佐藤さんは甘くないっ!
「………柴、」
佐藤さんがわたしを呼ぶなんていつものことなのに、どうして今はそれが特別なように感じるんだろう。
勘違いだ、気の所為だ、恥を知れ。
だけど佐藤さんはそんなわたしの必死の抵抗を嘲笑うように慣れた手付きでくいっと顎を掬って、無理やりわたしと視線を絡めた。
恥ずかしくて消えてしまいたかった。
こんな顔を見られたくない。
わたしの気持ちなんて知っている上だと言わんばかりに、佐藤さんは手を緩めない。
無言のまま視線が逸らせなくて、ただ、絡み合う。
佐藤さんの瞳から怒りはなくなっていた。
もどかしさと悲しさだけは、未だにゆらゆらと奥の方で熱を帯びている。
「柴」
悲しくなんてないのに泣きそうになった。
解ってる、解ってる、だけど、じわじわと薄い水膜が瞳を覆っていく。
きっとこれは羞恥心の所為なんだ。
佐藤さんがこんな態勢で、表情で、わたしを見つめるから―――
わたしを見つめる佐藤さんの瞳が揺れた。
何かと葛藤しているように、苦しそうに眉根が寄せられる。
ついに堪えきれずに、瞬きをすれば自然と涙が頬を伝い落ちた。
滲む視界で、佐藤さんが息を呑んだ気がした。
「……悪かった。全部、俺の八つ当たりだ」
顎にかけられた指先に力が籠った気がした。
何も返す言葉が見付からず、ただ、はくりと酸素を食む。
直後、ほんの僅かな、瞬き。
目を開いたときには、芯まで溶けそうな熱が唇に触れていた。
―――キス?
おぼろげな視界には、整った佐藤さんの顔だけが映っていた。