佐藤さんは甘くないっ!
瞼を閉じれば、馨さんとのめくるめく甘い……甘すぎる思い出が甦る。
医務室というロケーションはこの際どうでも良かった。
馨さんと両想いになれて、念願のお付き合いがスタート。
一月前のわたしはこんな未来、欠片も想像していなかった。
人生何が起こるか解らないなぁ……なんて他人事めいた思考が過る。
だってまさか、あの“佐藤さん”がわたしのことを好きになってくれて、さらにわたしも好きになっちゃうなんて思いもしなかったから。
それだけで人生の半分以上の幸せはもう使い果たしてしまったように感じる。
お礼の気持ちを込めて、宇佐野さんを誘ってランチに行こうと馨さんと話していた。
もう何からお礼を言っていいのか正直解らない。
昨日落ち込んでいたわたしをご飯に誘ってくれた気遣いも、馨さんと話す時間を作るために休憩させてくれた優しさも。
ありがとうございました、だけじゃ到底伝えられない。
オフィスに戻るのは少し不安だったけど、お昼休憩に出払っていて殆どひとはいなかった。
数少ない彼らも、馨さんのことを気にする様子はない。
ほっと胸を撫で下ろすと、隣から少し残念そうな感情が伝わってきて苦笑した。
馨さんの真意は相変わらず読めない。
宇佐野さんもちょうど仕事が終わったところだったようで、連れだってお店へと歩き出す。
すると、オフィスを出たタイミングを見計らったように馨さんのケータイが震えた。
何故かは解らないけど嫌な予感がした。
その予感は見事に的中してしまい……馨さんの表情がどんどん険しくなって、優しい馨さんから悪魔を経て、般若へと……。
隣で変化の一部始終を見ていたわたしまで背筋が凍るような気分だった。
なんでだろう、自分が怒られている様子を見ているみたいでつらい…!
荒々しい手付きで電話を切った馨さんは、……佐藤さんは、形容しがたい恐ろしい顔で言い放った。
「神戸に行ってくる。後は宇佐野に任せた」