佐藤さんは甘くないっ!

恋愛って、意外と良いものかもしれない。

ただ不安になって苦しくなって疑心暗鬼になるだけのものだって思ってたのに。

なんでだろう。

どうしてだろう。

佐藤さんのことを考える時間が増えるたびに、自分も前に向かっていける気がするのは。


「寂しくなったらいつでも連絡しろ」

「はい」

「寂しくなくてもいつでも連絡しろ」

「…はい」


本当ならキスと同じで、抱き締められるのもあんまり良くないんだけど。

振りほどけるような状況じゃないし、……そんなことできない。

こうやって少しずつ懐柔されてしまうんだろうか。

甘い毒でゆっくりと脳髄を満たされて、気付かない内に堕ちていくのだろうか。

……恋愛は毒だ。

佐藤さんの言葉も、仕草も、愛も、きっと毒だ。

解っているのにその毒を吸い込んでしまうわたしはきっと、もう手遅れなんだろう。

時間の問題とはよく言ったもので自分でも解っている。

堕ちるのは、きっと時間の問題だ。

それまでは暫く足掻いて、もがいても良いかな。


「……あと、」


歯切れ悪く止まった言葉。

不思議に思って佐藤さんの顔を覗きこもうとすると、ぐぐっと身体を締め付けられた。

思わずぐえっとカエルのような声が飛び出した。

黒髪から僅かに見える耳はやはり赤い。

いつもはムカつくくらいポーカーフェイスを突き通しているくせに、耳だけやたらと感情に素直だ。

それこそわたしよりずっと犬っぽい。


「…………三神とあんまいちゃつくなよ」


…こ、このひとは一体、どれだけ三神くんを敵視しているんだろう。

ただの後輩な上にまだ知り合って間もない彼のことをそこまで心配する佐藤さんの気持ちは解らない。

でも仮に逆の立場だったら、仕事上の付き合いとはいえ、好きなひとが後輩の女の子といつも一緒にいるのは見たくない、……かもしれない。

ていうか絶対見たくない。嫌だ。
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