佐藤さんは甘くないっ!
早足で席に戻ると、佐藤さんは驚いたように文庫本から顔を上げた。
それから少し表情が和らいでわたしを見つめた。
「おかえり」
きゅうっと胸が苦しくなる。
上手く目が合わせられないまま腰を下ろし、深く息を吸った。
改めて伝えるのはちょっと恥ずかしい。
だけど佐藤さんはいつもストレートで、自分の言葉に自信をもっている。
わたしも見習わなきゃいけない。
大事なことはちゃんと伝えなくちゃいけない。
「あ、あああの、佐藤さん!!」
「……顔が怖いぞ」
そりゃあ顔も強張るでしょうよ!
咽喉までせり上がった言葉を呑みこんで、ゆっくりと言葉を選んだ。
ああ、心臓がどきどきしてる。
仕事中には何百回、何千回と口にした言葉なのに。
どうしてこんなに緊張するんだろう。
「今日、とっても楽しかったです。…本当にありがとうございました」
言い終わると気持ちが解れて、頬が一瞬緩んだ。
そしてぺこりと頭を下げる。
恥ずかしくてすぐに顔が上げられなかった。
い、言えた……ちゃんと言えたよ店長さん!!
店長さんのお陰だよありがとう!!
……ていうか、あれ?
佐藤さんから返事がない。
わたしが勇気を振り絞ったのに、もしかして聞いてなかった!?
慌てて顔を上げると、佐藤さんは何故か突っ伏していた。
黒髪から覗く耳は少し赤い。
え、もしかして。
向かい合った席から立ち上がって、静かに佐藤さんの隣に座った。
相手が自分以上に取り乱すと、不思議と冷静になれるものだ。
「おーい、佐藤さん」
「……うるさい」
「今のどこに照れる要素がありましたか」
「柴の笑顔可愛すぎるんだよ」
……だから、その発言の方がよっぽど恥ずかしいですってば。
悪戯心がむくっと湧き上がって、わたしはそっと佐藤さんの耳に唇を寄せた。
伏せている佐藤さんには見えない。
「いつもやられてる仕返しです」
きっとお酒の所為だ。
だからこんなこと、しちゃったんだ。
冷たい唇が触れた佐藤さんの耳は熱くて、その熱が唇に移ってしまいそうだった。
耳を押さえて顔を上げた佐藤さんの顔は予想通り真っ赤で、してやったりとほくそ笑んだのだった。