佐藤さんは甘くないっ!

びっくりしすぎて声が出なかった。

その拍子に溜まっていた涙が一筋、頬を伝い落ちる。


わたしの身体は、壊れ物に触れるように優しく、佐藤さんの腕に抱かれていた。

そこに無理強いや強引さなどは欠片も存在しない。

ただ、優しさと愛情のようなものが混ざり合ってわたしに注がれていた。

…あのときのキスみたいに。


「……俺が身勝手なんだよ、お前に自分の気持ちを押し付けて困らせた」


ゆっくりと腕の力が強まる。

苦しいはずなのに、なぜか振りほどきたいとは思わなかった。

それよりもわたしの本音を佐藤さんがしっかり受け止めてくれたことが嬉しくて、さっきとは違う意味で涙がぽろぽろと溢れ出してくる。

最近泣いてばかりな気がする。

そんなに脆くないはずなのに、佐藤さんといるからおかしくなってしまったのだろうか。

わたしの泣きじゃくる声に気付いたようで、やんわりと身体が引き離される。

佐藤さんは屈んだ状態でわたしの顔を覗き込んでおり、それが無性に恥ずかしく感じた。

指先で目尻に溜まった涙を掬われて、佐藤さんから目を逸らすことなどできなかった。



「―――柴、俺と付き合え。1ヶ月で良い。俺の事、絶対好きにさせてやる」



こんなときまで命令口調を崩さない佐藤さんはさすがだ。

いつの間にか涙は止まっており、ぼんやりと滲む視界の中でわたしは佐藤さんの微笑を捉えた。

貴重な微笑をこの1週間で何度目にしただろう。

もう二度と拝めないかもしれない、なんて頭の隅で考える。


佐藤さんの自信は一体どこから湧いてくるんだろう。

だけど、佐藤さんなら信じてみたいと思う。

その胸に飛び込んでみたい。

もっと佐藤さんのことを知りたい。

踏み込んでみたい。


「……ふ、不束者ですが……よろしく、お願いします」


消え入りそうな声だったけど佐藤さんには伝わったようだった。

安堵と喜びの気持ちからなのか、自然とわたしの口角がゆるゆると持ち上がっていく。

それを見た佐藤さんは一瞬目を見開いて、またすぐに細めてしまった。

……何度か見たその表情…ちょっと、好きかもしれない。
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