さん”。……もしもし、本条先生からお電話代わりました。私、〔Platina Computer 営業1課〕の姫野と申します。現在、症状が出てお困りのグレースクリーンについてサポートするよう…上司から仰せつかりました。よろしくお願い致します。」

「{はぁ!?何で昴さんじゃないの!?しかも、あんた“姫野”って言ったわよね!?“院長先生や副院長先生に取り入った姫野さん”でしょ?どうやって()び売ったのか知らないけど、気に入られすぎじゃない?……それに。この件は、女のあんたに分かるとは思えないんだけど!昴さんに代わってよ!}」

その理屈でいくと、あなたも女だから分かってないのよね?
少ないとも、全然関係ないことでマウント取ってくるあなたよりは、私の方がPCのこと分かってる自信あるわよ?

だからと言って、ここで感情的になって言い返す…同じようにマウントを取るのは違う。

"【プロ】じゃない"…と思うから、やらないけどね。

さて、どう切り返そうかしら…。

そんな風に考えを巡らせていた私は、固まっているように見えたのかもしれない。
隣に居る本条先生が、怪訝(けげん)な表情で私を見つめてきた。だけど、ここで会話が途切れるのは不自然だから…続く言葉で状況を察してもらえるように仕向ける。

「“皆川様”。誠に申し訳ございませんが、本条はただいま他の電話対応をしており…この電話に出られない状況です。」

“本条”という言葉に、課長が電話をしながら反応してくれ…私の様子を(うかが)っている。

「{じゃあ、他の人に代わってよ!今日は昴さんお1人じゃなくて、何人かで来てるんでしょ?さっき受付の事務員が騒いでいたから。}」

「申し訳ございません。観月や桜葉も、現在…今問題になっているグレースクリーンに対処するための準備を整えるべく弊社の各部署と連絡を取り合っている最中でして…手が離せない状態です。“皆川様”、ご希望に添う対応ができず誠に申し訳ございません。確かに、私ではお話しを伺うにも力不足だと承知しておりますが…。」

私、ちゃんとまともに【クレーム対応】できてるかしら…。

そう思いながら受け答えを続けていると、なかなか進まない話の展開を不審に思ったのか、まずは院長先生が動き出し…課長や本条先生もそれに続いた。

「昴、“新一くん”への報告は終わったのか?」

「あぁ、終わったよ。」

「そうか。ところで、【記録が取れるもの】を今日は何か持っているか?」

「ボイスレコーダーなら"いつも通り"あるが…。やっぱり電話のやり取りで何かあったんだな。」

「お前や観月くんたち…どちらかと電話を代わるよう言われているようだ。“姫野さん”から発せられる言葉を聞く限りではな。それに先ほどから…彼女が、微かにだが…【眉間にシワを寄せている】ことが2回ほどあった。」

院長先生――。

「そうか…なるほど。」と言った課長は、院長先生の"やりたいこと"を読み取ったのか【録音ボタン】の押されたボイスレコーダーを電話の近くに…涼しい顔してそっと置く。
それと同時に、院長先生は電話の【スピーカー】のボタンを押して…私に"受話器をデスクに置いていいよ。"と手振りで伝えられた。
そして本条先生は…"通話し始めてからすぐ、あなたの表情が曇ったのが気がかりです。何か言われましたか?"とペンを走らせて(つづ)った紙を、私の視界に入るように置いた。

私は首を横に振って否定したけど、3人は困ったように笑う。
やっぱり親子ね、表情や仕草がそっくり。ふふっ。

そして、“本条家の人たち”には敵わないわ。
どんなに誤魔化しても彼らには見透かされてるわね。

―会話の流れ的に可能であれば
最初の会話の内容を再現するように
話を持っていって下さい。―

本条先生、それは無茶ですよ。やってみますけど…。

「{そう思うんだったら…!}」

「…ですから、先ほども申し上げました通り…。本条をはじめとした他の者は、また別の電話対応中でございます。何卒ご理解下さいませ。また、私があなた様から…現在のパソコンの状況をお伺いしなければ…必要物品のご用意が滞ってしまい、“皆川様”のお仕事にも影響が出てしまいます。ですから、業務をこれ以上止めないためにも…どうかお力を貸してはいただけないでしょうか?」

いい加減に、素直に答えてほしい。
仕事が進まないから……。

「{だから…しつこいって!女のあんたに分かるとは思えないって言ってんの。一回で言われたことが分かんないなんてバカよ?姫野さん。まったく、ドクター2人といい…昴さんといい、こんな“か弱いフリしてるだけの女”のどこが良いのかしら。}」

あ〜ぁ。言っちゃった。
まぁ、人のことバカにしてる方が【バカ】ってことよねー。
でも、ありがと。こちらが仕向けなくても、二度も同じ言葉を聞かせてくれるだなんて。
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