佐藤さんは甘くないっ!

何も言わずに佐藤さんがゆるりと立ち上がり、わたしに背を向けた。

その背中をぼんやりと眺め、瞬きをすれば、簡単に大粒の涙が零れ落ちた。

涙を拭う気にもなれなかった。

きっと佐藤さんはもう振り返らない。

これからも追い続け、見つめ続けるであろう大きな背中。

少し前まではわたしの隣に並んでいた足跡。

全部が今、終わったんだ。


……わたしの所為で、終わってしまったんだ。


思えば衝撃的な告白から始まり、オフィスで軽く襲われてびっくりした。

“結婚を前提に付き合って欲しい”

初めは本気で罰ゲームか何かかと疑ってしまった。

まさかあの佐藤さんが、と思うと信じきれなかった。

資料室ではわりと危ないところまでいってしまい、自分の意志の弱さに驚いた。

きっと本当は佐藤さんだから拒めなかったのに。

確かに上司としてしか見てなかったけど、言われてみればどうして佐藤さんに2年も固執していたのか自分でも不思議に思った。

どうしてあそこまで認めて欲しかったんだろう。

どうして“よくやった”って言われたかったんだろう。

意識する場が今までなかっただけで、本当はずっと心のどこかにいたのかもしれない感情だった。

その蓋を開けてくれたのが、佐藤さん本人だったのかもしれない。

なのにわたしはお試しで付き合おうなんて逃げ道を作って。

もし本当の自分を知られて嫌われたって、幻滅されたって、お試しだったらいつでもなかったことにできると思った。

重たい女だなって疎ましがられることが怖かった。
< 221 / 291 >

この作品をシェア

pagetop