佐藤さんは甘くないっ!
しぬのかもしれない。
そんな馬鹿なことさえ考えた。
誰かが叫んだ声が下の方から聞こえて、遠くの意識がそれを認識した。
「っ……!!!」
宙に浮いたわたしの身体を、強い腕が捕まえた。
まるで逃がさないと、言わんばかりに。
どすんっ。
受け止められたわたしにまですごい衝撃がやってきた。
わたしを抱き留めて階段の踊り場に倒れ込んだひとは、まだわたしの腕を離さない。
そのまま躊躇うことなく抱き締められた。
心臓が色んな意味で機能を失いかける。
どうして、どうして。
堪えきれずに涙が頬を伝い落ちる。
「おい!怪我はないか!!柴っ!!!」
わたしの身体をこれでもかと抱き締めていた腕が解かれて、がくがくと肩を揺さぶられた。
その激しい前後運動で気持ち悪さが一気に身体中を巡る。
だけどそれ以上に温かい熱がわたしを優しく包んでくれた。
「………さ、と、…さん…?」
わたしは夢でも見ているのだろうか。
何度瞬きを繰り返しても、目の前の佐藤さんは消えない。
他のひとの話では、最上さんと神戸まで出張だって聞いたのに。
これも噂だけど、過密スケジュールで分刻みの移動が大変だって聞いたのに。
どうしてそんな佐藤さんが、今目の前にいるんだろう。
ぼんやりした頭ではこれが夢なのか現なのか、それさえ解らなくなる。
ああ、佐藤さんだ。
あんなに会いたくて、逃げたくて、怖かったのに。
こんな近くで見たら、やっぱり会いたいが勝ってしまうんだ。
…ばかだなぁ、わたし。
「……この、馬鹿柴」
「さと、さ………………うぇっ」
咽喉の奥から突然せり上がってきた吐き気は、呆気なくわたしの口を通過した。