佐藤さんは甘くないっ!
「かっこいい女だな、全く。……こんな情けない俺だけど、あの日から気持ちは変わっていない。お試しなんて俺としてはありがたい機会をもらって、一緒に過ごせて夢みたいに幸せで、ますます郁巳のことが好きになった」
ここが教会か何かと勘違いしてしまいそうだった。
馨さんの言葉のひとつひとつが胸にじんわりと染み込んでいく。
枯れた大地に恵みの雨が降るように、傷がみるみるうちに癒えていく。
もう、悲しみは一欠片だってなかった。
スローモーションのように見える景色の中で、馨さんがわたしの手の甲にそっと口付けをした。
それは誓いのキスよりも神聖に見えて、やっぱりわたしの涙は頬を伝い落ちた。
「―――郁巳、大好きだ。結婚を前提に俺と付き合ってくれ」
それはデジャヴのような、初めて聞いたような告白だった。
向かい合った表情が対照的過ぎておかしい。
わたしは泣きすぎて酷い顔をしているのに、一方の馨さんは爽やかで自信に満ちた笑顔を浮かべている。
もう、ばか、ずるい、すき、だいすき。
「~~~絶対に離してあげませんからね、馨さんっ!」
言うと同時に思いっきり抱き付いた。
結構な勢いで飛びついたのに、少しもよろけない馨さんの身体が憎たらしい。
でも、今までの人生の中で一番幸せな瞬間なのは間違いなかった。
医務室の扉に手を掛けた瞬間に軽くキスをされて、そっと耳打ちされた。
「“柴”、最上とはしてないから安心しろ」
そのままべろりと耳を舐め上げて笑う“佐藤さん”は、解りやすく嬉しそうな顔をしていた。
……もう、そんなに喜ばなくてもわたし重いんだからすぐ嫉妬しますよ。
顔を見合わせて笑ってから、お昼休憩になって賑やかな廊下を二人で歩いた。