佐藤さんは甘くないっ!

初めて名前を口にした。

優輝のことはずっと名前で呼んでいたのに、そのときとは比べものにならないくらい心臓が高鳴る。

どきどきして、顔が熱くて、泣きそうな気持ちになった。

馨さん。馨さん。馨さん。

呆れられるくらい何度だって呼びたい。

…馨さん。

わたしの、好きなひと。


「……俺も大好きだ、郁巳」


びっくりするくらい綺麗な顔で佐藤さんが笑った。

意地悪な笑いや微笑みだったら見たことがあったけど、こんな風に笑うところは初めて見た。

花が咲いたような満面の笑み、という表現がぴったりだ。

もういつ心臓が止まってもおかしくない。

甘い言葉と共に、それ以上に甘い口付けが降り注ぐ。

何度も角度を変えて触れる唇と、絡む舌。

心地良い柔らかさと気持ち良さに溺れながら、佐藤さんの指先に意識がもっていかれる。

わたしの存在を確かめるようにゆるゆると身体に触れられて、もどかしさから身体を捩ってしまう。

佐藤さんが楽しそうに笑ったのが解った。

こんなときまで佐藤さんは意地悪だ。

でも、そんなところも大好き。


「さとっ………あ、」

「また苗字で呼んだからお仕置き」


もう2年以上の癖で、気付けばいつも通り佐藤さんと呼んでいた。

……いきなり呼び方を変えるのは思った以上に難しいかもしれない。
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