佐藤さんは甘くないっ!
ずっときゃあきゃあ喚き散らして床を転がり回っていた律香も少し落ち着きを取り戻し、缶ビールを片手に恋愛トークを再開した。
「で、初デートはどこ行ったの?」
「まだ行ってないよ……付き合い始めたの木曜日だし」
「いやでもさ、仕事終わってからは?」
「佐藤さんいつも17時に帰っちゃうし…わたしもわりとすぐ帰ったけど」
…そう、ひとつ気になっていることがある。
木曜日、金曜日と、佐藤さんがあまりにもいつも通りだったことだ。
あの後もすぐに資料室を出て、お互い仕事に取り掛かった。
メールもなければ電話もない。
もちろんただの部下だったときからそんな連絡は一度もなかったけど。
この前届いた貴重なメールは勿体なくて思わず保護してしまったくらいだ。
仕事中はもちろん恋人らしさなど皆無で、相変わらずの鬼畜シュガーっぷり。
三神くんに仕事を教えつつ自分のタスクも消化しなければならないので疲労感も倍増だ。
まるで全て夢だったんじゃないかと思ってしまう程の日常。
…デートするのかなって、ちょっと期待してたなんて、言えないけど。
「佐藤さん、柴から誘って欲しいんじゃない?」
「…わたしから?」
「デートとか…あとメールも。柴が佐藤さんのこと知りたいって言ったんだし、自分から動いてみても良いんじゃないの?受け身はもうやめるんでしょ?」
ぐさり。
律香の言葉が妙に的を射ている気がした。
確かにわたしは待ってばかりだったのかもしれない……いくら佐藤さんが「好きにさせる」なんて言ってくれても、わたしが自分から行動しなきゃ意味がない。
「メールしてみたら?明日、出掛けませんかって」
「で、でも、律香が泊まってくれるのに…」
「あはは、わたしは柴のベッドで1日中寝てるから気にしないでー」
なんでもないように笑う親友に、不覚にもうるっとしてしまった。
…せっかく律香が背中押してくれたんだもん。
送るしかない、……できることから、頑張ってみよう。
初めて電話帳から開く、佐藤さんのメールアドレス。
初めて自分の意志で作る、佐藤さん宛てのメール。
慎重に言葉を選び、律香の監修を受けて、なんとかお誘いメールを送信した。