佐藤さんは甘くないっ!

後悔先に立たず。


わたしは泣きたい気持ちに駆られて佐藤さんの顔をじっと覗き込んだ。

しかし俯いていて表情は読み取れないまま。

どうしよう、電話もろくに取れないなんて呆れられてしまったかもしれない。

しかもこちらから掛け直すどころか佐藤さんに言われるまでケータイを見てすらいなかったなんて。

仕事の要件で今までケータイに連絡が来たことは殆どない。

それに慣れてしまって、甘えていたのだ。

…昨日感じた仕事への不安がどっと胸の内に溢れ出てくる。

こんなことでは、佐藤さんの部下を外されてしまうかもしれない。


佐藤さんの怒号を覚悟してぎゅっと瞳を瞑る。

しかし降ってきたのは予想外に、そしてあまりにも優しい言葉だった。


「……無視されたのかと思っただろ、ばか」


拗ねたような口調に胸がじんわりと熱くなる。

こ、このひとは、オフィスで何を言っているんだろう…!

まだ人が少ないとはいえ誰かに聞かれやしないかと緊張感から手が汗ばむ。

動揺するあまりケータイが手から滑り落ちてカシャンと無機質な音を立てた。

それを拾おうとしゃがみこむと、なぜか佐藤さんが目の前にいた。


同じ目線になることなんてご飯を食べるために向かい合って座るときくらいで、ましてやこんな近距離で見つめったことなんて―――あの日以来、ない。


思い出してしまったからなのか、顔に熱が集まるのを感じる。

でも意地悪な佐藤さんは全てを見透かした上で、目を逸らしてはくれない。

ケータイに震える手を伸ばすと温かくて大きな手に包み込まれた。

びっくりして佐藤さんを凝視すると、ふっと鼻で笑われる。

そのまま何事もなかったように椅子に座り直した佐藤さんはどこか上機嫌に見えた。

わたしも慌てて立ち上がって行き場のない視線をうようよと彷徨わせる。

…あ、あれ、着信無視したこと怒らないのかな…。
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