お見合いの達人
「話は分かったけど、今は聞かなかったことにする。
近いうちに業務内情のヒアリングするから、その時に聞く。
だから、今は貴方の仕事しましょう?」
「す、済みませんでした」
いわれたこと理解したのか。
深くお辞儀をすると、
「ごゆっくり、お過ごしください」
張り付いた泣きそうな顔で、けれどなにもなかったように背筋を伸ばしてバックヤードに入っていった。
そして涙をぬぐうのだろう。
彼女も、バイトでいた時とは違う責任ある立場なのだから、
いつもはこんな風にはならないのだろう。
私という存在が気を緩ませてしまったのに違いない。
久し振りの古巣、こんな風な形で訪れたくはなかった。
あの男のせいだ。
こんな風に人の職場をかき回しておいて、今頃どんな顔でいるのだ。
私も早々にここにあるものを平らげて、
この場を後にしなくてはと、クラブサンドを頬張った。
「おいし」
一枚一枚丁寧に重ねられたクラブサンドは思いのほか美味しくて、
式場の牧場を出てからずっと食事をしていなかったお腹を満足させてくれた。
窓から見える景色は、すでに夕日で色を変えていて、
駅で別れてからすっかり忘れていた藤吾との別れを思い出してしまった。
『じゃあ』
藤吾の最後の言葉。
こんな風にちょっとしたことを重ねて、私は彼を忘れて行くのかもしれない。
逆に思い出す時、こんな空を見上げているのかもしれないな。
「バイバイ、藤吾」
そっと沈む夕日につぶやいた。