佐藤さんは甘くないっ!

早足で席に戻ると、佐藤さんは驚いたように文庫本から顔を上げた。

それから少し表情が和らいでわたしを見つめた。


「おかえり」


きゅうっと胸が苦しくなる。

上手く目が合わせられないまま腰を下ろし、深く息を吸った。

改めて伝えるのはちょっと恥ずかしい。

だけど佐藤さんはいつもストレートで、自分の言葉に自信をもっている。

わたしも見習わなきゃいけない。

大事なことはちゃんと伝えなくちゃいけない。


「あ、あああの、佐藤さん!!」

「……顔が怖いぞ」


そりゃあ顔も強張るでしょうよ!

咽喉までせり上がった言葉を呑みこんで、ゆっくりと言葉を選んだ。

ああ、心臓がどきどきしてる。

仕事中には何百回、何千回と口にした言葉なのに。

どうしてこんなに緊張するんだろう。


「今日、とっても楽しかったです。…本当にありがとうございました」


言い終わると気持ちが解れて、頬が一瞬緩んだ。

そしてぺこりと頭を下げる。

恥ずかしくてすぐに顔が上げられなかった。

い、言えた……ちゃんと言えたよ店長さん!!

店長さんのお陰だよありがとう!!

……ていうか、あれ?

佐藤さんから返事がない。

わたしが勇気を振り絞ったのに、もしかして聞いてなかった!?

慌てて顔を上げると、佐藤さんは何故か突っ伏していた。

黒髪から覗く耳は少し赤い。

え、もしかして。

向かい合った席から立ち上がって、静かに佐藤さんの隣に座った。

相手が自分以上に取り乱すと、不思議と冷静になれるものだ。


「おーい、佐藤さん」

「……うるさい」

「今のどこに照れる要素がありましたか」

「柴の笑顔可愛すぎるんだよ」


……だから、その発言の方がよっぽど恥ずかしいですってば。

悪戯心がむくっと湧き上がって、わたしはそっと佐藤さんの耳に唇を寄せた。

伏せている佐藤さんには見えない。


「いつもやられてる仕返しです」


きっとお酒の所為だ。

だからこんなこと、しちゃったんだ。

冷たい唇が触れた佐藤さんの耳は熱くて、その熱が唇に移ってしまいそうだった。

耳を押さえて顔を上げた佐藤さんの顔は予想通り真っ赤で、してやったりとほくそ笑んだのだった。
< 100 / 291 >

この作品をシェア

pagetop