佐藤さんは甘くないっ!
電車を降りて隣を歩く三神くんを見上げた。
背筋がぴんと伸びていて、前だけをしっかり見つめている。
…2年間、ずっと佐藤さんの姿を追いかけてきた。
届かないと、敵わないと思いながらもずっと、ずっと。
でもそれは相手があくまでも上司だったから。
このままじゃわたしが指導する側なのに三神くんにも置いて行かれてしまう。
どうしたら良いんだろう……。
「柴先輩、そんなに見つめたら僕に穴が空いちゃいます」
「へ!?ごごごごめん!」
慌てて視線を逸らすと三神くんがくすくすと控え目に笑った。
は、恥ずかしい……。
赤くなった頬を軽く押さえながら三神くんと共に会社のエントランスをくぐった。
エレベーター前は普段より早いからなのか空いており、わたしたち以外誰も待っていない。
ボタンを押すとすぐに扉が開き、いつもより早めの出社も悪くないなと思う。
しかし時間が経って頬の熱は引いても、さっき感じた仕事への不安まで拭いきることはできなかった。
……佐藤さんはわたしのこと、どんな部下だと思っているんだろう。
“柴、お前が好きだ。結婚を前提に付き合って欲しい”
ぎゃー!それは!ちがう話!
今出てこなくていいから!!
脳内の自分と戦っているとカシャ、とカメラ音がして現実に引き戻された。
「えっ」
「柴先輩の表情が可愛くて、つい」
ケータイをわたしに向けたまま笑みを見せる三神くんとばちり、目が合った。
その瞳からなぜかいつもの温度を感じない。
「ちょ、え、今の写真消して!」
「そんな変な顔じゃないですよー?ほら」
「うわ!眉間に皺寄ってる!ぶさいく!」
「可愛いですってばー」
にこにこと笑みを絶やさない三神くんに違和感を覚える。
……あれ……もっと自然な笑顔が印象に残っているんだけど……。
だらだらと正体不明の恐怖が背中を這いあがり、冷や汗が額に浮かぶ。