佐藤さんは甘くないっ!
「しーばーちゃん」
きっとすごい形相で何時間もキーボードを叩き続けていたわたしの視界に、すっと細い影が入った。
その声ではっと我に返って顔を上げると、目の前で揺れていたのはふわふわの茶髪。
「あ……宇佐野さん」
水分を摂ることも忘れて集中していたのか、咽喉がカラカラで張り付きそうだった。
立っていたのは、佐藤さんの代わりに部署を纏めてくれていた宇佐野さん。
きっと誰より疲れているはずなのに眩しい笑顔は相変わらずだった。
生活感が全くない上に、一番謎なのは同期の佐藤さんが唯一気を許しているひとだと言うこと。
同じく仕事ができる人間なのは解るけど、全然タイプの違うあの佐藤さんが親友だなんてびっくりだ。
宇佐野さんはいつも笑顔で、佐藤さんはいつも真顔。
一体どれだけのひとがこの笑顔にやられてきたんだろう。
そんな女殺しの宇佐野さんは特徴的なたれ目を弛めて、優しい声音で言った。
「お昼、一緒に食べない?」
……何人かの女性社員がわたしに殺気を向けたのは、きっと気の所為じゃない。
「え、えっと、」
「仕事のことでちょっと話したいんだよね。だめかな?」
宇佐野さんの視線がちらりと後方を捉えた。
なんだろう?
振り返ろうとした矢先、手を掴んで引っ張られたため視界には宇佐野さんしか映らなかった。
思った以上にその力は強く、わたしは強制的に椅子から立ち上がることになった。
「美味しいとこ連れて行くからさ♪」
弾んだ声とは裏腹に。
有無を言わさぬ雰囲気に気圧され、頷くしかなかった。