佐藤さんは甘くないっ!

「なんだよ三神、乾杯のあとはぐいーっといけよ!ぐいーっと!」

「……咽喉渇いてないんだよ」

「そういうのいいから!ほらほら!」


本来酔っ払った上司がやりそうな煽り方を高野くんが仕掛けている。

うちの部署は飲ませる風潮があまりない方だし、一気飲みなどはさせてはいけないので皆弁えている。

しかし、三神くんはまだ一口も飲んでいないようだった。

もしかして……そう思った矢先、高野くんが無理やりジョッキを傾けていた。

制止するよりも早く、彼もそこら辺は弁えているようですぐに手を放した。

わたしが見た限り三神くんは数口しか飲んでいないようだった。

だから大丈夫かなと一瞬でも思ってしまったのだけど。


「…………こらぁ、こうのぉ、なにするんらよぉ!」


ぶっちぎりで、完全にアウトだった。


高野くんとわたしはたぶん同じ顔をしていたんだと思う。

三神くんはさっきまであんなに渋っていたのに、急にジョッキをもってぐいっと飲み干した。

黄色い液体はするすると流れていき、空になったジョッキがどんっと机に叩きつけられる。

顔は真っ赤で、目はとろんとしている。

ちょっと可愛いな、なんて思っている場合ではない。

呆気にとられていると、三神くんは高野くんの腕を掴んで引き寄せた。

そして次の瞬間、なんとふたりの唇は重なった。

ほんの数秒の出来事なのに、まるで永遠のようにゆっくりとそのシーンが脳内で流れる。

悲鳴を上げる余裕すらなかった。

口を両手で覆った高野くんは顔を真っ青にして、どこかに走り去ってしまった。

……たぶん、今すぐ口を濯ぎたくなったんだと思う。
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