佐藤さんは甘くないっ!
……………えっ?
びっくりしすぎて声にならなかった。
さっきまで隣に座っていたはずの佐藤さんが、今、目の前にいる。
わたしの身体はぴったりと壁に押し付けられていて、その冷やかさがじわじわと背中を這った。
身長の高い佐藤さんが照明から届く光を遮っている所為で視界が暗い。
隣のプリンターは何事もなかったように延々と紙を吐き出しており、ついに最後のページまで印刷が終わったのかぴたりと動きを止めた。
機械音で煩かったオフィスが一気に静まり返る。
佐藤さんはわたしの顔の両側に手をついていて、それはまるでわたしを逃がさないと言っているようだった。
…そんなわけない、そんなはずない、のに。
自分の意思とは無関係に心臓がばくばくと逸る。
咽喉が渇いて干乾びてしまいそうだった。
視線を動かせば、佐藤さんの端正な顔と服の上からでも解るくらい引き締まった身体が視界いっぱいに広がっている。
そういえばこんな至近距離で見たのは初めてかもしれない。
というより、佐藤さんからわたしにここまで近付いてきたことが今までなかった気がした。
「………柴」
耳朶を震わせるような低くて甘い声が沈黙を裂いた。
一周回って現実逃避のように妙な考察を繰り広げようとする脳内にストップがかかる。
俯いていた佐藤さんがゆっくりと顔を上げて、わたしの双眸にやっと彼の表情が映り込んだ。
…それ、は。
いつもの貼りつけたような無表情なんかじゃなくて。
「さとう…さん…?」
もどかしさと怒りと悲しみの混ざったような、初めて見る、佐藤さんの表情だった。