さあ、好きになりましょうか。
「愛子さん、ここどっちですか?」

「…………ひだり。ねえ、関谷ぁ」

「なんですか?」

「あたし………………さけくさい?」

「臭いです。どんだけ飲んだんですか」

「だって……………………関谷が」

「俺が、なんですか?」


あたしはそこで黙った。気持ち悪いと共に、これ以上は言ってはいけないというなけなしの理性が働いたからだ。


ああ、ここでもあたしは臆病なのか。


やがて見慣れたアパートが視界に入ってきた。


「ここの、さんかいのいちばんてまえ…………」

「わかりました。愛子さん、近所迷惑になるんで黙っててくださいね」

「…………ん」


上がらない足を引きずってなんとか3階まで上った。


鞄の中から鍵を取り出して鍵穴に突っ込んで回す。カチャリと音がした。


ああ、嫌だ。


ドアノブを回す。扉が開いた。


嫌だ。


「じゃあ愛子さん、部屋まで行ってちゃんと寝てくださいよ」


なんでこいつは部屋の間取りを知ったような口を聞いてるんだと思ったけど、考えてみれば関谷は一回あたしの部屋に上がったことがあった。


嫌だ。 


「俺、ここで帰りますから」


関谷があたしの体を離そうとした。


嫌だ。


「…………愛子、さん?」


嫌だ。


あたしは関谷の学ランの裾を掴んで離さなかった。


「………………………やだ」


嫌だ。まだ、一緒にいたい。


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