佐藤さんは甘くないっ!

自分が忘れた所為なのに、どうでも良さそうに返されて悲しくなった。

どうせわたしからのプレゼントなんて……と落ち込んでいると、不意に左手を掴まれて、なにかを嵌めこまれた。

えっ?

直後、パッと電気が点いて、眩さに思わず固く目を閉じる。

その瞬間に唇に柔らかい感触がして、キスをされたんだとわかった。


「郁巳がプレゼントだから問題ないって意味だ」


それは、どういう……と言いかけて、左手の違和感に気付いた。

もうすっかり明るさに慣れた目で見れば、それがなんなのかさすがに解る。

だけど信じられなくて、嘘みたいで、夢みたいで。


「いつ渡そうかと思ったんだが……なんとなく、今な気がした」


こんな恰好であれだけどな、とおかしそうに馨さんが笑う。

貴重な笑顔にきゅんとする余裕もなく何度も瞬きを繰り返して、その度に溢れ出る涙を制御できなくなった。

大粒の涙がぼろぼろと頬を転がり落ちていく。


「郁巳、俺と結婚しろ。絶対に幸せにしてやる」


こんなときまで俺様全開の馨さんが眩しくて、左手の薬指に嵌まったエンゲージリングはもっと眩しくて。

リボンをモチーフにしたシルバーの指輪。

ピンク色に輝くダイヤがハートの形をしていて、可愛く揺れている。

アームの部分には小さなダイヤが埋め込まれていて、よく見ればさりげなくトランプの絵柄が模してあった。

どう考えてもわたしのためにアリスをイメージして作られた指輪だった。

嬉しすぎて、もう意味が解らなくなってきて、わたしは子供のようにわんわん泣いた。

泣きすぎてぶさいくなわたしの顔を可愛いと笑った馨さんが、優しく抱きしめてくれる。

どうして馨さんの誕生日なのに、わたしが貰っちゃってるんだろう。

どうして馨さんの誕生日なのに、わたしが世界で一番幸せになっちゃってるんだろう。

嬉しくてこんなに涙が止まらないのは初めてで、馨さんの肌から直に伝わる温度が心地良くて、余計に涙腺が壊されていく。


「なぁ、わかってるけど返事は?」


わかってるのに聞くなんて意地悪だ。

呼吸困難になりそうなくらい泣いてるって言うのにこのひとは。

馨さんの頬を両手で挟んで、そっと唇を重ねた。

それからお互いに顔を見合わせて、どちらともなく笑い合った。

馨さんをベッドに押し倒す勢いで抱き付き、間違いなく人生で一番の笑顔を浮かべてわたしは言った。

それを聞いた馨さんは得意げに笑って、噛み付くようなキスをした。



...fin.(20150806)
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