佐藤さんは甘くないっ!

指先に絡まる黒髪が柔らかい。

わたしを抱きしめたまま動かない佐藤さんを良い事に、普段は届かない位置にある頭を何度も撫でた。


「……俺は犬じゃない」

「あはは、知ってますよ」


佐藤さんは犬じゃなくて、やっぱり狼みたい。

怖くて近付けなくて、だけど意外と人懐っこくて。

他のひとには牙しか見せないのに、わたしには尻尾を振ってばかり。

どこまでもずるくて、策士で、意地悪だ。


「………夜は付き合いで飯に行ったり、会議が入ったりすると思う」

「はい」

「……昼間はプロジェクトのチームに行くことが増えるらしい」

「はい」


返事をするたびに強まる拘束。

こんなところ、誰かに見られたらどうするんだろう。

佐藤さんなら平然と「取り込み中だ」とか言っちゃいそうだな、なんて。

ぎゅうぎゅうとわたしを抱きしめて、逃がしてくれない腕が逞しい。

ここが資料室だということを忘れさせるくらい、非現実的なコントラストだった。


「…随分と聞き分けが良いんだな」

「佐藤さんのこと信じてるから、平気です」


用意していた言葉では、なかった。

するりと抵抗なく口から零れたのは紛れもない本音。

ぴたりと止まる、優しい拘束。

根拠もなく沸き立つこの自信は何だろう。

昨日の夜ご飯がとっても楽しかったから、一時的に浮かれているのだろうか。

単純だな、ばかだな。

だけど。


「………そっか」


でも、わたしの言葉に佐藤さんがとっても嬉しそうにするから。

ああ幸せだな、なんて思っちゃったんだ。
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