佐藤さんは甘くないっ!
何も言わずに佐藤さんがゆるりと立ち上がり、わたしに背を向けた。
その背中をぼんやりと眺め、瞬きをすれば、簡単に大粒の涙が零れ落ちた。
涙を拭う気にもなれなかった。
きっと佐藤さんはもう振り返らない。
これからも追い続け、見つめ続けるであろう大きな背中。
少し前まではわたしの隣に並んでいた足跡。
全部が今、終わったんだ。
……わたしの所為で、終わってしまったんだ。
思えば衝撃的な告白から始まり、オフィスで軽く襲われてびっくりした。
“結婚を前提に付き合って欲しい”
初めは本気で罰ゲームか何かかと疑ってしまった。
まさかあの佐藤さんが、と思うと信じきれなかった。
資料室ではわりと危ないところまでいってしまい、自分の意志の弱さに驚いた。
きっと本当は佐藤さんだから拒めなかったのに。
確かに上司としてしか見てなかったけど、言われてみればどうして佐藤さんに2年も固執していたのか自分でも不思議に思った。
どうしてあそこまで認めて欲しかったんだろう。
どうして“よくやった”って言われたかったんだろう。
意識する場が今までなかっただけで、本当はずっと心のどこかにいたのかもしれない感情だった。
その蓋を開けてくれたのが、佐藤さん本人だったのかもしれない。
なのにわたしはお試しで付き合おうなんて逃げ道を作って。
もし本当の自分を知られて嫌われたって、幻滅されたって、お試しだったらいつでもなかったことにできると思った。
重たい女だなって疎ましがられることが怖かった。