佐藤さんは甘くないっ!

腕を引かれて抵抗する間もなく、力いっぱい抱き締められた。

……くるしい、よ。

自分のマンションのエントランスだということもあり、誰かに見られたら困ると咄嗟に思った。


「ちょ、みかみくっ…!」

「もう一度言います。……僕は、柴先輩が好きです」


頑張って胸板を押し返していた手から力が抜ける。

お願いだから揺さぶらないで。

わたしは現実に向き合わなきゃいけないんだよ。

心臓がチクチクする。

最上さんの影が脳内でちらつく。

苦しい。


「いつでも僕のところに逃げてきてください」


やめてよ。

そんな風に優しくしないで。

傷口にナイフを突きたてながら甘い言葉を吐かないで。

……わたしはまだ佐藤さんが、好き。

心が千切れそうなくらい悲しくて、つらくて、だけど、だけど、まだ。

三神くんの腕は変わらず、優しくわたしを抱きしめている。

解かなきゃいけない。

逃げなきゃいけない。

弱っているところに付け込まれているだけだって、わかってるのに。

どうして完全に拒めないんだろう。

ざり、と足音が聞こえて思わず振り返る。


……なんで?


心臓が止まるかと思った。

嘘でしょ。

なんで。なんでなんでなんで。



「―――柴」



その低い声を最後に聞いたのは、随分前だったような気がした。
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